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夜空の語らい


 宿屋に向かった俺は、食事も取らず布団に入った。しかし眠れない。


「俺が熟睡できないだって? あり得ない」


 ちょっとした緊急事態だ。


 俺に取っての睡眠。それは、狂戦士の力を使う際の代償だ。興奮、交感神経の活性化などは関係なく、代価を払うために強制的に寝てしまう。


 この際だ。狂戦士の力は置いておくとして、眠れない精神的な理由を考えてみる。 それは恐らく焦りか。


(明日は戦いになるかもしれない。そうなった場合、相手は英雄ガイル。今日叩きのめした衛兵など、比べ物にならないだろう)


 強敵と戦うかもしれない。なら尚の事、神経を休ませなければ。


 もう一度目を瞑り、退屈さに耐える。だがそれも限界となり、ベットから起き上がった。


「一応夜にはなったか。それでも、なんでかな眠れないのは? 明日の戦い? 違うな。故郷が近いからか」


 今度は狂戦士として、眠れない理由を考えてみる。思いついたのは、故郷という事情。


 狂戦士の故郷。それは戦場に決まっている。だが今は街中だ、これも当てはまらないか? 


(いや、ニクス帝国が大陸統一を掲げている以上、大陸のどこにでも、戦争が起こる可能性はある)


 そう考えれば、宿屋も戦場だ。身体の中に宿る血が、興奮するのも無理はない。


 

 血に苦しんでいる俺だが、一度は戦場から離れる事が出来た。

 

 理由は幾つかある。第一に、俺は戦いが好きではない。


 強敵と命がけで戦い、勝利する。それに高揚感を覚えた事は一度もない。俺にとっての戦いは、欲しいものを得るための手段。


 とはいえ、狂戦士は戦場で生きる一族。目標がなかった訳じゃない。


「戦場を離れた一番の理由は、目標に手が届き掛けたから。生涯を賭けると誓った物が、8歳で届く目処が立った。あの時は焦ったよ。これからどう生きようかって」


 持ってきたコップに手を伸ばす。寝汗はかいていない。ただ、気分を変えたかった。


「あらら、空か。しょうがない。水を取りに下に行くか」


 水を汲みに部屋を出る。目的地は1回のキッチン。そう言えば夕食もまだだった。外に出て、屋台を探して一杯というのも悪くない。


 そう、考えていたのだが。廊下に出た際、窓から金色の髪が見えた。


(もしかしてレイか?)


 そこにいるのが彼女なら、悩みを作った張本人として、責任を負わねばならない。


 階段から引き返し、ベランダに出る。そこには予想通りレイがいた。手すりに寄りかかり、外の景色を眺めている。


 今は10月。夜になれば外は冷える。長時間いれば風邪を引くと心配していた。だが、彼女が持つマグカップからは、湯気が出ていた。そこから、外に出ている時間は短いと判断し、胸を撫で下ろす。


「レイも、眠れないのか?」


 言葉に反して、俺の口調は優しい物ではない。口を尖らせ、早く寝ろと叱るような声だ。次の言葉には、それを選ぶつもりだった。


 「グラム……私どうしよう」


 振り返った彼女は、無表情のまま泣いていた。俺は彼女の隣まで歩く。そして手すりを掴み街を見た。


「ルカ様の事か?」


 正面からは聞けなかった。だが、それが良かったのかもしれない。焦らず、彼女を待って上げられるから。


 レイは直ぐには応えない。無言の時間が流れた。隣からは、ズズ、という何かを飲む音が聞こえ、目の端には白い息が写り込む。そして一際大きい、真っ白な煙を吐き出すと、彼女の身体に力が籠もる。

 

「うん。正直言うと、私はルーちゃんと仲良くしたい」

「何だ、答えは出てるじゃないか、何を悩んでいるんだ?」

「違うの、心の底では答えが出ている筈なのに、何処か、納得出来ない自分がいる」


 マグカップにある水面を彼女は見つめ続ける。澄んだ目だった。悩みを持つ、人間の目ではない。


「まず、1つずつ行こうか。答えを明確化すれば、自ずと解決方が浮かぶ。……どうしたレイ?」

「ふふ」

「笑うことないだろ」


 先程とは違い、彼女はニコニコとした笑顔で俺を見ている。そして目が合うと吹き出し、笑われてしまう。


 困惑の感情が大きかった。先程まで辛そうだった彼女。今では笑い、安心しきったように、俺へ体を預けている。


「ごめんなさいグラム。でも優しくされるとは思ってなかったから。教会で初めて会った時は無視されたしね。そう考えると、今覚えている安心感がおかしくて」

「すまなかった。レイは何も悪くない、俺の八つ当たりに巻き込んだ。謝りたかったけど、プライドが邪魔して難しかった」


 俺は頭をかき、そっぽを向きながら謝罪する。


「でしょうね」

「おい。はは」


 顔を合わせ、俺達は笑い合う。


「でも許してあげます。命を助けて貰ったのは本当ですから」

「そりゃ、どうも」

「そうです。感謝して下さい」


 彼女は腕を腰に置き、胸を張る。自慢げな様子を見て、俺は再認識する。


(考えれば考えるほど、俺はレイに借りがあるのか)

 

 返す為にも、今回は一肌脱ごう。


 俺は人差し指を立てる。


「今回は特別だ。俺が1つずつ、お前に質問する。そこから答えを探そうか?」

「う、うん。お願いします」


 彼女は深呼吸をした。何度も何度も。開始の合図は、彼女の目に力強さが戻った時。そして俺は質問をする。


「ルカ様のせいで、村人が傷ついた」

「違う。それは利用されただけ。ルーちゃんは関係ない。むしろ被害者」

「領主様のせいで村が滅んだ。そんな仇の娘とは仲良くはできない」

「違う。だけど領主様は悪いと思う。でも、例え領主様が、騎士との取引を蹴ったとしても、防げたとは思えない。よってルーちゃんも関係ない」


 俺は手を叩く。それは、第1議論の終わりを表す。


「わかったなレイ。お前のモヤモヤは、誰かへの恨みじゃない」

「そうですね。……甘えるのはやめようかな。もうわかったので、何に苛ついていたのか」


 彼女は拳を作る。そして胸に詰まっていた言葉を。


「あれ、どうして」

 

 だが喋れなかった。体が震え出し、掠れた声しか出ない。だから俺は、彼女の背中を擦った。


「う、私は」

「大丈夫、ゆっくり。俺はいつまでも待つから」

「わ、わたし、私は」


 最初は出なかった言葉。だがそこさえ抜ければ、塞き止められた思いは流れるように吐き出される。


「私は悔しかった。村が滅んだ時、何も出来なかった事が。グラムが言った通り、私は隠れていただけ。それに気づいた、ルーちゃんがまた、攫われるかもしれないって。正直、あの城に努めている衛兵は信用できない。でも、私には助ける力がない。友達の危機に何も出来ないこんな私に、ルーちゃんと友達でいる資格があるのかな?」


 泣き声を出さぬよう、彼女は唇を噛む。そして床には、赤と透明の2種類の雫が落ちる。


「ははは、なんだそんなことかよ」


 それを聞き、俺は笑ってしまう。彼女は自分が何者か? 全く理解していないのだから。


「笑うことないでしょ」

「痛ってぇ」


 彼女は睨み、俺の脛を蹴る。電流が奔ったような痛みに襲われる。だが歯を食いしばって耐えた。怒る彼女に伝えねばならないから。


 お前はその不安から、最も縁遠い場所にいると。


「レイ、お前は誰の孫だ? 英雄ガイルの孫だぞ。才能があるに決まっている」


 英雄ガイル。戦闘を生業とするものなら、一度は聞いたことがある伝説の名だ。知名度で言えば、俺の一族より高いかもしれない。その凄さがわからないか?


「でも無かったら?」


 ハの字に眉を下げる彼女。だが心配ない。


「英雄ガイルは努力で這い上がった人間だ。なら努力の仕方も知っている。それでも自分を信じられないなら、俺を信じろ。信じられないか? お前を、そして村を救った男をよ。……流石に無理か」


 彼女の頭を撫でる。俺が落ち込んだ時、父が励ますためによくしてくれた行為。彼女にもやってみた訳だが、意外にも恥ずかしい。それを隠すため、明後日の方を向く。


「ん?」


 軽い励ましのつもりだ。数秒撫でたら手を離す。その筈が、俺の手は彼女により覆われ、抱えられていた。


「いえ、信じます。私は強くなる、友達を守れる位に。だから勇気を下さい」

「喜んで」


 立ち向かえるのなら。傷ついた心が癒えるのなら。大人しく、俺はこの状況を受け入れる。


 俺と彼女は星を見た。未だ、手は握られている。


「あのグラム、私に戦い方を教えてください」

「う〜〜ん。やだ、というか無理」

「無理?」


 子供達を預けたら、ラカンを去るつもりだ。早くて明後日。その間に何を教えられる? それ以上に。


「俺の戦い方は、一族固有の物だからな。勝手が違いすぎる。俺自身、寄り過ぎた部分もあるんだが」


 彼女は下を向いている。そして「やっぱりだめか」と口に出す。


「俺から学びたい、その気持はわかるよ。レイの目から見た、一番強い人間が俺なんだから」

「……はい」


 断る理由、その前置きに聞こえたか? 彼女の感情は、言葉以上に繋いでいる手から伝わってくる。行われたのは、不安を表す手の握り直し。


 全く、また忘れている。自分が何者かを。そして俺が彼女に出来る最後の手助け。


「だからって落ち込む事はない。さっきも言ったろ? お前は英雄ガイルの孫だ。なら、英雄から学べばいい。それに俺に習ったら、俺を超えられないぞ」

「グラムを超える?」


 顔を上げ、首を傾げる彼女。


「そう。多くの人を守りたくないか?」

「それは別に。私は、近くにいる人を守れたらそれで。でも一度くらいは、貴方を守ってみたい」


 どうして、そんな考えになるのかわからない。でも。


「グラムどうしましたか? 顔を背けて」


 手を引っ込め、俺は彼女から顔を隠す。


「それを言ったのは、お前が初めてだよ。とにかく俺を信じろ。お前の祖父に学べば、間違いなく強くなる」


 そう言い残すと、俺は宿屋の中に戻る。


「信じます。だから待っていて下さい。私、恩を返す女なので」


 見なくてもわかる。彼女は胸を叩き、きっと自慢げな笑みを浮かべている。


「期待してるよ。そうだーー」


 いつまでベランダに居るのか? ほどほどにしないと風邪を引くぞ。注意をしようと振り返った。しかし、彼女の姿は無い。見えたのは足のみ。つまり、屋上から地面に向かって、彼女が落ちた事を表している。


(手すりが崩れている。ここは三階建て、間に合うか?)


 駆け出し、屋上から飛び降りる。しかし、落下したのは彼女が先だ。自由落下では間に合わない。選択肢は1つ。重力に逆らわず、むしろ加速する気で垂直の壁を駆け下りる。


 1階の天井、その高さで彼女を捕まえた。


(減速の時間はない。それに衝撃を抜かないと、レイは大怪我をする)


 落下の衝撃は、肘と膝で逃す。


「グラム……大丈夫ですか?」


 返事を直ぐに返せなかった。衝撃を抜ききれず、身体の節々が痛い。しかし痛みは顔に出せない。彼女を庇って負った物だ、本人見せれば、気に病んでしまう。それでは、身体を張った意味はない。


「大丈夫だ。それと信頼できるだろ? 俺、こんなに強いんだから。だからさ、レイも頑張れよ」 


 声に痛みが乗ったは、最初の1音だけ。その後は笑みを浮かべた。


「はい、私も強くーーひ」


 彼女は気付いていない。ほっとして瞬間、上から手すりが落ちてきた。先程まで、彼女が寄りかかっていた物。

 

 これが崩れたせいで彼女は落下した。理解しているからこそ、レイはの顔は青ざめる。


「腐ってる」


 手すりの中は既にスカスカ。安全面を考えるなら、交換しないと。


「それにしてもレイ、呑気だな?」


 危機を脱した影響だろう。彼女は虚ろな目で俺を見ている。


「ふぇ? そ、そんな事ないですよ。それよりグラム、えっと、その……恥ずかしいです。降ろして下さい」


 彼女が何を訴えているか、目線でわかる。抱き方だ。所謂、お姫様抱っこ。顔を真赤にし、俯きながらレイは懇願する。


「いや、流石に今のお前は危なっかしくて見てられん。それに、1人じゃ立てないだろ?」


 彼女は腰が抜けていた。隠そうとしていたが、俺は見抜いている。


「わかりました。今回だけ、甘えさせて貰います」


 俺の胸に頭をあずけ、彼女は全身の力を抜いた。


 俺は宿屋に戻り、彼女を部屋に連れて行く。


「じゃ、また明日」


 彼女を布団に寝かせ、部屋の外に出ようとする。


「グラム、まだいますか?」


 その時だ、覚束ない声で呼び止められる。

 

 月明かりの関係上、顔色まではわからない。見た限り、彼女の瞼はトロンと落ちている。寝ぼけているのか? 布団で顔半分隠しているレイの言葉を待つ。 

 

「グラム……ありがとう、村を守ってくれて」

「勘違いするな、俺にとってもあの村は、大切な場所だ」

「わかってる。それでも村長の親戚として、私は」

「いや、謝らなくちゃいけないのは俺かもな」

「グラム?」

「いや、何でもない。レイにはしっかりと寝て欲しい。顔が健康であるほど、お前の爺様に色々と恩を吹っ掛けられるから」


 そうフッと笑いかける。


「はい、任せて……くだ……い」

 

 レイは小さく頷き、瞼は落ちた。


「眠ったか。感謝するよレイ。お前のお陰で俺は……」

 

 部屋を出るとベランダに向かった。そして村の惨劇を思い出す。


「レイがきっかけだった。彼女が騎士から子供を守ろうとした。あの光景のお陰で、思い出した。弱者は食われる。それを変えられるのも、結局の所、強者が作ったルールだけという事を。全く、成れない事をしているな」


 突如起こった立ち眩みが、隠された疲労を表す。倒れはしない、その場でやり過ごす。


 頭を抱えつつ、自覚をする。


「不慣れな頭脳戦をしている。だが、明日が最後か」


 それさえ終われば、後は運と肉体労働がしばらく続く。


「難しいことではないが、明日に今後が掛かっている。アリス……お前が面倒くさい人間なのは知っている。だから、断れないようにしてやる。その為の一歩だ」


 彼女は俺の事が好き。それさえ知らなければ、こんな事はしなかった。彼女を諦め、幸せを願い、失恋を受け入れた。だけど教えてくれた。なら我慢はしない。様々な思いを糧に、俺は好き勝手やらせてもらう。


 秋の夜空。


 寒くなり始めた季節であるはが、体が熱い。風を生ぬるく感じてしまう。


 その後も、じっと空を見続ける。布団に入ったのは、太陽の光が夜を照らし始めた頃だ。

 

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