どの王子を選ぶか?
「さて、私が一番オススメするのは第4王子だ。だが、最もオススメしないのも、また第4王子だ」
「なるほど生まれの問題か」
領主は紅茶を口にする。
今からする話は、貴族だからデリケートだ。貴族社会に話が漏れれば、ラカン領主は第4王子派だと、王国の貴族に勘違いされる。
間違ってはいない。しかし、中立でいたいラカン領主、彼からすれば、他貴族に伝わるのは好まないだろう。
そういう意味でも、話し合いには手が抜けない。
屋根上に潜む魔法使いという、珍妙な者も動員している。多少喉が乾いても、責める者はいない。
「ああ、第4王子は所謂、王の御手つきが原因で生まれた子だ。だから強い後ろ盾が存在しない。私が君に第4王子を進める理由は、彼の下には現在、人材が集まっていないからだ。優秀さを示せれば、簡単に上へ行ける。第4王子は才能も豊か。心優しくありながらも冷徹な判断が出来る、仕えがいのある人物だ。そして、私が最もオススメしないと言った理由は」
「後ろ盾がないから、最も王座に遠いってことか?」
「!!」
領主の答えを攫って口にする。無礼な態度に、護衛は一瞬眉をしかめた。それを領主が片手で制し、頷く。
「ああ、その通りだ。他の王子も優秀ではあるのだが能力だけで見ると……第4王子が最も優れている。しかし、王だけで国を統治するのではない。王が貴族に土地を委託し、国を運営するのだ。よほどの愚か者でなければ、後ろ盾の強さで次代の王は決まる」
「だが、可能性がない訳じゃない。例えば、ニクス帝国との戦争で大きすぎる武功を上げ、軍部の半数から支持を得られれば、状況は変わるだろ?」
ラカン領主が述べた、人材が足りていない。それは組織の役職に空きが多いという、考え方も出来る。
役職につくことが目的なら最も適した陣営だ。
(それが目的ならな)
まだ、言葉を選んでいる気がする。どちらにしても、一度王子を試す必要があるか。
「誰だ、入れ」
会話の途中、扉が叩かれる。
現れたのは兵士、謁見の間には居なかった人物。しかし、あの場にいた誰よりも才気とエネルギーを感じる。
「失礼します。領主様、少しよろしいでしょうか?」
領主には一礼。俺に対しては無視。
(こっちへの礼はないのかよ)
話合いに立ち会った護衛。彼は、城一番の使い手だ
領主が個室で会談する。付き添うのだ、むしろ彼を選ばねば、城中の衛兵達から反発を買う。
問題なのは護衛が、無礼な兵士を叱らないこと。それは城にいる者達の総意、俺の存在を歓迎しない、それを表していた。
領主に近づき、兵士は口に手をやった。
「はぁ、貴様らは」
溜息に収めた領主。彼の態度から、会話内容も予測できる。
(成る程、事前に話し合った後なのね。領主は蹴ったが、兵士達の収まりはつかなかったか)
俺を見る目は2つ。
領主の申し訳ない目。兵士が持つ、不満の混ざった戦士の目。
領主には同情する。馬鹿共のご機嫌とりをせねば、いけないのだから。
「好きにしろ」
「領主様、ありがとうございます。それでは」
兵士は部屋の外に出ていった。確認し、俺も席を立つ。
「行くのか?」
「厄介事はゴメンなんでね。それに、俺にする態度ではないだろう」
密室の会談は、領主の娘を救った褒美だ。これに割り込む私情など、俺は断じて認めない。
「待て」
領主は俺を止めなかった。彼は信頼できる。止めたのは護衛。恐らく時間稼ぎが目的だろう。
(このまま待てば難癖つけられ、訓練場に連行。衛兵と戦いになる。理由はプライドか?)
「何故だ?」
「まだ話は終わっていない。ですよね領主様」
聞き、領主は溜息を吐く。そして椅子を指さした。
「すまん。ワシからあるんだ、相談事が」
(部下を立てるのも、大変だ)
俺は音を立て、椅子に座る。足を組み、僅かに顎を上げた。
流石にだ。被害者に向かって何かを企む。そんな奴らに抱く敬意はない。
「すまない、話しを聞いて貰って」
護衛は、眉を八の字し苦笑した。
「へ?」
予想外の行動に、口を開け、俺は間抜け声を上げる。
「わかっているだろうが、部下のガス抜きを手伝って貰っている。本来、こんな事やらせるのは、おかしいんだがな」
護衛は頭を下げる。それを見た俺は足を解き、背筋を伸ばした。
「ワザっとっすか」
「まぁな」
「だからって、俺を使うのは」
「わかっている。ただ、帝国に苛立っているのは俺達も同じでな」
「引き止められなかったらワシも、最後の手段を使う嵌めになるがな」
「最後の手段?」
領主の言う最後の手段。それに、俺は全くの検討がつかなかった。
そもそも、彼らと俺は今日初めて出会った。弱みを掴む隙もないはず。それこそ、宿屋に向かった子供達、彼らを捕らえたなどという、愚策を取らぬだ限りは。
「お前、知っていたな? 王族の状況も、知っていて俺に聞いた、違うか?」
領主の一言に、あえて俺は顔を逸らす。
「まぁ、あくまで言伝ですがね。だから、確実性を上げるために聞いたわけです」
「旅の者、この国の歪さをどう思う?」
報復が怖くて、帝国に逆らえない現状か? 情けなくはある。
「しょうがないと思いますよ。こんな状況でも、王位継承で争っている馬鹿がいればね」
王族だけじゃない、貴族も騒ぎ立てている。
「だから、新しい風がいるのだ」
(ああ、話が読めた)
「ワシが設立する部隊に、入ってくれんか?」
「それで、貴族、王族、民を繋ぐと」
領主は手を組み。
「この国に住む人達、みなが協力せねば帝国への抵抗も出来ん。形式に拘るのなら、金を出し雇おう」
つまり衛兵達が、俺との立ち会いを求めている本当の理由がこれか? 領主の策に相応しいかを見定めるための試練?……笑わせる。
「断る」
「どうしてだ!! 貴様は民を思う優しさがある。いいのか? このままでは、多くの人が犠牲になる」
領主は立ち上がり俺を睨んだ。裏切り者、怨嗟の声が聞こえてくる。
変わり身の早いこと。切羽詰まっているのだろう。
我が国シルバード王国は、大陸3位の力を持つ。それが帝国に対して及び腰、危機感を持てないほうが問題だ。
俺は手を椅子に向ける。領主に座るよう促し、語りだす。
「俺が断ったのは、意味がないから。やる意義を否定したい訳じゃない。ただまぁ……不効率だ。領主様の計画は、どこまで詰められていますか? 試験段階では付き合えません。俺には俺の計画があるので」
領主は、顎に手を当て考え出す。そうだな、と詰まりながらも口にした。
「何をするか、それをこれから詰める段階だが、ニクス帝国とは最低限、戦えるようにするつもりだ」
しかし、足りない。俺はこっそり笑みを作る。 そして立ち上がり空を掴んだ。
「俺にはあるんですよ。ピースこそ揃っていないが、帝国を守護する最強の夫婦龍。あれらを仕留め、帝国を大陸の覇者から引きずり落とす策が」
静かな場で領主と護衛、彼らの唾を呑み込む音だけが聞こえる。
それに領主は、俺を扱い切れると勘違いしているが。
「俺は、狂戦士の一族出身です。想像通りハーフで、今は関わりを持たない。ただ勘違いするなよ。末端とはいえ、貴様ら如きに飼えると思うな」
母が言っていた言葉だ。
「貴方は戦場で生まれた。だから旅立ちなさい。人並みの温かさを知るために。愛する人は、そこにしかいませんよ。それが出来なければ、貴方は人に成れない。化け物として生涯を終えるでしょう」
俺の、生息場所を定めた言葉。会ったこともない、父の元で生きる。それを決心した言葉でもある。
「俺はあんた達の敵だよ。領主の仕事が、領地を栄えさせる事なら。狂戦士は、敵国全てを焼くのが仕事。それに俺は戦場の花の息子。畏怖し恐れられる方が性にあっている。じゃ、そろそろ時間だな」
領主は何も言わない。
正しく理解したのだろう。着飾る貴族と灰被る野蛮人。俺達の道は、決して交わらない事に。
廊下に出ると、先程、部屋を退出した兵士と偶然出会う。
「貴様どうしてここに居る?」
領主が俺を止めなかったのはそれほど以外か? 顔を立ててやる意味でも。
「始めようか」
「ここで出来るわけーー」
兵士の腹を殴る。彼は蹲り、下がった頭部を俺は蹴る。
「その言い分が通じるのは、騎士だけだアホ助。暗殺者がいたらどうする? 訓練場まで連れて行く気か? 気の抜けるとこじゃ、ねぇんだよ廊下は」
「教訓を次に活かすんだな」言葉を残し、俺は城を出た。