黙認者
俺達は謁見の間に通される。領主は一番奥、部屋に置かれた唯一の椅子に座っていた。
「娘を救ってくれてありがとう。褒美だが」
「その前に、いいでしょうか?」
俺は手を上げ、領主に話しかける。次の瞬間、鋭い殺気とも呼べる視線が送られる。衛兵の気分を害したか? 怒る気持ちはわかる。しかし俺には聞かねばならぬ事があった。貰える報酬を高めるためにも、それ以外にも。
衛兵、正確には領主側についている人間、彼らに俺は言いたい。
「貴様らに、怒る資格はないだろう」
一言で俺は全てを黙らせる。開放した殺気に衛兵の半数が腰を抜かし、床に尻を落とす。事態を収めたのが領主だ。手を上げ、衛兵を宥める。
「下がっていろ。では、話を聞こう」
領主は、観念したように頷く。
俺は一息の後、覚悟を決める。
「ルカ様が攫われた理由。それは、ニクス帝国が関係していますか?」
「ああ」
領主は頷く。俺はようやく確信した。
「あんた、娘可愛さに売ったな。俺達の村を」
ただの盗賊が、厳重な警備を敷いている領主の娘を攫えるか? いや無理だ。領主の関与を確信したのは、盗賊が持っていた紋章が理由。それは帝国の物だった。
ここで、ある推測が建てられる。
帝国騎士たちがルカ様を攫う。そして領主を脅し、国境の出入りを見逃させた。盗賊に領主の娘を渡したのは、用済みだから。帝国が慎重に動いたのは、アリスの正体を考えれば当然だ。
「すまなかった」
領主は椅子を降り、床に頭を擦り付ける。俺は近づき見下ろした。
「それで終わりか?」
言葉だけなら要らん。善良な謝罪は求めない。必要なのは次どうするか? 責任者は常に求められる。言い方は悪いが、彼は領主なのだ。村が1つ滅しかけた、その程度の失敗なら、幾らでも巻き返しが利くだろう。だが、無駄にすることは俺が許さない。
「貴様無礼だぞ」
俺の態度に衛兵の1人が飛び出し、槍で突きを放つ。それを回避し、肘鉄を鎧の上から叩き込んだ。
「がは」
鎧は凹み、膝つく衛兵。
「貴様、教養もなければ、訓練もしていないのか?」
(領主の心も測れず、実力もこの程度)
「呆れる」と言葉を残し兜から手を離した。
後ろ姿を見た衛兵は「化け物」と震えながら呟く。
「よせ、部下が大変申し訳無い」
領主の一言を受け、衛兵は気付く。これは弁解の場なのだ。ラカン領主は民を思いやる人物。民衆からの人望も厚い。だが、覆す事件を起こしてしまった。
ここでの討論は領主の心を救い、今後の道を指し示す必要な場であることを。
(弁明の余地はある。復讐するなら、こんな事はしねぇよ)
潰すのなら自らの手でやっている。それが最も簡単で、確実だ。
「何を聞きたい、何を話せばいい」
領主は、謝罪の姿勢を崩さないまま俺に聞いてくる。
「まずは言いたい事を話せ。時間はたっぷりある」
それが言い訳であれ、責任逃れであったとしても、俺は最後まで聞こう。
「わかった」
領主は頭を上げず語りだした、国の現状を。
「本来国境を侵せば抗議文の後、他国と共に帝国を追求できる。だが、それが今はできない。帝国は大陸最大の国。開き直られ戦争になれば、我が国は滅ぼされる。だから」
「大人しく言うことを聞いたと?」
「ああ。本当にすまなかった」
予想通りだ。俺に怒りはない。問題なのは同行者。レイが、怒りのまま領主に近づく。
「貴方のせいでーー」
焼かれた村に住人の死体。様々な光景が、彼女の脳内に浮かんでいるだろう。それら承知の上で、俺は彼女の肩を掴む。
「下がってろ。お前は隠れ、蹲っていただけだろ。ここの主役は俺だ」
「!」
彼女は立ち止まり、震えた。そしてカリっと歯を噛み締め、後ろに下がる。
レイの行動が間違っていると、俺は思わない。正当な怒りだ。だが、感情に任せた行動では何も進まない。呑み込めなければ、他人に何かを求める事は出来ないのだから。
静止をした俺だが、彼女に掛ける言葉があるとすれば。
「お前の辛さはわかる。でも悪いな、ここは俺に任せてくれ」
振り返り彼女の頭を撫でた。レイも受け入れ、小さな声で。
「ごめんなさい。邪魔をして」
「だから大丈夫だって。お前は間違ってない」
彼女は俯き、泣きじゃくりながら何度も頷く。
「見ていてくれ。同じことは、もうさせないから」
彼女から手を離し、領主を見た。緩んだ頬を引き締め、決意ある目で望む。
「俺の求める事は2つ。金と、嘘偽り無い助言」
「それで償いに」
領主の返答を聞き、俺は腹に力を込める。そして1オクターブ下の声で返した。
「そんな言葉で逃げんな。お前は欲しい物を得たのだろう? 他人を犠牲に得たのなら、最後まで向き合い続けろ。被害者がもういいと言うまで、いいと言ってもだ。終わりを求めないのが誠意だ。そして二度と同じことが置きないよう工夫しろ。戦力差などという、現実的な回答は要らん。領主の仕事だろう?」
「わかった」
「それと顔を上げろ。俺の質問が出来ん」
有無を言わさぬ迫力でこの場を支配する。だが次の質問は、俺に服従した空間であっても、待ったが入る物だった。
「士官するなら、どの王子が良い?」
負い目があろうとも、嘘を混ぜるしかない質問。だから領主の顔が見たかった、本心を見透かすために。
「待ってくれ。せめて別室で頼む」
間に入ったのは白髪の老人。領主と同じく膝をつく。
「お前は?」
「ここで相談役をさせて貰っている、ズールという者だ」
「わかった。なら、この場は終わりでいいか?」
「すまない」
話し合いは一度終わりか。俺も息を吐き出すし気を抜いた。
立ち上がった領主だが、彼は苦しげな表情をしている。だがどこか、スッキリとした、力強い目をしていた。間違いなく、明日を見ている目だ。
(そうだ。欲に溺れる為政者はいらん。立ち止まる者も。欲を勝ち取る為政者が、民を幸せにする。為政者の善政など、選ぶ手段の傾向でしかないのだから)
ラカン領主は、帝国に屈することはないだろう。それはつまり、俺達の村に起こった悲劇が、減ることを意味している。
一応はレイとの約束は守れたかな? 彼女を見るが、謁見が終わった事にも気づいていない。拳を握り、必死に涙を堪えていた。
*
「待て待て、何があったんだお前ら」
俺達を見た、ロイの第一声がそれだった。
彼がそう感じても無理はない。レイは今、俺の背後にいる。服を掴み寄り掛かった姿は、依存しているかに見えるだろう。 以前の関係を知っていれば、何か合ったと気付く。
「とにかく時間が必要なんだよ。レイは、馬車に戻ってろ」
レイの背を押す。抵抗し、首を振ったが、俺は無言で見続けた。
「わかりました……戻ってます」
彼女は折れ、馬車に向かった。中に入ると、体育座りで塞ぎ込む。
「もう一度聞く、何があったんだよ?」
「それはな」
当事者が離れた事だ。彼に説明する。
あれは、謁見の間を出た直後の事だ。
「待ってレイちゃん」
領主の娘が後を追い、彼女に話し掛けてきた。
「るー、いえルカさん。何か御用ですか?」
だが彼女は、領主の娘を直視しなかった。俺の後ろに隠れ、顔を合わせない。
「ご、ごめんね」
少女は、自分達に非があるとわかっていた。現在地で足を止め、寂しげに口角を上げる。暗い声に気付き、レイは覗く。そして少女の落ち込む姿を見て、俺の服を強く握る。
友人に辛い顔をさせてしまった。だが、励ましの言葉も出せず、彼女が選んだのは。
「ち、違う。ごめん、少し時間が欲しいの。整理する時間が」
「そうだよね。突然ごめんね」
少女は走り去る。レイは手を伸ばすが、領主の娘は気付かない。生まれたすれ違い、彼女たちの友情に亀裂が入ってしまった。
レイはその後、俺から離れなかった。荷物を返して貰う際も、城を出る前の所持品チェックの時も。俺にベッタリと。
「そりゃ、ああなるか」
事情を聞いたロイは、彼女の方を向き何度も頷いている。
「だからロイ、できればレイを見てやってくれ。それと、英雄ガイルとのアポ、あと宿屋を取っといてくれ」
「いや、頼みすぎだグラム。それに俺、金持ってないぞ」
ポケットを裏返す彼に、俺は袋を投げる。
「ほれ、お前の取り分と宿代だ」
「助かるぜ。で、グラムは?」
城へ戻ろうとする俺に彼は問う。
「ちょっと現実見てくるわ。内容次第で、動き方を変えるぞ。最悪、国を出る」
「そ、俺は行くわ」
彼は手を振り、馬車に戻る。そして馬を走らせ城を去った。その際もだ、レイが俺をじっと見続ける。
(悪かったって)
領主との話し合いに彼女も同席したがった。ルカ様の件で、知らない事の恐ろしさを実感したのだろう。
だが。
(レイとの関係はラカンまで。これから先は他人だ)
だから俺は同席を許さなかった。
(俺がレイにしてやれる、唯一の事は)
2人の友情、拗れてしまった関係のフォローだけだ。原因の一端を担った自覚はある。
(励ますというよりは、対象の変化か)
彼女に見られている前提で、俺は舌を出す。バーカ、宿屋で大人しくしてろ。
想いは伝わったらしく、彼女は荷馬車の奥に姿を消す。
「ちょ、レイちゃん。何してんの? 子供らも止めろ。この馬鹿、荷馬車内の荷物、全部グラム目掛けて投げる気だぞ」
彼女はフライパンを持ち、馬車から顔を出す。大きく腕を振り、投擲モーションを取るが、子供達が身体にしがみつき、止めていた。
「あったかよ。その距離で」
背中越しに手を振り、俺は城の中に入った。
(俺にでもキレて、元気出しやがれ。感情の発散が終われば、少しは吹っ切れるだろ)
とにかく今は忘れろ。煮詰まってると、いいアイディアは出ないからな。
*
執事の案内で、俺は領主が待つ部屋に向かう。
「ここです。中には護衛が1人のみ居ますがご容赦を」
「武器はいいのか? それとも、嘘をついたお詫びかな? 天井裏に1人いんぞ」
執事に微笑む。彼は表情こそ変わらないが、額から一滴の汗が流れた。
(独断か? 領主の指示なら問題ない。だがそれ以外であるならば)
策略があるとしてもだ、領主の身を守るためにも、一芝居打たせて貰うか。
「いえ、お預かりいたします。それと……」
「わかってるって。認知しているなら咎めはしないさ」
執事に斧を手渡す。そして扉を開ける直前、俺は部屋の中へいる領主に、聞こえるよう叫んだ。
「心配性はどこにでもいる。例えばそう、天井裏に人を忍ばせるとか。まぁこれが領主の指示なら安心なんだがな。だってよ、切れ者の助言が聞けるんだから。価値が増すってもんだろ」
警戒は幾らしてもいい。特に、これから話す内容が漏れれば、領主の貴族人生を狂わすだろう。
「さて、お邪魔します」
「待っていたぞ」
部屋に入ると領主が待っていた。彼は座っており、背後には護衛が陣取っている。俺が席につくと、話し合いが始まった。
気になる事と言えば。
(ここにいる奴らは狂犬ばっかか)
護衛が俺を睨んでいること。殺気が混じったその視線。
(もう少し抑えろよ。わからせたくなるじぇねか)
それくらいだ。