1-9 レイナ嬢、治癒の魔法具の作成
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レイナが持ち込んだ魔道具は、すでにプログラミング言語で再現されていて、機能することは確認されている。その中の灯りの魔道具はそれほど注目を集めなかったが、懐中電灯で代替出来るから無理はない。給水も同じと思われたが、周りから水分を集めて清澄な水にするという点で注目を集めた。
砂漠のような湿度が低い所では、出てくる量が少ないが、汚い水でも周りに水があれば勢いよく水が出る。これには衛生工学科の者が、汚水の浄化とか海水の淡水化に使えるのではないかと関心を示している。また、治癒の魔道具は当然ながら医学部のものが強い関心を示した。
治癒の魔道具については、医学部からレイナにヒアリングがあった。医学部で面識のある博士課程の水島亮がレイナに聞く。無論この場には他の者も数人立ち会っている。
「レイナさんが、治癒の魔道具を持っておられるということは治癒の魔法は?」
「ええ、私もそうですが、治癒の魔法は使える者は少ないのです。ですから私が持っているわけです」
「なるほど、どの程度の効果があるものですか?」
「そう、早くは治りますが、出回っているマンガのようにすぐには治りませんよ」
レイナがこう言うのは、魔法少女リリーという日本のマンガで、切り傷などがあっという間に魔法少女の魔法で全快するシーンを見ているからだ。
「そりゃ、そうでしょうね。例えば手を少し切った位だと、どの位で回復しますか?」
「そう、3~4分かけると血は止まり、その後放置すれば10分以内には薄皮ができます」
「ほお、それは凄い。かけるというのはどういうことをするのですか?」
「幅5cmほどの板状の魔道具を患部にかざしておくだけです」。
「なるほど。それで、できものや腫瘍などはどうでしょうか?腫瘍はわかります?」
「ええ、解りますよ。どんなものでも体に有害なものは分解しますので時間は少しかかりますが治ります。まあ、状態によりますが、小さいものなら5分位、大きいと10分~15分位ですかね。かけてから、そこが綺麗になるのは数日から1週間以上かかります」
「なるほど、できものなどが体の中にある場合はどうですか?」
だんだん、水島の顔が真剣になり、一緒にいる者の表情も強張って前のめりになってくる。
「ええ、魔法士は探査ができますので、体の中に腫瘍、こっちで言うガンでしょうか。それが出来ると解るのです。早い内には精々10分位かけると1回で治りますが、酷いと2日に分けてかけます」
「それで、治るのですか?」
「ええ、体力のあるうちは大丈夫ですが、衰えていると難しいです」
「え!がんが治るというのですか。レイナさんはガンが判るのですか?」
首を伸ばして聞いたのは、田宮准教授と言う人である。
「ええ。私もこちらで週刊誌の記事を読みましたから、間違いないと思います。ですが、こちらではそういう人は実際には見たことがないので、それほど自信はないです」
そのような会話があったこともあって、医学部の者は治癒の魔道具に本当に期待している。
そして、他に期待されているのは、空間収納の魔道具である。レイナが持っていた収納袋は大型のボストンバッグの容量程度であるから50ℓ程度であろう。しかし、大型の魔石を使えば最大1,000㎥程度の容量のものは作れると言う。
そのように、治癒の魔道具が出来るのを待っていた医学部が、『出来た』という知らせに飛んできた。実のところ、灯りと給水の魔道具の魔方陣は単純であった。しかし、治癒と空間収納の魔方陣は、比べものにならないほど複雑で、レイナと宮島が各々1週間ほどかけて苦労して解き明かしていった。
しかし、プログラミング自体は水島が簡単にCADで描き、半自動でエッチングをしたのでこれも簡単であった。ちなみに、治癒の魔方陣の素材は銀がベストということで、銀製にしている。素材は1kgなので17万円であるが、医学部に伺うと2つ作れと要求してすんなり出した。流石金持ち医学部である。
まだ魔石はなかったので、試用にはレイナが行く必要がある。研究室に来た准教授の田宮と水島は「これが治癒の魔道具です」と宮島から手渡された魔道具を見てなでる。それは銀製の幅7cm×長20㎝×板厚3㎜の板に魔方陣を刻んでいる。
「こんなことをしている場合ではない。行くぞ。ええとレイナ君、それと宮島君も来るかい?」
田宮准教授がハッときがついたように俄かに急ぎ、外に出るように促す。途中、田宮は何やらスマホで連絡している。
研究棟の前には、バンが止まっていてそれに乗り込む。彼らの言うには12歳の女の子のがん患者がいてもう危ないらしい。だから、魔道具で何とかならないかと思ってきたと言う。そう聞けばレイナ、宮島も協力することに躊躇いはない。もっとも宮島は行ってもしょうがないが。
構内での制限速度30㎞/時ギリギリで飛ばし(?)ひと際立派な大学病院の裏口に着く。バンは戸口脇に放置して、4人は、小走りに玄関側のエレベーターに乗って6階に上がる。エレベーターから降りてまた小走りに移動して、ある病室のドアを3回ノックして勝手にそれを開けて入る。
入ったところに白衣の医者だろうネームプレートに甲斐と書いた男性がいて、女性の看護師二宮もいる。ベッドには頭にかぶりものをした少女が寝ている。多分抗がん剤で髪が抜けたのだろう。田宮は少し息を切らしてせわしなく部屋にいる人に言う。
「持って来たぞ、さてやってみよう。レイナさん?」
だが、そこにいる甲斐という医者らしき人は少々白けている。
田宮は構わず、少女の毛布を優しくはいで、パジャマに包まれた薄い胸元に魔道具をかざす。
「レイナさんお願いします。彼女は肺ガンなんです」
「ええ!よし!今、魔力を注いでいます。私の最大魔力です」
枕もとには写真があり、笑っている健康そうな少女が映っている。しかし、目をうっすらと明けた彼女は、無残に痩せこけて青白く、死相に見える。
2~3分経つと「あ、光ってる」ベッドのそばに立っている若い看護師が小さく叫ぶ。
その声に、甲斐という医者が、一歩近づき目をこらして女の子を見る。
「ああ、確かに光っている。おい、田宮なんだよ。それは?」
「治癒の魔道具だよ。言っただろう?魔法だ。これしか、望みはないんだ」
部屋にいる者達は、無言で少女とその胸に銀板をかざしている田宮を見ている。ただ、レイナは銀板に向かって手のひらをかざして集中しており、額に汗がにじんできている。少女の体から出る光はだんだん強くなって、誰にも分るようになっているが、やがて一定の強さになった。
「ああ、呼吸が深くなった」
甲斐医師が小さい声で言うと、二宮看護師も続いて言う。
「少し表情が穏やかになりました。それと顔に赤みが戻ってきています」
その後も続けて多分累計で15分ほどだろうが、レイナが「ふう」と息を吐いて手を下ろして言う。
「今日はここまでにしましょう。がんは多分やっつけました。明日確認して、必要ならもう一度やります。田宮さん、もういいですよ」
緊張して銀板をかざしていた田宮が、恐る恐るという感じでそれを引っ込め、同僚の甲斐を見る。
じっと少女を見ていが甲斐がハッと気が付いたように言う。
「診察する。そこの男性は出てください」
水島と宮島が出ていくのを確認して、甲斐はまずパジャマの上から少女の体を触り、その後聴診器を出して胸をはだけてそれを当てる。彼は真剣な顔で神経をこらしている。
「胸が熱を持っているが、局部的だ。それに濁った音がなくなった。馬鹿な、ガン細胞がなくなったのか?しかし、明らかに体調は良くなっている。CTを取りたいがこの体調では……」
「どうやら、何らかの効果はあったようだな」
そこで話しかけた田宮の声に、甲斐は少女に毛布を掛けて返す。その間に看護師が外に出た2人を呼び戻している。
「いや、まだ何とも言えないが、少なくとも悪くはなっていない」
そこで、田宮がレイナに聞く。
「さきほどやっつけたと言われたが、レイナさんはなにか確認する方法があるのですか?」
「ええ、私は魔法士ですから体内の探査が出来ます。それで視た所では、最初にあったガンの塊は、死にさらに液化しました。その残渣は肺の細胞に吸収されるはずです。明日にははっきり良くなっているのが判るはずです」
「というと、美沙ちゃんは助かるの?」
「ええ、もう大丈夫ですよ」
レイナは自信たっぷりに言う。その時であった、ノックの音に続きドアがガチャンと開き、やつれた女性が入って来る。
「え!甲斐先生と田宮先生、もしや美沙が?」女性は美沙の母親であり、部屋に大勢人がいてかつ2人の医者がいるので我が娘が死んだと思ったのだ。そのため早くも涙があふれている。
「ち、違います。美沙ちゃんは無事です。多分良くなっています。見てやって下さい」
甲斐が慌てて言って、ベッドの少女を手で示す。女性は駆け寄り、ベッドに駆け寄り小さく叫ぶ。
「ああ、顔色が良くなっている。それに苦しそうに息をしていない。先生、美沙は本当に良くなっているんですか?」
「え、ええ、さっき治療したばかりで、まだ何とも……」
そこにレイナが口を出す。
「美沙ちゃんのお母さん。美沙ちゃんはこの魔道具で治療しました。もう良くなっています。明日にはずっと元気になっているはずです」
「え、あ、あなたは魔法少女というレイナさん。貴女が美沙を治してくれたのですか?」
「ええ、そちらのお医者さん方と協力してです。私は魔法士ですから、美沙ちゃんが良くなっているのが判ります」
レイナは胸を張って言うが、実際のところ魔力の使い過ぎで疲れたので早々に引き上げた。