5-18 魔道具のある地球世界5
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田宮夫妻は、ケニアの首都ナイロビから、ヘリに乗り込んで、東のインド洋沿岸に向かっている。その機中で、妻のパーリャが芳樹に話しかける。
「ヨシキ、ミズホの魔力器官は随分はっきりして来たわ。微弱ながら魔力も出している」
芳樹はその言葉に複雑な思いであった。現在知られている限りにおいて、日本人とイスカルイ王国人の混血児は120人いて、どんどん増えている。しかし、瑞穂が最初の混血児であることは間違いなさそうであり、母親が魔術師と呼ばれるレベルの魔法使いである点は数少ない。
だから、日本政府も瑞穂には注目しているが、政府としては瑞穂の魔力の発現を調べる術はない。だから、魔術師である母親のパーリャからの知らせを待つしかない。だから、パーリャが探知で3歳と4ヶ月の娘の魔力器官を見いだし魔力も検知したということは、政府に連絡することになる。
地球の科学的手法も取り入れて、魔法に関しては先進国であるイスカルイ王国の知見では、魔力器官が発達して魔力を発するようになるのは通常3歳~5歳位である。そして、魔法として外に力を及ぼすことのできるのは、その後使い方を教え導いた後の6~8歳である。
魔力の弱い者については、魔法の発現と使い方の教育をしなくても特に問題はない。だが、魔力の強い者を放置すると、突発的な魔力の暴発で事故を起こすことがある。ただ、レイナレベルの魔力の暴発であれば兎も角、起きるのはテーブルコンロのボンベの爆発程度であり、惨事というほどのことはない。
とは言え、イスカルイ王国では、現在6歳で魔力検査が行われている。そして、100人に一人が魔法を発現できるレベルD以上の魔力を持っていると判定されて、彼等は魔力の使い方の指導が行われている。だから、基本的に魔力持ちが暴発などの事故を起こすことはない。
なお、魔力の判定は、過去においては水晶体に特別な魔力を帯びさせたもので、発光の強さで判別していたが、現在では魔力を電力に変換して数値で測定できる。つまりMラジエターの逆の現象を起こす測定装置が使われる。これは、N大学で開発されていたが、日本ではMラジエターの魔力発生値の測定に使っている。
それをイスカルイ王国で技術を買って使っている訳だ。この数値はMPと呼ばれ、Dランクの境目の値が100MP、Cランクが200、Bランクが300、Aランクが400以上となっている。魔法を発現できない普通の人でも、ミズルー大陸人であれば最低20MP程度はある。
魔術師で最大の値を示すレイナで725MPであり、パーリャで420MPである。ただ、人工魔石によるブーストが最大400MP程度あるので、魔法士の最低ランクの者でも、魔力がAランク相当になることになる。さらには、人工魔石は最大ブーストを3~4時間続けることができる。
魔術師・魔法士は魔力の最大出力の放出は30分程度しかできない。だから、人工魔石によって彼等の出来る『仕事』の量は人工魔石を使わない場合に比べ、持続力だけ考えても10倍弱できる。その上に魔力が増してより高度な仕事ができるようになる。このため、元のレベルの低い者ほどより有用な人材になる。
そこで、効いてくるのが魔力の使い方である魔力操作である。宮廷魔術師ほどになると、高い魔力に加えて繊細な魔力操作ができるので、有用さは人工魔石によるブースト頼りの者に追随は許さない。だが、貴族は遺伝的に魔力が強く、そのごり押しで魔法の達者であると誇って来た者が多い。
そこに、少ない魔力であっても、魔力操作を必死に磨いてきた市井の平民の魔法士に劣ることになる。つまりDやCランクの馬鹿にされてきた魔法士も、400MP嵩上げされると、Aランク以上になる訳だ。その場合Bランクの貴族に400MPが上乗せされても使える魔法の強度に大差はない。
それどころか、魔力操作に長けて使える魔法の種類が多いほうが、魔法士としてはずっと有用になることになる。また、魔力の少ない魔法士は、従来魔力の制限から魔法の練習・訓練は短時間しかできなかったが、練習の強度を調節すれば人工魔石によってそれこそ終日でも出来る。
もっとも、王国の国策で人工魔石の購入価格と再生費用は低く抑えられている。それでも、購入費は普通の魔法士の3日分ほどの日当程度で、10回強行える再生には半日の日当程度の費用がかかる。だから、訓練も費用がそれなりに掛かるが、それでも自分の価値を高めるために頑張っている者は多い。
さらに、D~Aランクの市井の魔法士に対しては毎日宮廷魔術師による指導が行われており、魔法士の実力の底上げに貢献している。訓練にあたる魔術師の評価では、魔力の少ない魔法士の方が、馬鹿にされ苦労してきたせいか必死に頑張るので、魔力操作が伸びる傾向にある。
話が逸れたが、3歳で魔力の発現が見られる瑞穂は、早熟であると言えるらしく、早熟な子は魔力の伸びも大きいので、パーリャはこのように言う。
「ミズホは悪くてもBランク程度の魔力にはなるでしょうね。もっとも今は、魔力の大きさは余り問題にならないけれどね。なにせ、MP20の人がそれなりに魔法士になっている活躍しているらしいものね」
「うーん、瑞穂が純粋なイスカルイ王国人であればいいのだけど、日本人の僕とのハーフだから、日本政府が張り切って色々調べさせてくれって言ってきそうだね」
「いいのよ、どの道日本では魔法使いの育成はできないから私が訓練するわ。人工魔石を使った今の魔法には魔力の大きさなんかより魔力操作が重要です。もっとも魔力器官が無くてゼロではどうにもならないけれどね。だから、ミズホは魔力器官があるから、魔術師レベルには必ず育てます。
レイナ様が日本から帰られてから、魔法の理解は随分進んだのよ。私は宮廷魔術士として、レイナ様の講義を受けたことが20回以上あったかな。それは、主に地球で遥かに進んでいる科学技術を、魔法にどのように応用してその幅と威力を上げるかというものだったわ。
だから、魔法が達者になるには、魔力の多寡より魔力操作の適性と、魔法と科学に関する理解が必要です。ミズホの魔力操作の適性はまだ判らないけれど、努力で埋められるし、貴方の子であるミズホが科学技術の理解が劣るとは思えないわ。だから、私は我が娘は水準を大きく超えた魔術師になると思っています」
「うん、まあそうなってもならなくても、辛い程働かずに、ほどほどに頑張って幸せと思うようになってくれればいいと思うよ。ところでパーリャは、宮廷魔術師という立場を捨てて、まあ平凡レベルの研究者である僕の妻になって良かったの?」
「勿論良かったと思っているわ。宮廷魔術師というのは確かに国ではエリートで、採用された時には天にも上る心地で、得意になっていました。だけど、そこは魔力の高い貴族が幅を利かせていて、平民の私達を馬鹿にするような組織でしたし、仕事もちょっとした魔法の改良とかばかりでつまらなかったわ。
だから、レイナ様が帰ってきてから、色んなことが解って、魔法も変わってそれを身に付けて実践するのはやりがいがあったな。そして、貴方達との資源探査は楽しかったな。日々違うことがあってね。山の中が多かったけど、その割に大型のマジックバッグのお陰で、生活は不自由なかったしね。
日本での資源探査の期間中に結婚したでしょう。すぐ妊娠してミズホを出産して慌ただしかったけど楽しかったな。大体において、貴方と一緒に日本で私が付き合っていた人などは、イスカルイ王国ではまず貴族でまともに相手にしてもらえないのよ。その点は、階級のない日本では気を使わなくなくていいわ。
それに、出産後1年で海外の資源探査を始めたけど、舞さんを雇ってくれたから、ミズホの世話も全然問題なかったし、日本以外の色んな所にいけて楽しかった。まあ、結局お金に困っていないからでしょうけど。いずれにせよ、全く後悔はしなかったな。それは結局あなたが一緒だからよ」
このような夫婦の会話は日本語で行われているので、前部座席のナイロビ大学の准教授であるジンバには全く解らない。だが、日本語が解ればいれば余りの甘さに顔を顰めただろう。この日、田宮夫妻は予定通りに探査を終えたが、その後3週間後にはこの日に発見した銅の鉱床の地上調査に来ていた。
そこはインド洋に面したモンバサから南西に40㎞のシンバヒルズ国立保護区北の端に当たる場所で、保護区をかすめて北方に40㎢に渡って広がる銅鉱脈である。標高は約200mであり、最も浅い部分で地下50mであるため、今まで発見されなかったのである。
作られた平面マップの端の50%以上は深すぎて探知不能というもので、さらに地下に大きく広がっているものと考えられる。この鉱脈の品位については平均5%以上あって、現状の世界の銅山の品位1%足らずを大きく上回っている。
銅の需要は、モーターの代わりに回転の魔道具の出現で落ち着いてきたが、MジェネレーターやMラジエターにも大量に使われているので、依然として必要性は薄れておらず、価格も高止まりをしている。だから、ケニア政府もすでに『シンバヒルズ鉱脈』と呼んで大いに期待している。
ちなみに、第1優先であったケニア山麓の金銀鉱脈の、地上探査による3次元マップの作製はすでに終わっている。その結果、金が2500トン余、銀が1万トン余と現状では埋蔵量世界有数の金銀山であることが判った。当然ながら、この発見にケニア国内は大いに沸いた。
その位置は、樹木は殆ど無いが、溶岩がゴロゴロしている位置で、傾斜が20度ほどもある険しさで、軍はヘリポートを作るためのブルドーザやユンボを多数使ってアクセスに苦労した。ただ、田宮夫妻にとってはヘリポートに降りれば、鉱脈の範囲が1㎢余りであるため移動距離も短く、樹木もあまりないので1日で、調査を終えている。
一方で、シンバヒルズ国立保護区は、シンバがスワヒリ語でライオンという意味であるように、ライオンやゾウなど危険な野獣が住むサバンナであるが、観光地化されている。つまり保護区内は道路が縦横に走って、アクセスには困らないためにヘリポートを作るのは短時間で出来ている。
また樹木が余りないので、悪路ではあるが、ランド・クルザー(ランクル)で移動が可能なので地上探査も、短時間で済むと思われている。田宮夫妻は、ランドヒルズ鉱区に降り立った。そこには、保護区内でガイドをしているドライバーが運転する2台のランクルが待っている。
野生動物を保護すべき国立保護区内で、ヘリを下ろすことは違反であるので、境界から外れた位置にヘリポートは作られている。保護区周辺にライオンやゾウはいるが、観光客がランクルで回れる程度なので危険性は殆どない。
2台のランクルは、マップのある8㎞×5㎞の境界線上を走り、400m毎に車の中から深さ方向の探査を行う。さらに、中を400mのメッシュを切ってその交点で探査を行った。つまり約250点で探査を行うことになる。探査には約3日を要するので、モンバサに2泊することになった。て
パーリャが探査した結果は、芳樹が同調している頭脳の中で受け取って、パソコンの立体図中に鉱脈の端の点と銅の品位(含有率)をプロットしていく。なお、パーリャの探査はレベルが上がって、現在は地中について半径220mで探査が可能である。つまり、プロットする点は半径220mの球上の鉱床の端部である。
その結果、やはり予想通り220m以深の検知範囲外の鉱床が多くあることが判った。だが、それでも検知できた部分のみで、平均品位が5%で1億トンを超えることが判った。つまり銅にすると約1兆ドルである。そして、220m以深にはそれに加えてかなりの量があるのである。
この結果は世界を驚かせたが、ケニア全体がお祭り騒ぎになった。しかし、この金額はケニアの人口5,500万人に対して一人1万8千ドルにすぎない。国民に配ってしまえばすぐなくなる程度である。しかし、それだけの資産があれば、豊かになるために様々な経済対策が打てる。
つまり、それをどう生かしていくかが問題であるのだ。その点は、大発見に浮かれるケニア人のジンバに対して、芳樹は繰り返し言い聞かせた。途上国では、どこでも資源が見つかると浮かれるが、国民一人当たりで考えると大したことはないのだ。
ちなみに、日本で見つかった資源の値打ちは30兆円余りであった。日本のGDPからすれば大きなものではない。だが、それらを早急に開発することで、Mショックと呼ばれた魔道具革命によって失われた雇用の穴埋めには大いに有効であった。
次で終章としたいと思います。




