5-17 魔道具のある地球世界4
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田宮芳樹は、ケニアの首都ナイロビのコンドミニアムの食堂で妻のパーリャと娘の瑞穂に加えて、家政婦の西野舞に娘の彩香と共に朝食を摂っている。瑞穂は、事実上初のイスカルイ王国人と日本人のハーフである。家での会話は日本語なので、瑞穂はすでにほぼ日本語で会話ができるようになっている。
その点は、3歳の瑞穂は一緒に住んでいる2つ上の彩香の薫陶宜しく言葉の発達は早いほうだろう。ただ、日本にいる短期間は別として周囲には日本語をしゃべる人がいないので、舞が意識して娘にちゃんとした言葉や読み書きを教えている。瑞穂、彩香共に頭のいい子なので覚えるのは早い。
「パパとママ、今日はどこに行くの?」
食卓での少したどたどしい瑞穂の問いに、芳樹がテープルの透明シートの下に貼っている地図を指しながら答える。どこの国でも、芳樹は同じように食卓に地図を示せるようにしている。
「うん、ここが僕らの住んでいるナイロビだよね。そして、こんな風に東に向かって行って、方向を変えてこんな風に海岸沿いに飛ぶんだよ。そして、お昼はここにあるモンバサという大きい街に降りるよ」
「へーえ、随分遠いね。モンバサって、大きな街?」
「ああ、このケニアの昔の首都だったんだよ。今も大きな街で港があるよ」
このような娘との会話が、芳樹にとっては大きな楽しみなのだが、それをパーリャがニコニコして見ている。瑞穂はどちらかと言うと、パーリャに似ている。パーリャの紺の髪に対し少し明るい色であり、可愛い顔立ちで、紫の瞳はやはりパーリャと同じだ。
ところで田宮夫婦は、西野舞を世界を巡るという仕事に瑞穂を帯同するために家政婦として雇っている。舞は、現在32歳で5歳の娘の彩香がいるので、瑞穂の友達にちょうど良いのだ。舞が田宮夫婦に雇われたのは瑞穂が2歳の時で、シングルマザーの彼女が職を探していて広告で見つけた仕事である。
それは以下ような条件であり、舞にとってはこの上ないものだった。
雇い主:生後半年の娘を持つ夫婦、資源探査で世界中を巡っている
英語能力:TOEIC700以上または英検準1級以上
家庭条件:女子の3歳以下の子供持ちで世界中を共に移動することができる
旅費・宿舎等:アパートは滞在国が準備、雇用主と共に住むが個室を与える。旅費・現地での医療費・
食材他雑費は雇用主持ち
給与:月50万円、賞与年間4ケ月、海外滞在時は月間10万円の現地手当(社会保険等不含)
舞は、学生時代留学経験があって中堅の商社に勤めていたが、同僚の男と付き合うようになり、子供ができ結婚をした。しかし、会社が古い体質であり、子供が出来た段階で辞めるしかなかった。そして、彩香が2歳になった時に、夫婦のずれはどうしようもなく、旦那の浮気も判って離婚することになった。
その後、実家には頼れない舞は、彩香を保育園に預けながら英語能力を生かして事務仕事をしていたが、家賃と保育料の負担にあえいでいた。そこに、田宮家の家政婦募集のネット広告をみて応募した訳だ。広告には7件の応募があったが、娘を連れての面接で田宮夫婦が気に入ったのが舞だったのだ。
舞も、雇い主が有名な資源探査チームの田宮夫婦ということに驚いた。だが、そうであれば、募集の好待遇も納得でき、日本政府が裏についた活動であることも知って安心できた。現地での待遇も相手国が可能な限り最高のものを与えてくれることなっている。
田宮夫婦に雇われた舞は、一緒に世界を文字通り駆け巡った。最初はモンゴル、カザフスタン、ウズベキスタンなどの西アジアに1年、さらにブラジル、ボリビア、アルゼンチン、コロンビアなど南米に2年間を滞在し、今はアフリカのケニアにいる訳だ。
どこの国に行っても、彼等は大歓迎されており、その行動と成果は注目の的である。舞の経験では、どこの国に行くにも舞達母娘も含めて飛行機の席はビジネスであり、それもあって通関は極めてスムーズである。聞くとチケットは相手国負担らしいので、通関などは優先されているらしい。
入国時は、通関後は空港の1室に案内されて、現地の日本大使館と相手国外務省の職員が来ていて、現地の予定や宿舎などのブリーフィングがあった。宿舎は、瑞穂の離乳食もあるので台所付きということになっている。場合によっては台所付きホテルの場合もあるが、ケニアも含めて上級職宿舎の場合が多い。
基本的には、宿は大きな都市で選ばれ、田宮夫妻は探査に当たっては足にヘリコプターを使っており、目的地までの移動と、探査のために対象地の上空を飛ぶのに用いている。そのヘリコプターGX552は回転の魔道具とMバッテリーにMラジエターを組み合わせたMシステムを採用している。
このヘリは、日本政府が準備した探査に使う機材を積んだものであり、田宮夫妻が訪れる前に先回りして現地にパイロットと共に配備されている。このヘリはバッテリーの容量が大きいので、航続距離は4000㎞を超える。
探査の要領は、まず受入国の大学の研究者を含む専門家が、国内の鉱山の分布や国内の地質を調査した上で調査候補地を選定して日本に送る。それを、日本の経産省の資源探査部で精査して、ヘリを飛ばす調査ルートを絞り込む。
さらに、それについて田宮夫婦を含む3つの担当調査チームが、精査結果をさらに調べ場合により修正して、最終的な予定を決める。ヘリコプターの速度は移動時が500㎞/時であるが、探査ルートの上空1000mを飛ぶ速度は200㎞/時である。
その飛行の間乗っている魔術師、この場合はパーリャが地上を探査するわけだが、深さ200m以内である程度の規模と含有率の鉱脈があれば探知できる。そして、探知された鉱脈があると、その広がりを調べるために、周辺を飛びまわって平面的な範囲を座標で確定する。
そのようにして、見つかった資源の鉱脈についての広がりを平面的に確定してマップを作製する。なお、その探査により、概ねの当該資源の含有率も知ることができる。このマップで、深さ方向の分布は判らないので、地上に降りての探査も必要になる。
その平面マップの中で価値が高い可能性のある鉱脈については、ランク分けをして地上で調査する対象の鉱床を選ぶ。選ばれた鉱床について、魔術師が地上部に行って3次元マップを作製することになる。この3次元マップによって、ほぼ正確な資源量を確定できる。
舞が雇われて同行を始めて3年、田宮夫婦は今まで、22ヵ国を探査して、その発見した資源の精錬後の価格の総計は2兆ドルを超える。国単位で見て、大当たりばかりではないが、最低でもその国の国家予算の数倍以上にはなっている。
資源探査を後押している日本政府は、地元での産業振興のために極力精錬までの産業構築を勧めている。これは、資源の発見に伴って地元ではその資源の採掘のみでなく、精錬まで行うことでその国の工業化や雇用に貢献できる訳だ。だから、受入れ国は好意的に探査を受け入れ、最大限の便宜を図っている。
ちなみに、現在訪れているナイロビは赤道直下であるが、標高が1500m余もあるため、比較的涼しくマラリア蚊などもいないので過ごしやすい地である。また、大都会でもあるため、便利であるし公園なども比較的整っていて、舞が瑞穂と彩香を遊ばせるには不自由はない。
ただ、近年は改善されてはいるが、強盗事件が後を絶たないなど首都ナイロビの治安はあまりよくない。だから、住んでいるコンドミニアムには常時武装した警備員がいる。また別に、外出時には武装警察官が付き添い、車両も割り当てられているので、遠出も簡単にできる。
だから、少々窮屈ではあるが、買い物にも不自由はないし、瑞穂と彩香は警察官が見守る中、ほぼ毎日近所の大きな公園で遊ばせるなど、舞にとっては恵まれた生活である。日本にいる頃、赤んぼの娘を抱えて仕事をしなければならなかったことは舞には辛い思い出である。
だから、今は平均1ヶ月毎位に移動を繰り返しはあるが、自分の娘と一緒に雇い主の娘の面倒を見て、炊事、掃除、洗濯などの家事をするのが仕事というのは楽である。なにより、まだ幼い自分の娘といつも一緒に居れるのが有難いし、自分で支出することが殆ど無く、収入は大幅に上がっている。だが、雇い主の収入はとんでもないレベルであるので、遠慮の必要はなく有難いと思うのみである。
田宮夫妻は、コンドミニアムから出て、迎えの車に乗って10分ほどの距離のヘリポートに行く。そこのゲートをくぐって中に入ると、ヘリに同乗するジンバ・ナミアが迎える。
「おはよう、ヨシキ、パーリャ。ご機嫌いかがかな?」
「ああ、おはよう。絶好調だよ、ジンバ。今日はM3-2地区だな、天候はどうかな?」
「今日の現地の天候は概ね晴れるが、スコールがある可能性もある」
「まあ、その位は仕方がないね。では出発するか」
ナミアは35歳でナイロビ大学の地質学の准教授である。彼は、田宮がケニアに探査に来ることが決まってから、探査地区の選定に当たった専門家であり、1年間は大学から籍を抜いて、資源探査専任になっている。田宮達のケニアの予定は2ヵ月であるが、期間の枠としては3ヶ月を取っている。
「ところで、今まで見つけた、A評価の鉱床のアクセスの準備はどうかな?」
芳樹が聞くが、彼が言っているのは、すでに作成した資源マップのうち、資源量が大きいと想定されるA評価の鉱床については、地上から探査して3次元マップを作成して正確な鉱床を把握する。そのためには、その近傍にヘリが降りる着地点を作り、探査点まで歩く道を作る必要があるのだ。
そのために軍が動員されて、そこ迄の仮設道路と着地点を作り、さらに藪を切り開く工事を行っている。現在の所、ケニアの探査予定地区の半分ほどの上空からの探査が終わり、出来た鉱床マップには12ヵ所のA評価鉱床が見出されている。その資源は銅、アルミニウム、マンガン、ニッケル、鉄、金・銀やタングステンなどである。
2ヵ所については近傍に道路がすでにあるので、重機を持っていけばヘリの発着場を作るのは簡単だ。しかし、ケニア山の山麓のK2-1地点などは、直近道路から15㎞離れ、傾斜が20度ほどもあり、アクセスするのが難航必至の場所もある。だが、それが世界的に見ても大規模な金・銀の大鉱床の可能性がある。
当該鉱床へのアクセス工事の進行状態を聞かれたジンバは、芳樹の質問に答える。
「ええ、全体としては順調です。ケニア山麓など難航していますが、後12日ほどかかる、今やっている上空からの探査が終わるまでにはアクセスできるようなります。軍も本気で頑張っていますからね」
ケニア政府は他国の例に倣って、『資源探査』について立法化している。それは、地主には相応の対価は払うが、探査によって特定された資源は国に権利があるとしたものだ。さらに、地主は発見された資源の調査・開発を拒むことはできないとしている。
日本及び先進国も似たような立法化をしており、資源が発見された時の地主に一定の利益は行くが、度を過ぎたごね得は出来ないようにしている。その根拠は、魔法を使った資源探査が無ければ、資源があるのが判らなかったからである。
その立法の一環で、損害が生じた場合の補償はするが、資源探査のための仮設道路の建設などは、地主の了解なしでもやれることになっている田宮夫妻は、上空からの探査が終われば、現地の仮設ヘリポートに降りて、地上からの探査を行うので、その前に地上の伐開などを済ませておく必要があるのだ。




