5-10 イスカルイ王国の魔獣狩りツアー2
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ガスパイ駅からのバスの旅は、大森林に向かってのものであるので、渓谷に沿って昇り川を渡るなど変化に満ちて中々心躍るものであった。列車での4時間の旅で、すっかり打ち解けた伊勢谷と山名は、バスで隣合わせの席である。ガイドはきびきびした若い女性でミーナ・ジトルと名乗った。
「私は、アイラ湖リゾートの従業員で、バスガイドを務めます、ミーナ・ジトルと申します。私は、Dランクの魔獣ハンターでもありまして、以前は一応魔獣を狩ったり、薬草や森の産物を集めて生計を立てていました。ホテルまでの短い間ですが宜しくお願いします。
実は私は、皆様もよくご存じの王太子妃のレイナ殿下と同じ年齢なのです」
ミーナは中々可愛く、日本語も達者で要領よく道中の案内をしていく。彼女の日本語は、記憶の魔法具を使って1ヶ月ほどで覚えたらしいが、ホテルのスタッフも大体日本語と英語が出来るらしい。山名は3日の滞在であるが、伊勢谷は10日程を滞在して、2回の魔獣狩りに行く予定であるので、ホテルで言葉が通じるのは重要である。
途中の道は、2車線道路で両側に側溝を配した標準タイプであり、舗装は魔法で固めるのに使った土の元の色によって、茶色や灰色が主であるが、色合いは様々に変化している。ただ、作られてから新しいこともあるが、日本でよく見るような舗装面の割れや凹凸は殆ど見られない。これは、重機や道具を使わなくても魔法士が簡単に治せるためである。
この点は、王都周辺の道路も同様であり、イスカルイ王国の道路を走る車は揺れとかがたつきがほとんどないと日本人の間では定説になっている。また今走っている山岳地帯の道路では、橋やトンネルが不可欠であるが、トンネルは土魔法士によって掘られており、橋は同様に土で成形した逆U字型のものである。
この点は、日本の様々な橋があってそれぞれがランドマークになっているのに比べると地味ではある。しかし、道路脇には常緑樹の街路樹が巡らされて、景観の改善を図っている。また、バスの前にランクルの護衛車が先導して走っているが、これはバスが結界の魔道具に覆われる大きさを超えているためだ。
切り開いた大森林の中の道路においては、どうしても魔獣が出てくる可能性がある。そのため、そこを走る車は結界の魔道具を備えていることが条件になっている。ただ、トラックやバスでは守れる大きな結界が無いので護衛車が必要となる訳だ。それもあって交通量は極少ない。
ちなみにアイラ湖リゾートでは大量の物資が必要になるが、トラックで運ぶと護衛が必要になるために、乗用車にマジックバッグを積んで運んでいる。マジックバッグは、従来は10㎥程度の容量が限界であったが、日本の技術を取り入れて、イスカルイ王国でも100㎥まで量産できるようになっている。
「列車の旅では、平坦であまり地形の変化はありませんでしたが、こちらはなかなかの景観ですね」
隣の伊勢谷が言うと山名が頷いて応じる。
「ええ、日本でもこれだけの景観はなかなかないですね。それと、森林の樹木の大きいこと。あれなんか、高さが80m位はあるのじゃないでしょうか。幹の太さが2m位はありそうですね」
「ええ、大木が多いですね。それにしてもこの道路は、魔法使いがやったとしても凄いですね。ここで、日本のゼネコンが重機を使って造るとしても大仕事ですよ。それに、魔獣が襲ってくるわけですから、普通はお手上げでしょう。お、何か出てきた!」
伊勢谷が言うように、道路の進行方向に何かの獣のようなものが見え、ガイドのアナウンスがある。
「今から減速しますので気を付けて下さい。魔獣が道路上に現れました。ですが、あまり大きなものではないので、すぐに退治できますので、ご安心ください」
そのアナウンスと共に、先導車のブレーキランプが点き、それに合わせてバスは急減速する。前方にいるのは、2匹のヒョウのような体形の獣であり、寝そべっていたそれらはむっくりと起き上がる。大きさは道路幅と比べると体長が4m、体高が2mほどもありそうだ。
そして、その内の1匹が止まったランクルに向かって、約30mの距離を走り始める。そのしなやかさは映像で見るチーターのようで、それはトップスピードでランクルに飛び掛かる。
「ウオー」「キャー」
それを見たバス内の乗客の多くの悲鳴が響き渡る。だがそれは、見えない何かに激しく衝突して、まず突き出した前足が当たって折れ、さらに顔・胴体と折れ曲がって地上に落ちる。結界に当たられたランクルも、その運動量に負けて2mほどずり下って、道路にくっきりタイヤ痕が残ったがそれだけで、損傷はない。
「ええ、皆さんご安心ください。飛び掛かってきた魔獣は、護衛車の結界に当たってそのショックで暫く動けないはずです。あの2頭は魔獣でありドッセラと呼ばれています。地球で言うとヒョウのような魔獣ですが1回り大きく強い存在です。また動きが素早いのも特徴です。
ドッセラには、従来は魔獣ハンターのBランク以上でないと太刀打ちできませんでした。しかし、現在では結界と雷の魔道具のお陰で、Dランクの私でも退治できるようになりました。さて残り1頭も今から退治しますので、ご覧ください」
彼女の言葉と共に、ランクルの助手席が開いて、銃のようなものを持った男が降りてきた。彼は、銃のようなものの狙いを、どうするか決めかねている様子のもう1頭の魔獣につける。倒れている魔獣は動く気配はない。
「あの車から降りたのは、やはり同じリゾートの従業員のキズサと申します。彼はCランクのハンターです。今彼は車から降りましたが、結界内ですので、万が一倒れている魔獣が蘇って襲っても、正面の魔獣が襲ってきても安全です。さて、最も強力な武器である雷の魔道具で今狙っている魔獣を撃ちます」
言った途端に、キズサが持っている銃の様なものから、30m程先の立っている魔獣に向けて火の矢が走った。それは魔獣の顔に当たり、バチーンという大きな音を立てて、爆発して大きな火花が散った。その結果爆発により魔獣は弾かれ、さらにその距離から見える程痙攣しながら崩れ落ちた。
その状況をミーナが解説する。
「今雷の魔道具から雷が魔獣に向けて飛びました。雷は電気が通りやすいものに引き付けられます。あの魔獣は口を開けていましたので、濡れた口内を晒していたわけですので、雷は顔というより口に引き付けられたのです。さて、キズサは次に傍に倒れている魔獣に雷を撃ちます。あの魔獣は倒れていますが、あの程度では死にませんから」
彼女の言う通り、キズサの持った魔道具から火の矢が魔獣に走って爆発して大きな火花が散った。発火点は魔獣の前足の折れた傷口であった。その傷は結界に全力走でぶつかり前足の骨が折れて出来たものであり、これも血に濡れた部分が電気を引き寄せたためだ。
その直後、ミーナがスマホでキズサに呼び掛ける。彼は近くに倒れている魔獣に近寄った所だ。言っていることは現地語であるが、伊佐谷のスマホで翻訳される。どうも乗客に魔獣の死体を見せていいのかと聞いている。それに対して、キズサは腕で来いという仕草を見せる。
それを見て、ミーナが乗客に呼び掛ける。
「では、皆さん。ご覧のように魔獣ドッセラが、結界と雷の魔道具で2頭退治されました。ご希望の方はバスから降りて、死体を見て頂けますが、どうしますか?」
これを聞いて、流石に魔獣退治のツアーに来た客たちに拒む者はいなかった。伊勢谷と山名も無論喜々としてバスから降りて魔獣に近寄る。魔獣は、雷が当たった前足が折れ骨の突き出した部分がひどく焦げており、肉が焼けている匂いがする。こう言って良ければ旨そうな匂いだ。
「ほお、大きい!長さは4m以上、胴周りは1mほどもあり、立ったら2.2m位かな。足なんかは20㎝位の太さがある。重さは多分1トンはあるだろうな。あれに真面に当たられてランクルが良く転ばなかったな。いくら結界に包まれていたと言っても」
山名の言葉に伊勢谷も魔獣をじっくり見ながら言う。
「ええ、だけど、正面からぶつかりましたからね。斜めや横からだったら転倒したでしょうよ。それにしても、結界というのは凄く固いのですね。それに魔道具の雷の威力は凄いものですなあ」
そのような途中のハプニングがありながら、バスはリゾートの重厚なゲートを通ってホテルに到着した。客はリゾート地の中央に位置するフロントでチェックインの手続きを済ませる。それから、巨木の下に分散する各自が止まるコテージに、カートを借りた客が自ら運転してたどり着く。
「いやあ、凄いねこの巨木は。それに巨木の下にコテージがあるホテルとはね。それに公園化しているリゾート全体が巨木の林の下にあるとは、ちょっと地球では考えられないな」
山名が声をかけると、カートを運転している伊勢谷が答える。
「ええ、それにこのロケーションは何とも言えませんね。高い山を背負い、前面に巨大な湖ですからね。その透明度が凄い。それに巨木の林の中にリゾート地を作るとはね。湖ではボートにも乗れるようだし、他にはあり得ないリゾートですな。これだけのものを魔物がはびこる場所に良く作ったものですね」
「まあ、それだけ観光に賭ける王国というか率いるレイナ妃の意気込みが強いということでしょう。ところで、先ほど退治してマジックバッグに収納した魔獣は、肉にして日本にも売るらしいね。日本でも魔獣の肉を扱っている店が増えたけど、確かに美味いね。まあ、高いのでそうしょっちゅうは食べられないが、また絶対食べたいという味だ」
それを聞いて、独身で金には困らないのでしょっちゅう魔物肉を食べている伊勢谷は、内心忸怩たる思いがあったが、「そうですね、あれは美味い」と言うに留めた。
個室が4つ並んでいるコテージに着いて、各々の部屋に落ち着いた2人は、早速シャワーを浴びてくつろいだ。1Kバス・トイレ付きの部屋は広めであり、清潔で機能的ではあるが高級感はない。
地球世界で旅慣れている伊勢谷にしてみれば、ホテルそのものの格は3つ星程度だけど、ロケーションを考えると5つでもいいと思った。
ただ夕食は、海獣も含めた魔獣肉三昧であり、これは産地であればこそのもので、調理法も日本人向けに工夫を凝らしたもので、2人とも大いに満足できた。その後、リゾートにあるバーで軽く一杯やった2人は、今日の魔獣の退治の様子と、明日以降の魔獣狩りツアーの話で盛り上がった。
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