5-9 イスカルイ王国の魔獣狩りツアー1
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伊勢谷健司は、35歳独身である。彼は10代に祖父の遺産数千万を貰い、その金を種に株取引とFXトレードによって今では10億円を超える預金と、マンション2棟を持っていてその家賃収入がある。彼にはそういう金を稼ぐ才能があったのだろう。また、愛人は何人かいるので、女には不自由していない。
その彼は、レイナには注目してきた。異世界から来たという来歴と、地球人ではあり得ない容貌でありながら美しいと思うその姿、それになにより魔法を使えるという才能にである。とは言え、彼にはシャイな部分もあって、あらゆる方面から注目されている彼女に会いに行こうとは思わなかった。
レイナが登場してから1年半後に、彼女は異世界に消えた。思いっきり日本どころか世界をひっかき回してのことである。無論、彼女が意図してのことではない。彼女が使う魔法という事象の存在と、そのことによる物理の別の原理に地球の人々が気付いたためである。
そして、魔力がなくとも地球の人々が使えるように魔力を発生する装置が作られ、魔法を使える魔道具が作られ、たちまちそれらによる医学と産業上の利用が始まった。伊勢谷は、その際の経済と株の変動を予測して、5億円程だった資産を数倍に増やした。自分ではレイナに注目していたお陰と思っている。
そして、レイナはいなくなっても、残した魔法物理学の医学と産業利用はさらに拡大している。その結果は、もはや人は寿命以外で死ぬことは先ずなくなり、さらに将来のエネルギー枯渇に怯えることは無くなった。加えて、人類を何度も殺せると言われた核兵器を無効化して、人類絶滅戦争の恐れを無くした。
また、レイナの母国帰国は、地球とカガルーズ世界がゲートで繋がることを意味した。レイナの母国のイスカルイ王国及びその周辺国の技術レベルは、魔法による底上げはあっても未だ江戸時代程度であった。だから、生産性は低く、生活は不便であった。
レイナの持ち込んだ情報と、ゲートによって地球と繋がったために、これらの国々では地球文明の利用による生産性の向上と生活レベルの底上げが始まった。その手段として、これらの国々ではまずは金を中心とする鉱物資源を代価に地球の工業製品を買いこんだ。
それに加えて、魔法を底上げする技術の導入によって、衣食住の改善と農業・軽工業の生産設備及び社会インフラの改善を急速に進めている。その先頭を切っているのは、レイナのいるイスカルイ王国である。この国は、彼女の帰国以来6年、彼女が王太子妃として成婚時には、すでに日本と大差のないレベルの衣食住にインフラの整備を成し遂げている。
この異様なまでの速度と、要したコストの低さは、カガルーズ世界の住民が持つ魔法の故である。ただ、以前は人々は魔法を使えても個々人の魔力が少なく、結局は肉体の力でやるよりは2~3倍効率よく生産力を上げるにとどまっていた。しかし、それを地球の科学によって、安く大量生産が可能であるように作られた人工魔石によって様変わりすることになった。
つまり、各人が使う魔法の威力が上がり、かつ長時間使えるようになった訳だ。例えば、土魔法の使い手が人工魔石なしでは、精々1日に10㎡の地盤を固めて舗装するのが限界であったのが、人工魔石によるブーストで数百㎡の舗装を楽々やってのけることになる。
このようにして、イスカルイ王国では6年ほどの短期間に、急速なインフラ整備もあって日本に近い衣食住の生活を手に入れる事ができた。ただ、人口規模からみても地球レベルの工業基盤を築くことは、地球の小国と同様に予見しうる将来において無理と見られている。
そのため、今後ともに地球からの工業製品の輸入は避けられないので、イスカルイ王国としては何等かの外貨を稼ぐ手段の構築を必要としている。その一つはすでに軌道に乗っているのは金などの鉱物資源の輸出である。ただこれは、資源が尽きたら終わりである。
このため様々な試みの中で、次に軌道に乗りつつあるのは、穀物などの農産物に加えて、海獣を含む狩った魔獣の肉などの輸出であり、さらに観光業である。伊勢谷はイスカルイ王国の観光については、大いに注目している。これはなにより、東京から直接ゲートを通れば行けるという便利さがある。
それと、行った先が異世界という特別さがある上に、テレビなどで宣伝されている魔法アトラクションは、地球での公演はされてないので、行かなきゃ見ることができない。伊勢谷は勿論、魔法アトラクションツアーには真っ先に飛びつき、最初から申し込んで行った。
その後も、魔法アトラクションの出し物が変る都度、オプショナルツアーを変えて行っている。ネットで買えなかった場合には、高くなったダフ屋のチケットを買ってのことだから熱心ではある。そして、レイナの結婚式の頃、『魔獣狩りツアー』が売りだされた。
それは、魔獣を狩るために定常的に行なわれている、大森林内の魔獣ハンターによる魔獣狩りに観光客を連れて行くというものである。うたい文句が『隊長5m~10mの大魔獣のハンティングへの同行、10人のチームに5人までの同行、魔獣狩りに参加可、過去4年520回のハンティングで死者ゼロ』である。
ハンティングの移動は電動バイクで行うので、観光客はバイクによってけん引される客車による。とは言え、この客車は幅1mで1人乗りのものである。この客車には出来るだけのショックアブゾーバーは組み込んでいるが、乗り心地は走行する道次第である。
これは、大森林内に作られたアイラ湖リゾートホテルを起点にするもので、早朝に出発して夕刻に帰還する。アイラ湖リゾートは、周辺の魔獣を狩りつくして建設された、概ね1㎞四方のリゾート地であり、面積100㎢もの美しい湖の湖畔に建設されている。
このリゾートは、背後には標高1,700mの緑に包まれたアイラ山がそびえて、前面に透明度抜群の広大なアイラ湖畔の大木の森を極力残したものである。それは概ね10m程の間隔で生えている大木の下生えを刈って、公園化したもので、そこに多数の小さなコテージ群より成る収容人数1000人のホテルがある。
用地内の樹木は径が1.5m高さは50mに達する巨木であり、枝はそれほど密性していないので、下部でも十分に明るい。周辺は太古の昔から全くの無人の地であり、大木の林の中に客室があるという地球ではあり得ないロケーションは、その後も多くの観光客をひきつけた。
そのリゾートを魔獣から守る方法であるが、境界は魔法によって建てられた高さ7mの強化土の壁に囲まれている。この壁を超える魔獣がいると、魔道具によって魔力の警報がでることになっている。エリア内には魔獣ハンターの警備員が常時いて、異常があれば出動する。
伊勢谷は無論、魔獣狩りツアーに申し込んだ。この場合は対象が100人限定なのにすんなりチケットが取れた。これは魔法アトラクションと、アイラ湖リゾートへの旅と魔獣狩りツアーを組み込んだものである。ただ、魔獣の写真が余りにも迫力があって、初ツアーの結果待ちという人が多かったためのようだ。
伊勢谷はツアーを5回目であるが、毎回出し物が変っている魔法アトラクションを楽しめ、王都の小さなホテルの滞在と、街中のスナックでのママとのスマホを通したたどたどしい会話を楽しんだ。翌朝は、イスルー王都駅から列車で東に向かい、400㎞の鉄路で東端の都市ガスパイで降りる。
列車は、日本でありふれた電車であり、4両編成の2人掛の指定席である。ただ、魔法アトラクションの写真がでかでかと横腹に貼っている点が違う。伊勢谷としては、この電車に異国情緒がない点は残念であった。隣の席には、やはり同じツアーに参加している、山名という60代に見える男性が座っていた。
山名も、イスカルイ王国にはすでに3回来ており、これで4回目というから常連だ。彼は外の景色を見ながら淡々と語った。
「私はね、レイナ嬢に命を救われたのですよ。彼女が間島さんの家に現れて、まずN大学の協力でキュアラーが出来たでしょう?その時、私は胃癌でステージⅣでして、もう明日をも知れない命だったのです。
医者の余命宣告から、すでに1ヶ月過ぎていましたしね。
その時点ではキュアラーはあっても、Mラジエターは有りませんでした。でも、レイナ嬢は高い魔力を持っていましたから、彼女はそれを使うことは出来ました。だから、機能を確認するための治験としてやっていた訳です。その時私は、治験をやっているN大病院に入院していたのです。
聞いた話では、N大病院で、キュアラーの治験として始めた訳ですが、お医者さんも人情として、何とか助かればということで、危ない人に使う訳ですよ。そうして成功すると、また危ない他の人に使いますよね。私はその使ってもらって助かった中の一人です。
彼女は毎日10人位に使っていて、魔力の使い過ぎでへとへとだったそうですよ。私の時もは夕方でしたから、疲れた顔をしていました。でも彼女の紫の髪は変に感じるかもしれませんが、本当に似合っていて綺麗だったな。でも疲れた顔でしたけど、笑いかけて声をかけてくれましたよ。
それから、銀製だというキュアラーを医者が私の患部の上にかざすと、レイナ嬢がそれを見つめて魔力を注いだのです。多分5分程度だったと思います。魔力は見えないのですが、でも何かの力を感じましたね。そして、痛みの元が熱くなり、痛みがどんどん薄れていきました。
その多分5分が終わったあと、はっきり存在を感じていたガンが、感じなくなりました。医者の話では死んだのですね。その翌日にそれは分解されて下血みたいな感じで出てきましたよ。その時助かったと思いましたよ。彼女が日本に現れなかったら私は死んでいたのですから、運命ですね。
その後間もなく、Mラジエターが実用化されて、レイナ嬢は人間魔力発生器の役割を終えたのです。でもそれを待っていたら、私はその前に死んでいたでしょうね。だから、彼女は恩人だと思っていますよ。それもあって、このツアーに参加しています」
400㎞の工程は、おおむねなだらかな地形の中に、緑に包まれた小高い丘や山が現れ、広い農地と散らばった民家や小さい町が現れる。家は、全体に新しくあばら家はないようだ。列車は特急であるので、途中5か所の割に大きな駅で停まったが、多くの小さな駅は素通りしている。
終着駅の人口10万人のガスパイまでは4時間弱であり、そこから東には街並みの向うにタイラー皇国との境になるタイラン山脈が見えている。山脈の最高峰は3,000mを超えるので山頂は雪に包まれている。ガスパイ駅からバスで、宿泊地のアイラ湖リゾートホテルで1時間の行程である。
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最近多忙になり、申し訳ありませんが、今後は週に2~3回の更新になります。




