5-4 レイナ妃暗殺未遂1
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イスカルイ王国、キナイルス公爵家において12人の男が集まって密談をしている。
まず公爵家として軍総司令官であるセイム・マース・キナイルス公爵と嫡男のラムダール子爵、パーライム・イムスイ・カーザル公爵とその嫡子のパーラン子爵が出席している。公爵家は王国に4家あり、嫡男は公爵家の持つ子爵の地位を継ぐ。
その他に、侯爵家の当主3人と子息の他、この公爵家と侯爵家の頼子の若手が出席してこの人数になっている。彼等の内、若い者達がとりわけ興奮して喋っている。最初に、名門であり貴族最高位でもある威勢の良い若手の旗頭のラムダール子爵が机を叩いて叫ぶ。
「王太子妃のレイナ、あの女けしからん。王国の政を壟断しようとしている!」
それに、ウェルズ侯爵家の子息であるレイセイ男爵が迎合して叫ぶ。
「そうだ、実力で選ぶなどと言って、結局は自分のお気に入りを地位に付けたいだけだ!」
それに対して、国軍の作戦部長であるムーラン男爵が冷静に叱るように言う。ムーラン男爵はガルーア侯爵家の次男で優秀と名高いが、冷徹であることでも知られている。
「叫ばずとも聞こえる。冷静になれ。今回の話は簡単にはいかぬ」
その言葉に、軍総司令官であるキナイルス公爵が、腕を組んで同意する。
「うむ、内務省からでてきた方針は簡単には無にできん。内務省については、知っての通り、我らに近い者達、つまりは高位貴族が采配を振るっていたが、図にのって使い込み贈賄や、明らかに能力のない無能を高位に付けたりとやりたい放題やってきた。
そのために、完全に証拠を揃えられ、内務卿以下主だったもの達は処分され放逐された。当初はそれで治まると思っていたが甘かったな。あれはとっかかりに過ぎなかった。結局、レイナ妃は他の省に関して監察権のある内務省を狙っていたのだ。
その上で内務省として、軍を含めて各省とも徹底的に調べ上げた。その結果、瑕疵のあるものがあぶり出された。証拠付きのその調査結果に国王陛下も激怒され、勅令として軍を始めとして国の官僚に『実力に相応した地位、公明な業務実施』を求めることとなった」
その言葉にムーラン男爵が続ける。
「その調査は全ての中級・上級者の行動履歴を調べ上げていた。それは王命で『正直の魔道具』も使ってであるから、隠しようがなかった。特に公金で飲み食いはまだよいとして、横領、収賄をしたものは真っ先に降格、罷免などの処分を受けている。
あのコンピュータという奴が問題であったな。全てが記録に残り簡単にチェックできるから、不自然な金の動きはすぐにわかる。さらには行動記録、行動の成果、部下の評価、部下からの評価までやはりコンピューターに入れられ数値化して個々に総合評価をしておる。
無能は罰せられることはないが降格され、金で不正をしたもの、恣意的な部下の人事を行ったものについては、皆それなりに処分を受けている。問題は、我々に近い者達がその大半を占めていることだ。多くの者が罷免され、また降格された」
そこに、カーザル公爵家のパーランが興奮して叫ぶ。
「私の友人のセイガム男爵は、たかだかあの位の金で辞任させられた!貶めるための判断だ」
だが、ムーラン男爵が冷静に返す。
「平民の兵は、その1/10の金の不正で馘首になっている。セイガム男爵は辞任になっただけまだ温情をかけられている。やはり貴族としての反発を恐れているのだ。君らも多かれ少なかれ処分を受けて、さらに金を返しているだろう?要はたかが知れた金で、追及されるようなスキを作るなということだ。
実のところ、私は先日レイナ妃に会って彼女の本音を聞こうとした。彼女が言うには、高い爵位の者が政府内で高位に昇るのは良い、元々優秀で教育も受けているからな。しかし、貴族というのみで明らかに地位に相応しくない者が往々にして選ばれる。しかし、彼等は身分に奢って低位の貴族や平民に比べ努力をしない。
そして、そういう努力を怠った者は適切な判断ができず、しかも有能な者の提言を聞こうとしないで組織に無駄、または害になることを強いる。また、部下の実力を正当に評価しようとせずにへつらう者を上位に付けようとする。このようなことを言っているが、私も残念ながら言うことは正しいと思う。
さらに、彼女が言うのは軍に限らず国の機関に勤める者は国のため、民のために尽くす必要がある。その意味で、貴族のものは貴族優先とすることで、人材の面でその効率が損なわれ、民のための施策を躊躇う傾向にあると言う。確かに貴族たるものは、他に仰ぎ見られるべくより努力しなくてはならん。
しかし、彼女は国の役割は民の幸福のためにあると言うのだが、ここが歪んでいるのだ。我が王国は、選ばれし我ら青き血の者、それも高位のものが統べるべきである。民はその我らの下で、その汗と血を捧げれば良いのだ。その意味で、彼女の構想の通りになると、人数が圧倒的に多い平民の優秀な者が指導者の多くを占める可能性がある。というよりなるだろう。
平民などに国を指導できると思わせてはならんのだ。だからして、彼女の構想は止めなくてはならん。しかし、次回の王国議会では、多分彼女の提案する『国家公務員法』は成立する可能性が高い。衆議院では間違いなく通過するだろうし、貴族院でも成立する可能性は高い。また仮に否決されても、衆議院での2/3の賛成で成立する。
しかし、レイナ妃が居なくなればまた話は別だ。国王陛下、王太子殿下など、いまでこそレイナに感化されているが、居なくなればまた旧来の考え方に戻られるはずだ。法は一旦は成立してもまた改正できる。今は、彼女に心酔してその言うがままに動く者は多い。しかし、我らに近い有力者もまた多い。レイナ妃には消えてもらわなくてならん。どうだ皆その覚悟はあるか?」
「「「「おお、あるぞ」」」」
若者は殆どが賛成であるが、当主は躊躇う。これは、若者はその軽重はあるが、すでに調査の結果によって処分を受けており、将来を閉ざされていると思っている者が多いのだ。一方で、貴族家の当主は相対的に地位の沈下は意識しているが、貴族院の一員として地位は保全されている。
一方で、レイナ妃を傷つけるような実力行使の試みに加わったことが暴露されたら家は保てないだろう。しかもレイナには王宮魔術師団という高い実力の支持基盤がある。さらには、軍にしても人工魔石の導入により一般兵に近い者達から絶大な支持があるという。
まず、軍を動かして直接レイナ妃を害する行為を行うのは、兵が動かないので不可能であろう。それに、王国どころか、大陸でも一番の魔術師とされるレイナ国家魔術師を暗殺するのは、可能かどうか疑問がある。よほど、隙をついてのことになるが、仕掛ける方の分が悪いことは明らかだ。
若者の熱狂を見ながら、貴族家当主の反応を見ていたキナイルス公爵が言う。
「ふむ、貴族家当主がそのような企てに乗ることは出来んな。家を潰すことは出来んからの。我々当主は席を外させてもらおう。今日の会合は息子のラムダールが私の知らぬ間に集めたものだ。幸いというか、貴族家にも連座制はなくなった。
もし、貴殿らが失敗したら、貴殿らを廃嫡することで済む。では、当主の諸君は共に春風亭に行こうではないか」
春風亭は王都で有名なレストランであり、非常に洗練された美味い食事を供するが、値段が高いことでも知られており、上級貴族又は大商会の経営層が常連になっている。公爵が言うのは、出席した当主はその夕刻に、キナイルス公爵家には居なかったことにするという訳だ。
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レイナは、王立魔法学園の食堂で食事をしている。彼女は、毎月1コマの講義を受け持っている。講義の内容は、『科学と魔法』という名で、地球の科学を魔法に取り入れる手法である。中身は、王宮魔術師団へ講義した内容を少しグレードを落としたものである。
これは、レイナが日本から帰ってきて、王宮魔術師団への講義している内容を聞いた当時の学園長から頼まれて行っているものである。学年に限らず、教員や卒業生も聴講が可能であるので、その多くが聴講する人気講座である。講義は昼前の1時間半であるので、昼食は学園長他と一緒になる。
部屋は学園の食堂棟の個室であるが、食事自体は学生に供されているものと同一のものである。これは、栄養という概念が日本から取り入れられて以来、そのバランスも考えられている。また調味料が豊富に使えるようになり、日本からレシピが数多く入るようになってからは、種類も多く味もなかなかのものになっている。
学園長のイムザール伯爵や教員数人との食事が終わって、食後の飲み物を男性給仕が持ってくる。飲み物は王国伝統の黒茶であり、コーヒーに似た飲み物でガイエと言う名で苦い。レイナは日本でコーヒーを飲んでそっくりだと驚いたものだ。
容器も取っ手がついてコーヒーカップに似ている。給仕は受け皿に乗ったそれを、テーブルの各人に置いて回る。レイナの順は最後であるが、彼女はさりげなく置かれれるカップの中のガイエに注目している。そして、自分の前に置かれたカップを直ぐにとりあげて、口に持っていこうとする。
同席せずに、部屋の隅の小さなテープルに座って給仕を注視していたミラは、若く鋭い目をした給仕がニヤリとするのを見た。そして、瞬時に立ち上がり、その給仕の首筋を手刀でトンと打つ。
身体強化した腕で急所を打たれた給仕は、クタッと崩れようとするが、レナは服の襟と、バンドを持ってひょいとずらして気絶した男を部屋の隅に寝かせる。レイナは、まだ誰もガイエには手を付けていないのを確認しながら、一旦口の側にもってきた飲み物の匂いを嗅いで平静に皆に向かって言う。
「うん、毒ですね。イソラキチムでしょう、皆さんのカップには入っていませんが飲まない方がいいでしょう」
一部始終を見ていた学園長は目を丸くして、同席の5人も漸く事態に気が付いて同じく目を見張っているが、その一人である薬学の女性教授のミレア・デイマエが動揺しつつ言う。
「イソラキチムと言えば、猛毒の………」
「ええ、そうですね、少しでも飲めば、1分とかからず死ぬでしょう。レイサーム事務長、この者に覚えはないでしょうね?」
同席していた学園の生き字引と言われ、レイナの学生時代から学園にいる50歳代のレイサーム事務長は、立ち上がって男の顔を覗き込む。
「うむ、数年前に卒業した者で、名前はオプーライだな。最近軍から放逐された者の一人で、確か子爵家の者であったが、少なくとも給仕ではない。なんでまた………」
ミラは、その間レイナの傍に立っていたが、男の顔をみて慨嘆する事務長に声をかける。
「レイサーム事務長殿、本物の給仕は多分拘束されていると思われるので、食堂の者に探して貰いたい」
「おお、そうだの。では学園長、私はちょっと」
「事務長、ご苦労だが頼む」
学園長は事務長に声をかけてから、立ち上がりレイナに向かって胸において神妙な声で言う。
「レイナ様、誠に申し訳ありません。これは学園の不手際であります」
レイナも立ち上がって学園長に向かって優雅に礼をして、不手際という言葉を否定する。
「いえ、いえ、学園長殿。国が現状の軍人や役人のような公務員の現状を調査して、その上で実力主義を掲げてからは、その批判は強いものがあります。特に調査の段階で、金銭の不正、無能、恣意的人事などで職を追われたものが多いので、そうした者はこのオプーライのように私に強い恨みを持っています。
確かにそのことを提案したのは私なので、私に恨みが向くのは仕方がありません。ですが、その牙が関係ない人に向くのを恐れていました。その意味では、まだ今回は私に的を限定してくれたので良かったと思っています。不手際どころか、むしろ、私のような危険人物がここに来たのは申し訳なかったですね」
その後、本物の食堂の給仕が縛られて、物置に入れられているのが発見された。捕らえられたオプーライは、隠し持っていた毒を飲んで死んでしまった。彼は、道具によって自白させられるのを恐れて最初から準備をしていたのだろう。そのことからも彼等一味の本気度が判る。
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