5-1 王太子妃レイナの日常と非日常
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レイナの、王太子妃としての挙式から1ヶ月が過ぎた。レイナは、側仕えのミラと共に王都の商店街を歩いている。彼女の服装は女性の王宮魔術師の服装であり、今日は暖かいのでマントは羽織っていない。つまり草色のパンタロンと上着姿である訳で、万が一のことがあっても困らない服装ということである。
王宮の城壁からここまでは2㎞強あり、護衛はミラのみを付けて歩いてきた。無論、王太子妃が側仕えのみを共に王都に出かけるなどということには、大激論があった。だが、最終的には夫の王太子オミルクと王も認めてよしとなった。
それは、まず23歳のミラが王宮魔術師の一員で、とりわけ体術に優れた魔術師であることがある。さらに、レイナ自身が客観的に言って、王国最強の魔術師兼体術使いであることである。体術については王国である程度の習っていて、日本にいる間にも合気道を学んだ。結果として、身体強化とあいまって、段は初段に留まっているが、高段者にも勝てるレベルになった。
護身の面で、魔法について言えば、悪意のある意識に敏感なので500m離れた狙撃でも気が付く。また雷の魔法に結界は瞬時に出せる。加えて瞬間的に身体強化ができるので飛び上がれば飛行魔法で空に逃げられる。軍と魔術師団の両方が、「レイナ様を襲って成功する者はいないでしょう」と断言している。
さらに、戦闘については体術を含めて魔術師団のトップ5と言われるミラがついているのだ。加えて、レイナとミラは外見を偽装している。容貌を変えてレイナの紫の髪は最も多い茶髪に、目も茶に見える。ミラも容貌を変えて金髪をやはり茶に偽装している。これは、相手の精神に働きかけるものである。
加えて、出かける週日も時間もばらばらで、狙っている者がいても的を絞らせないようにしている。彼女らの見かけは、魔法士団の若い女性魔術師とその従者というものであり、呼び名も奥様、ミラであり特定されないようにしている。
ちなみに、イスカルイ王国では、地球の週を取り入れている。また、法定で日曜日は休日にして、土曜日は努力目標としての休みにしている。さらに、年間に10日位の祝祭日を加えているので、従来は年間に数日しか休みのなかった奉公人を喜ばせている。
このように、レイナの護身については殆ど自助努力ではあるが、王国でも最も厳重に守られていると言えよう。とは言え、狙われているなど特段の危険が報告されている訳ではない。少なくともミズルー大陸諸国については、イスカルイ王国は全ての国と友好関係を結んでいる。
これは、全ての国がすでに地球の日米英の何れかと交易関係にある。その中で、資源探査の結果である自国の資源を代価に、地球の知識と機材が流入している。その結果、すでに各国の農業改革が終わるか進んでおり、結果として飢えは無くなり、経済が発展して急速に豊かになりつつある。
そして、地球との仲立ちをしながら、自国の状況を見本に、過度に地球の交流相手に頼らないようにアドバイスをしているのがイスカルイ王国である。こうして国内が良い方に急激に変化している時に、とても対外戦争などをやっている余裕はない。
だから、特にカーギル帝国などは、下手に出るしかない状態を忌々しく思っていても、友好的に振る舞うしかないのである。ちなみに、イスカルイ王国においては、レイナ帰国以来6年が過ぎ、すでに変革の大騒ぎは落ち着いており、人々も新たな生活スタイルが身についている。
「ねえ、ミラ。商店街も変ったわよね。随分華やかになったわ」
中央分離帯のない2車線道路の広い歩道をゆっくり歩きながら、レイナが半歩後ろを歩く側仕えに言う。
「ええ、奥様。私は王都の生まれですから、変りようを肌で感じています。ここは、平民街の商店街ですから、中央は石畳の道でしたが、両側は土で雑草が生えて雨の時はぬかるんでいました。そして、何といっても汚物がそこら中に散らばって臭かったです。
商店も、木製の雨戸と窓で色どりもなく地味というか、小汚なかったです。無論、街灯などはなく、夜は商店にランプがある位で暗かったのを覚えています」
歩道の端には花壇があり、頭上にはテント張りのアーケード、一定間隔で街灯もある。道路には車がひっきりなしに通り、歩道にはこざっぱりした服装の人々が明るい表情で歩いている。道の両側の店はカラフルであり、1階は全てガラスのショーウィンドで商品が見えるようになっている。
「うーん、そうよね。私は魔法に夢中で王宮から殆ど出なかったから、それは知らないけど、臭かった思い出はあるわ。今の商品の値段はどうなの、どういう印象?」
「そうですね。やっぱり貴族街の商店より安いですよ。でも、やっぱり品物が悪い場合が多いですね。でも生鮮食品は、今は腐りかけなど有りません。それに、見かけは悪くても味は変わらないので、私などは買い物は平民街の商店一択ですね」
「うん、そう。皆の顔も明るいし………。何、あの連中?」
それは、正面から来る10人ほどの者達だ。それなりに服装は整っているが、歩道を一杯に塞いで周りを見渡しながら、ワイワイ騒ぎながら歩いてくる。どうも酔っているようだ。すれ違うことも出来ず、行き会う者達は車道に逃げたり、商店に入ったりしている。
女連れで歩いていて、逃げずに行きあたった若者が、正面に立って抗議する。
「ここは、王都イスルーだ。貴殿らは歩道を塞いでいるが、そのような真似は我が国では許されん。即刻道を開けよ!」
それに対して、先頭を歩いていた男が、つかつかと寄ってきて若者の襟首を掴んで凄む。男は若者より身長で15㎝ほど高く、若者も鍛えた体だがそれより一回り大きく逞しい。
「ほお、立派なことを言うじゃねえか。俺たちは、こちらのマジャラ・ズスイ・ウマ―ジラ様のお供のものだ。ウマ―ジラ様は国賓だぞ、無礼があったらおめえの首が飛ぶぞ」
「今の時期に国賓などと聞いておらん。私は王都の治安を預かる警務隊のものだ。今日は非番なので私服であるが間違いない。貴殿らが、他国の客人であろうとこのように治安を揺るがすことは許されん」
しかし、そうやり合っている内に、別の男が若者の傍にいた若い女性に抱き着いて言う。
「おお、これはいい女だ。貰って帰ろうぜ。おい、マスラ。とっととやっちまえ」
これも大男のひげ面であり、酔っているのか顔が真っ赤である。
「何をする!お前らは強盗か?どっちにしろ暴徒だな、許さん!」
若者は、首を掴んでいる男の股間を蹴り上げようとするが、相手が一枚上手であり、足を内側に締めた男の腿を蹴るだけに終わり、そのまま首を掴まれ投げ捨てられた。
酔っている集団はげらげら笑いながら、悲鳴を上げている女性を抱き上げて、「いい女だ、相手をしてもらおう」などとそのまま進もうとする。歩いていた歩行者も、余りの狼藉に呆然と見ている。
レイナはミラに目配せして、自分は集団の前に立ち塞がる。
ミラは頷いてひょんと跳び、女性を抱き上げている男の顔を正面から蹴る。靴は先が固くなっている戦闘靴なので、鼻を押し潰し脳を強烈に揺らす。男はそのまま、脳震盪でばったりと後ろに倒れるが、抱いていた女性の下敷きになった形であった。
若者を投げ捨てた男が、それを横目に「何だ!この野郎、俺を………」と立ち塞がるレイナに詰めよろうとした。だが、冷たい目をしたレイナは、男のつき出そうとした腕を掴んで下に捻り下ろした。腕を折られないためには前に転ぶしかない男は前転して、反撃しようとした。
だが、レイナは腕をそのままひねり続けた。このため、乾いたポキリという音がして、男の腕は曲がってはいけない方向に曲がった。しかし、それでも男は唸るような声を出したのみで、折れた腕を振りほどき、懐からナイフを出して構える。しかし、横から首に蹴りがきてすっ飛ぶ。
ミラが、女性を立たせ、若者の意識があるのを確認して横から蹴ったのだ。身体強化はしているが、殺さない程度には手加減している。一方で集団の他の者達はレイナ達に襲い掛かろうとしたが、レイナが長楕円の結界で閉じ込め、それを絞ったので、8人の人間の塊になった。
そのタイミングでレイナは偽装を解いた。そこで、彼女の紫の髪と本来の美貌が現れ、一行の何人かがハッと息を飲んだ。彼等は昨日王太子妃の彼女に会っているのだ。
「マジャラ・ズスイ・ウマ―ジラ殿、昨日お会いしましたね。ここでは、大人しくしてくれるのだったら、結界を解きます。嫌なら牢までこのまま引きずりますが、どうしますか?」
人ごみの中にいた、ひと際立派な服を着たずんぐりした若い男が「あ、ああ、判り申した」と言う。だから、レイナは結界を解いた。ウマ―ジラは、結界によって互いに押し付けられ、もつれていた体を振りほどき、服のしわを伸ばして前に出てきた。彼は赤い顔で口を尖らせて抗議する。
「あれは、何の真似だ。俺の部下をあんな風にして。一人は鼻を潰されて気絶して、一人は腕を折られて気絶している。どうしてくれる」
レイナは「はあ!」とため息をついた。
「死んではいません、治療の魔道具を使えば完治しますよ。あなたは、ミモルク共和国の代表ということでしたが、単なる地方の領主でしょう。それも、『自分を共和国の大統領にするために協力せよ』と愚かなことを言って、わが国が相手にするわけがないじゃないですか。
それを腹いせかなにか知りませんが、こんなお粗末な騒ぎを起こして。ウマ―ジラ殿、直ちに我が国を立ち去って下さい。今後貴方の領の者は我が国への入国を認めません」
「な、なんだと、王太子妃にそのような権限はないだろう!?」
ウマ―ジラがそう怒鳴った所に、5人の王都警務隊が駆け足でやってきた。彼等は、レイナに気が付いて驚愕する。それに対してレイナが言う。
「ご苦労。この一行はミモルク共和国のウマ―ジラ領の者達で一人は領主だ。我が国に協議したいということでやってきたので、昨日私も聞いたが申し入れは断った。その翌日の今日、これら10人の集団で、酒に酔って歩道を占領して歩行を阻害していたので、その若者がとがめたのだ」
若者はすで立ち上がっており、女性をして横にレイナの傍にやってくる。
「ウェスト隊長、面目ありません。レイナ様に助けられました」
「おお、ウラーム。妹さんと一緒か」
「このウラームですか。彼が彼等の狼藉を止めようとしたのですが、残念ながら振り払われ、妹さんが連れ去られようとしたのです。そこで、このミラが懲らしめ、大人しくさせた所です。王太子妃兼法務官として命じます。この10人を、国外追放に処します。拘束の必要はありませんが、国境まで監視しなさい」
「何を言う、無礼な!10万の民の主であるウマ―ジラ領主のこのマジャラ・ズスイ・ウマ―ジラに向かって。俺を敵にしても良いというのか!」
「節制のできない品性卑しい馬鹿な味方より敵の方がましです。ウェスト隊長よろしいか?」
「はい。御命令に従います」
「よろしい。彼等の腕はたつから油断するな。危なければ遠慮なく魔道具を使え。やむを得なければ殺しても良い。よいな!」
そう言ったレイナは、ウマ―ジラに向かって言う。
「ウマ―ジラ殿、これで永遠にお別れだ。そこまでする気はなかったが、今回の顛末の説明は貴共和国政府にさせて頂く。どうせ、貴殿はわが国に対して抗議せよと申し入れるからな」
「ま、待ってくれ、昨日言ったことは戯れだ」
「私は、戯れかどうかは、判るのだ。私が魔術師であることは知っているだろう?」
「ま、まってくれ!」
レイナとミラは振り向くことなく、目的の商店に向かって道を急ぐ。
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