3-16 イスカルイ王国に迫るカーギル帝国の脅威2
読んで頂いてありがとうございます。
誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
異世界の視察行を切っ掛けに、公的な発言を積極的にするようになったオミルク王太子は、17歳であり、レイナより1歳下であるが、基本的には王太子は20~22歳で結婚することになっている。
そして、15歳頃から妃候補が浮上して、18歳で決めることになっているが、最近その妃候補にレイナも入っている。レイナの方が年上という点は、高い魔力持ちが長生きという事実から問題にならない。ただ、伯爵令嬢という立場は、将来の国王妃としては地位が低いが、例がなかった訳ではない。
王家からの打診に、レイナは割に素直に頷けた。貴族社会のイスカルイ王国で育つと女性貴族にとっては、自ずから王太子妃は最高のステータスである。だが、レイナは魔法師団の若手エースとして魔法の研究に夢中で、全く貴族としての社交をしていなかった。だから、そのような立場は意識の外にあった。
そして、日本に1年半住んでみて、周りの女学生等の恋愛事情を見てきた。その感想としては、自由ではあるが、相手もあるのだから勝手に選べるわけではなく、その結果は心躍るものでもない。余りに自己責任過ぎて、必ずしも女性にとって良いものでもないと思った。要は自分がどう思うかだと思う。
日本においては、近づいて来る者はいても、余りに独特過ぎるレイナに心を惹かれるような人は、レイナにとっては魅力的ではなかったし、なにより忙しすぎた。王国に帰っても、同様に独特な存在になってしまい、普通の感性の男性が近づいてくることはなかった。
そのなかで、王太子との私的な交流があったのは、日本での視察の中での数度である。その中の一つでの彼の話は、よく事情を的確に捉えていると思い、次代の国王として頼もしく思った。どう言っても、王国においては、国王が国のかじ取りをするのだから。
「残念ながら地球世界は、社会、産業、経済、民生それに軍事において、現在は我が王国より遥かに先に行っている。しかし、我々には地球人が持たない魔力と魔法がある。
確かに魔法陣の簡易化によって、地球人も魔道具を使いこなし始めている。しかし、それはパターンが決まっている利用にしかできない。一方で、我らは人工魔石によって、少ない魔力の持ち主でも、魔力操作を覚えれば、強力で多様かつ有用な魔法を使える。
その利用はむしろ軍事より、産業において著しいと思っている。例えば、我が国に数十万人いる土魔法士は道路や、鉄道、上下水、電力のようなインフラと呼ばれるものを極めて効率よく建設できる。さらに鉱脈を探して、それを抽出するようなこともできる。
つまり、魔法を使うことで、我々より優れている地球のようなインフラをずっと少ない労力、つまり少ない費用で構築できる。彼等の社会は、貴族階級の専横がないという点では学ぶべき点はあるが、やはり豊かなもの、力ある者の専横はある。そして、不幸な者も多く、必ずしも幸福な社会ではない。
とは言え、子供を学校に行かせて、すべからず一定の知識を身に付けさせると言う点は、学ぶべき点であり早急に実現したい。これは、人工魔石と魔法によって大人の働きが効率よくなることは間違いない。その場合には子供の労働を必要としないから、割に簡単に実現できると思っている。
このように、わが魔法を使える民は、我が国の建設に有用であるのみならず。地球においても極めて有用な労働力となる。だから、場合によっては、外資を稼ぐためにわが国の土魔法士などを地球に派遣することも考えて良いと思っている」
レイナの王太子妃候補の打診は、地球へのその視察から帰ってからのことであり、王太子について好感を持って帰った後であったこともあって、受けるのに抵抗はなかったのだ。
ところで、カーギル帝国についての協議において、敵の想定する戦力を自国で出せる戦力を比べた結果、これを深刻な脅威とは見做せなかった。しかし、敵を知らない戦は負けの元であるので、魔術師団と国の諜報部門から帝国に偵察部隊を出すことになった。
王国の魔法師団からは、転移の魔法を使える5人が選ばれ、諜報部からも5人が選抜されてそれぞれ別行動をして情報を集めることとした。
イズミ・レイは魔術師団の18歳の魔術師であり、諜報部のパートナーはウメラ・ドムイであり、年齢は30代に見える。イズミは茶色の中背で丸っこく可愛い感じであり、草色のワンピースを着ている。ウメラは黒っぽい茶色での髪で平凡な顔立ちで、服は薄茶のスカートにブラウスである。
どちらも、容貌も服装も目立たないが、魔術師団では目立たないという基準で選んでいるが、諜報部は元々そういう者のみを集めている。ただ、重要な役目なので、諜報部は腕利きを選んでいるが、魔術師団は元々エリートの集まりである。
彼等は互いにイズミ、ウメラと呼び合っている。最初の転移は王都から帝国の皇都のカーギルである。転移については、目的地が明確に認知できていないと出来ないという条件がある。だが、距離は大陸の範囲程度であれば魔石を使えば問題はない。
位置の特定については、地球においては衛星から作った地図(グ〇〇マップ)の上で座標を特定すればできると確認されている。その点で、ミズルー大陸はすでに衛星写真が撮られて座標も確定されており、パソコンに取り込んでズームも出来るので、大陸内の都市の特定の路地とか公園までも指定できる。
イズミ、ウメラの役割は帝国の軍港の調査であり、巨船と言われていた船がどのようなもので、どの程度の数あるか、また港の防衛体制あるいは船に兵を乗せるための兵舎などの情報である。
転移は早朝の薄暮の時間として午前5時とした。イズミは魔石に触れながら、正面に立つウメラが抱えるタブレットに集中して、意識を1800㎞の彼方の帝国の皇都に飛ばした。出発の場所は王宮の中庭である。やがて、うっすらと石畳みと海が見えてきたので、ウメラに声をかける。
「行くよ!私に手をかけて」
「おお!」
ウメラが応じて、タブレットは片手で持って、イズミの肩に手をかける。そして、視覚が歪んだような気がして、辺りを見ると見慣れぬ石畳みの上に立っている。一瞬前は、王宮の土魔法で固められた広場だった。目を開いた正面にはイズミが立ち、その背後に正面には海面が見える。振り返ると倉庫が並んでいる。
「着いた!カーギルの港だ」
同じく、目を見開いたイズミが言う。彼女とて、国の外に跳ぶような長距離の転移は初めてだ。
「おお、便利なものだな。さて、暗いがここは目立つ、その倉庫の脇に行こう」
ウメラがベテランらしく、まず自分達が周りから目立たないように移動する。
2人は辺りを見回して、1㎞ほど離れた所に、高さ100mほどの山を見つけた。そこは、概ね街並みを含めた港を見渡せそうだ。ただ、そこまでは建物で塞がれているので、ウメラの手を握ってまず300m程先の交差点に転移した。そこからは山まで見通せたので、さらにふもとの広場に転移する。
「本当に魔術師ってのは便利だね」
ウメラが呆れたように言うのにイズミは返す。
「今は魔石があるからよ。前は、もともと転移なんて魔力を食う魔法はできなかったよ。さて、その山頂近くに岩が見えるからあそこに転移だ」
2人は再度転移すると、ちょうど左手の方面が朝日に赤くなってくる時間であり、全体が明るくなって港のほぼ全域が見渡せる。
「おお、絶好だ。よし、写真を撮るぞ」
ウメラは背負っていたバックパックから、コンパクトカメラを取り出して、立って写真を撮り始める。
バックパックは日本から入っているものを、地元で真似して作ったものだ。まだ繊維産業については、綿や麻の種を配る程度で改善の着手はしていないため、材料は織の悪いイスカルイ王国産である。地球産を使った場合には、すぐにこの大陸では作れないものだとバレてしまう。
チャックを使っていないバックパックのみであれば、変ってはいるが便利なものという意識で見られるだろう。無論同じことで、カメラは絶対に地元民に見られる訳にはいかない。写真を撮った後に、カメラを仕舞ったウメラは熱心に港を見回してメモを取り始めた。そして、大きな船を指さして言う。
「ふん、巨船と言うが、一番大きなものはあの桟橋に4隻接岸しているな。イズミ、あの近くにいけないか?正確な大きさを知りたいのと、近くから写真を撮りたい」
「ああ、行ける。まだ人がいないからいいが、出来るだけ倉庫の近くに転移する」
イズミはウメラの手を握って、岩の上から巨船が繋がれている海に突き出した桟橋に転移する。
「おお、でかい。長さは、……80m位だな、デッキの高さは4m、幅は写真から割り出せるな。よし、イズミ、この船の上に跳んでくれ。なにか見慣れないものが上からは見えた」
「おい、おい、大丈夫か?」
「危ないが重要なことだ、あれは大砲という奴だと思う。ほれイズミやれ!」
「ああーわかったよ。声は出すなよ」
イズミは再度ウメラの手を握って、下から見えるなにかずんぐりしたものの上に転移する。
それは、甲板にある鉄製の小屋の屋根であり、そこから下に、丸い筒が外に向けて据えられているのが見える。片側に10基ほどがあるので、屋根の上をそっと反対まで行くと反対にも同じものが見える。ウメラは必死に写真を撮っているが、鉄製の屋根を歩くのを中にいる者に気づかれたらしい。
「誰だ!」
下から怒鳴り声が聞こえるが姿は見えない。イズミはとっさに先ほどの岩の上に転移した。
「ああー、びっくりした。ウメラ、あれが大砲か?」
今度は遠慮なく声を出して、イズミが聞きウメラが答える。
「ああ、爆発するものを飛ばして敵を打ち砕くものだ」
「ええ、それが片側に10個もあったぞ、大変じゃないか?」
「いや、あれは私が見た日本の大砲の写真に比べて、太さは同じくらいで長さがずっと短い。だから、たいして飛ばないよ。それに数が多いということは当たらないということだ。日本のものは1基しかないけど、10km以上も跳んでと殆ど命中するらしい」
「ほお、そうか。ウメラはよく知っているな」
「ああ、私は平民だけど、結構優秀ということで引っ張られたんだ。諜報部に入るといろいろ勉強させられるよ。だから、港というより軍港だけど、軍港に関係ありそうなことは調べた。また異世界の日本とかアメリカ、イギリスについても一通り調べたよ」
「ウメラは結婚しているの?」
「いや、諜報部ではできないよ、でも恋人はいる。同じように下っばだけどね。子供も欲しかったけど、流産したな。休んでおけばよかった」
「諜報部って、子供を作ってもいいの?」
「ああ、余り押さえつけると爆発するから、ということらしい。流産も休んでいいというのを振り切ってだから、だれも責められない」
「諜報部はきつい?」
「きついことも多いけど平民としては結構贅沢ができるから、楽しいこともある。難しい仕事をやり遂げたらやっぱり嬉しいよ」
その後、彼等は昼間の街並みを歩いて、港の警備状況や兵の数、街の雰囲気などを調べて、その日の夕刻にはカーギルの港から王都に帰った。そして、1,800㎞の距離による時差というものを実感した。
作者のモチベーションアップのため、ブックマーク・評価をお願いします。




