3-12 大学院生たちの異世界3
読んで頂いてありがとうございます。
誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
地質鉱物学科の坂田准教授は、5名の院生とイアーナイ金山に来ている。場所は、王都から東に250㎞余の山麓であり、まばらな灌木林の約500m四方が切り開かれていて、その端に石ころの山ができている。その中心に、200m四方の土魔法で作った塀に囲まれた居住区があり、建物が大小5棟ほどある。
居住区の塀の高さは6mほどもあり、内側に高さの5mほどの歩廊がついている。兵が歩廊に立って魔獣が攻め寄せて来た時に防衛するためだ。ここから直接金塊が運びだされており、今まで延べ200トン以上の金が取れたというが、驚くほど規模が小さい鉱山である。
彼等は、遠距離の移動用に持って来た定員11名の汎用ヘリコプターBH265Dに乗ってきた。当初は電動化されたオスプレイを使うという話もあったのだが、大きすぎて分解が必要で、再組立ての品質が担保できないことから、電動化され魔道具化された国産の汎用へりに変更された。
電動化というのは回転の魔道具を用い、Mバッテリーで動力を供給している機種である。だからいわゆるMカーのヘリコプター版である。Mバッテリーは市販されない大容量(というより、Mジェネレーターの小型版)タイプであるから、航続距離は1万㎞以上でも可能である。
ヘリコプターは、日本でもあまり一般人は乗ることのない乗り物である。坂田は仕事柄何度も乗っており、院生の2年は過去ある研究で載せてもらっている。しかし、それらは、エンジン駆動のバリバリというエンジン音とパタパタというローターの風切り音、それに轟音に伴う振動が著しい乗り物であった。
しかし、回転の魔道具によってエンジンを無くし、Mラジエターと電池の組み合わせで飛ぶようになると、エンジン音は無くなり風切り音のみになった。加えてエンジンの振動もなくなるので、全体に騒音・振動共に半分以下になった感じで随分乗りやすくなっている。
無論、一緒に来た4人の王国人にとっては、ヘリのような機械は始めて見るもので、頭上のローターという棒きれが高速回転して浮くなどとは想像の外にある。だから、理屈は聞いても、ヘリには恐る恐る乗ったし、最初に地上から舞い上がる時は一様に目を瞑っていた。
しかし割に直ぐに慣れて、窓から見る景色に夢中になって「あれは〇〇だ」などとお互いに言い合って楽しむようになった。そして、ヘリに乗った経験を仲間に自慢するようになり、その後貴族があらゆる伝手を使って、ヘリに乗ろうとするきっかけになった。
ちなみに、ミズルー大陸には飛翔する魔獣がおり、最大のものは所謂ワイバーンであり、その最大の個体は長さ8mで翼幅が12mほどもあって、子牛を連れ去るほども飛翔力があるという。これに遭遇したら、どうなるかであるが、聞き取りの結果からは最大速度は150㎞/時程度と想定される。
だから、BH265Dの巡航速度250㎞/時で逃げ切れると見ている。さらに、ヘリには雷の魔道具を装備したイスカルイの騎士が同乗するので、彼等が対空機関砲の代わりを務める。
汎用ヘリには、パイロットの他坂田ら6人に加え、護衛の騎士2人に、王国官僚2人が同行しているので定員一杯である。途中の森林から、小型の飛翔魔獣が10羽ほど追って舞い上がってきたが、ヘリにとても追いつかず離れて行ったのが目撃されている。
ヘリが金山の居住区に着くと、護衛で乗ってきた2人の騎士は、20人ほどの金山の護衛隊に合流すると言って離れて行った。その後、国の官僚で金山を監理している40代のラクサールは、坂田達一行を、来客を迎える棟に案内した。そして、待つように言ってから、部下のイラムルを連れて離れて行った。
その建物は、例によって土魔法で作ったもので、ドアが2つに窓が6つあって、4つの板の窓の他、2つにガラスが嵌まっているが、厚みにむらがあるため外の景色が歪んで見える。また壁はけっこう凹凸が目立つ。しかし、一応、木材の天井を張っているから、来客用なのだろう。
その中には、大きなテーブルがあって、こちらで一般的な土魔法で作った椅子がある。それには、クッションが敷かれているので、来客用であることがわかるが、籐で編んだようなクッションは余り綺麗ではない。そこには、賄いの中年の女性がいて、愛想笑いをして「お茶を飲みますか」と聞く。その声は大陸語であるが、一行が下げているスマホからは日本語に翻訳して聞こえる。
こちらの人の顔立ちは、平均的に整っているはいるが白人ほどバタ臭くないので、日本人には馴染やすい。坂田も笑い返して「有難う、頂きます」と言う。給仕して貰った、タンポポ茶に似たこちらのお茶を飲みながら、坂田一行は途中のことを話し始める。
「やっぱり、魔獣のはびこる国なんだね」
1年の三宅が言うと、それを双眼鏡で見ていた2年の田宮が応じる。
「ああ、あれでも、広げた羽の幅が3mほどもあって、あの顔は爬虫類だな、歯が剥き出しだった。草原なんかで襲われたらまず助からんよ。借りている結界の魔道具が働くことを祈るしかしない」
その言葉に、坂田准教授が応じる。
「結界自体は大丈夫だ。君らも耐久を試すビデオを見ただろう?真下で手榴弾を爆発させても耐えるし、ライフルの狙撃、20㎜機関砲の射撃にも耐えている。しかし、運動量はキャンセルできない。だから、立っている時に、あの突進を食らうと跳ね飛ばされるだろうから、木の陰に隠れるとか寝た方がいい。
とにかく、使い方の訓練は忘れないように、またこの現場でおさらいをした方がいいな」
坂田がそう言ったところで、ドアにノックの音がして、賄いの女性が開ける。先頭にレイナが入ってきて、続いて40代に見えるふっくらした女性と若い女性2人、さらに官僚のラクサールと部下のイラムルに50代に見える武骨な男が入ってくる。
「坂田さん、今転移で着きました、こちらは今日2日前決めた試しを行う、王宮魔術師で土魔法士のエニーナ・ミーダイ師にお弟子の2人です」
レイナはそう言って、ラクサールの方を向いて紹介を促す。なお、ミーダイ王宮魔術師の制服、弟子の2人も魔法士の制服を着ている。レイナは、日本にいて気に入ったスカートにブラウスだ。
「坂田さん、こちらがこの鉱山頭のエアラムイだ。彼がこの金山の案内と工程を教えてくれる」
レイナの求めに応じてのラクサールの紹介に続き、レイナが言う。
「では、昨日話したように、私達はここの金の採掘、精錬の実際を聞いて、その魔法による改善した方法をやってみましょう。ああ、ミーダイ師にはやることの説明は済んでいます」
そこで、ラクサールが命じる。
「ではエアラムイ君、説明を頼む」
「はい、私はここで12年働いており、最近の5年は鉱山頭を務めています。ここに、このイアーナイ金山の坑道の図がありますのでこちらに来て下さい」
鉱山頭は、壁に貼った絵図の前に集まった皆に説明を始める。
「これが、この金山の坑道の図でして、現在の長さは全部で10.2㎞あります。金の鉱脈は大体直径が2mほどで、金の重量含有率は25グラム、銀が100グラム位です。現在までに金を210トン、銀を1200トン算出して我が王国最大の金・銀鉱山になっています。
坑道の掘削は土魔法士によっていますが、大体日に2mほどが限度でした。ですが、最近魔石を与えられてからは一日の進度げ20mほどですから10倍になっています」
「なるほど、金の含有率が25グラム、銀が100グラムとは良質ですね。それで、精錬はどのようにやっているのですか?」
「それは、土魔法で砕いた鉱石を坑口まで運んで、そこで魔法士が抽出しています。その金銀を抽出した後の石は外のあの山です。この抽出も魔法士が行いますが魔石のお陰で、今では過去の10倍もの鉱石を処理できていますので、遅れはありません」
そこで、ミーダイが聞く。
「その土魔法士は何人いるのかな?」
宮廷魔術師は上層階級でありその制服は知られているので、鉱山頭はかしこまって返事をする。
「は、はい。掘削の現場に2名、抽出に2名ですが、それぞれ1日仕事をすると2日休ませているので、予備を入れてそれぞれ8人ですから、16人です。私も土魔法士ですから、ときおり助っ人に入ります」
「それで魔石を持ってきてから、どの程度効率が上がりましたか?」
次に、レイナが聞くが、鉱山頭が応える前にラクサールが言う。
「エアラムイ君、この方はレイナ・サリー・カルチェル様だ、知っているよな?」
「は、はい、レイナ嬢。この魔石を齎したという」
「そうです、だからその効果を知りたかったのですよ」
「はい、あれは素晴らしいものです。実際に、強い魔法を使っても倒れる心配がないので、強い魔法も躊躇いなく使えますし、疲れなしに長い時間魔法を続けられます。実際に10倍の効果がありますが、倒れる程の疲れがなくなりました。本当にありがとうございます」
鉱山頭は熱狂的に効果を述べる。
「まあ、そうですか、それは有難い。良かったです。ところで、説明があったと思いますが、金の在り処をもっと広範囲に探り出す方法、そして採掘と精錬をもっと効率を上げる方法を試します。では現場に行ってやってみましょう」
この言葉に、エアラムイは少し眉を曇らせて言う。
「効率をもっと高めるということですか?」
「ええ。まあ、見て頂きましょう。とりあえず坑道に案内を願えますか?」
レイナがそう言うのに合わせて、一行は外に出る。
「坂田先生、この鉱山、過去210トンの金と1200トンの銀を取ったと言う割に凄く規模が小さいですね。魔法士と鉱石を運ぶ作業員だけで、実際の作業をしているから無理もないですが、警備の人を入れて100人もいないでしょう。それに設備らしい設備はないですね」
移動の間に、田上瑞希が坂田准教授に話しかけ、坂田が答える。
「ああ、驚くほどの安上がりの鉱山だな。これが、実質魔法士だけになる訳だから、もっと人は減るぞ」
「でも、土魔法士は日本というか地球世界で欲しがりますよ。鉱山だけでなく、建築・土木の工事で引っ張りだこになりますよ」
「ああ、それはそうだね。あの建築の速さと安さ。それに何といっても、地中をちゃんと探査でき、掘らなくても配管を埋設出来るのは凄い。それにその他でも、魔法士が出来る仕事が沢山あるな。魔法士の争奪戦が起きるな」
エアラムイに率いられて、エニーナ・ミーダイと弟子2人が坑道に入る。坑道は幅2.5mほど、高さも2.5mの馬蹄形であり、下には鉱石を運び出すレールが敷かれている。岩質は石英質で丈夫そうであり、20m程度毎に魔灯がついているが中は薄暗い。
50mほど進んだところで、ミーダイ師が止まるように言って、弟子の一人に命じる。
「止まって。探査してみます。さて、まずミリナから始めなさい」
「はい、ミーダイ先生」
ミリナという魔法士は腰を落として片膝を着き、腰の魔石を握って目を閉じる。そして片手を最初は右の壁に向けて手を90度位の角度で振りながら、ゆっくりと天井に向けて手をあげていく。そして斜め45度程度の角度で手を挙げるのを止めて、何度も手を振る。
「先生!この方向に金と銀の鉱脈があります。大体壁から5m位の所から、私の探査の限度120m位まであります。太さは……、2mは超えます」
「よろしい。休みなさい。では、パーリャ、抽出しなさい。まず金からです」
ミーダイの命にもう一人の弟子が従う。
「はい、ミーダイ先生」
彼女は、ミリナと入れ替わって足を踏ん張って立ち、ミリナが示した位置に向けて両手を差し出す。そして目を閉じ集中していたがやがて言う。
「ありました。確かに金と銀の鉱脈があります。では抽出!」
彼女の集中が著しくなり、レイナには発せられた魔力がまぶしい程に感じる。やがて、パーリャの足元に太さ20㎝、長さ1mほどの円筒が現れ、ゴトンと床に落ちる。そして、それは続き同じ形の円筒がゴトン、ゴトンと落ちる。その黄金の色に輝くそれは20個ほども現れて終わる。
「はい、ここまでです」
パーリャは頬を紅潮させて高揚感に満ちた顔をしており、王都から来た魔法士以外の見ている者は全員が目を見開いている。
作者のモチベーションアップのため、ブックマーク・評価をお願いします。




