1-4 レイナ嬢、大学に行く
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誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
俺は翌朝、自分で車を運転してレイナをN大学に送って行った。
俺は会社には、週に3回ほどしか通っていない。元々会長に退いていたのだが、息子の社長が体調を崩したのに対応して臨時で社長に復帰したのだ。大学に来たのは、彼女の扱いについてちゃんと釘を刺しておかないとだめだからね。
まず、大学の駐車場の自動改札でカードを取り、香川の研究室に行く。俺は茶系の綾織のシャツに、ジャケットのカジュアルな服装で、レイナは明るい青のスカートに緑系の襟のあるブラウスである。彼女は、ジャージとスニーカーを入れた小さなリュックを肩にかけている。だから、足元はローヒールの革靴である。
紫の髪で緑の目の彼女は、人目を引く。大学生である若い男女は、例外なく彼女に目をやり、中には立ち止まって見ている男子学生もいる。髪を染めるかとの話もあったが、出入国管理局との交渉もあるので、染めない方が良いという結論になったのだ。
メカトロニクス学科棟の、香川の研究室へのノックの音に、「どうぞ、開いてます」との返事を聞き、ドアを開ける。香川の部屋は、名誉教授だから研究生はおらず個室であるが、一応応接セットもある。
研究室らしく、壁際の本棚には本や資料で一杯であるが、事務机の上はコンピュータ以外は薄い書類が隅に乗っているだけで片付いている。
「おー、おはよう、良く来ました。ちょっとレイナ君の世話役を呼ぶから」
そう言って、内線電話で連絡する。それから香川は机の裏の椅子から立ち上がり、応接セットを手で示し、俺のことは無視して、そこに来たレイナに手を差し出す。握手の習慣を覚えたレイナはその手を握って言う。
「きのうはありがとうございました、きょうもよろしくおねがいいたします」
レイナは少したどたどしいが、そう言って丁寧に頭を下げる。
「いやいや、こちらこそ宜しくね」
香川教授がにこにこしているのは、美人の手を握っているのもあるだろうな。彼の手での案内に、俺たち2人はソファに座る。あまり上等なものではないが、用は足りる。
「香川教授、昨日の話はいいよね?」
俺の言葉に頷いて香川は応じる。
「ああ、通いで、そう9時半でいいかな。9時半に最初に僕の部屋に来てもらって、17時に駐車場にて終了だ。服装は、うん、今のもので十分だね。あと、ジャージとスニーカーを持ってきて貰えばいい」
『はい、今日もそれらは持ってきました』
「うん。有難う。今日は関係者に集まってもらっているので、まず彼らに紹介するよ」
その時、ノックの音がして声が聞こえる。
「香川先生。皆川です」
「ああ、入って下さい」
「失礼します」とドアを開けて入って来たのは、髪を少し茶色っぽい色に染めた中背の学生だ。緑っぽい色のスカートに襟無しのブラウスという服装で、色白でふくよかで優しそうだ。
彼女は教授の傍まできて、客である2人に向かって一礼して言う。
「メカトロニクス学科修士課程1年の皆川みずほです。レイナさんの世話役を仰せつかりました。よろしくお願いします」
それに対して、レイナも立ち上がって応じる。
『「レイナ・サリー・カルチェル」です。私の方が年下ですので、どうぞお楽に』
皆川は初めての念話と言葉のミックスに目を白黒している。だが、反射的に頭を下げ、香川の指示で彼の横に座る。だから、レイナの真正面であり、俺の向かいだ。香川が皆川嬢に説明を行う。
「皆川君、レイナ君は異世界から来たという国では貴族だった女性です。本学には朝9時半に私の部屋に来てくれるので、一日学校内で過ごしてもらって17時に駐車場に送って行って欲しい。迎えの車が来ることになっている。授業や、何らかの活動している時間以外の世話をしてほしい。
とは言え、さっき経験したように、彼女は『念話』と言う形でコミュニケーションが取れます。また、彼女はその魔法の能力について、我々が検証し学ぶのに協力して貰います。一方で彼女は日本の技術や社会について、出来るだけ身に着けたいという希望です。ですから、『世話』という中には、そういう知識を彼女に伝えることも含みます」
「はい、解りました。でも、基本的な教育は教育学部で用意していると聞いていますが?」
皆川の反問に香川が応じる。
「その通りです。ですから、その内容、あるいは一緒にいる時の質問に関して、君の解る範囲で答えて欲しいということです。それと、レイナ君が色んな作業や授業を受けている時は、君は当然自分の研究をやって下さい。君の研究は魔法とメカトロニクスとの関係になると聞いているので、レイナ君が了承すれば、君の研究に協力をお願いしてもいいよ」
「は、はい。研究はどうなるかは、まだ全くノーアイディアなので、南先生と相談しながら方向を決めていきたいと思っています」
「無論、今はそうだろうね。でもひょっとしたら、いやほぼ間違いなく世界的に注目される研究になるはずだよ。頑張ってね。ああ、そうだ、昼食は学食で摂ってほしいけど、カードを預けておくので、これでレイナ君のものは払って下さい。まあ2人での喫茶コーナー位はいいよ」
そういって香川教授はカードを皆川に手渡し、腕時計を見て言う。
「さて、あと15分だから、そろそろ講堂に行くか」
「講堂って、何人位集まるんだ?」
卒業生であり、講堂を知っている俺が聞くと香川はシレッと答える。
「うーん、分らん。しかし、異世界の魔法少女を見たいと思わん奴は珍しいだろう?」
俺たちは、部屋を出て講堂に向かった。外に出ると、講堂に向かう人の流れが出来ている。そして、レイナに気付いたものは全員が注目するが、スマホで撮影しようとする者に対しては、香川が大声で言う。
「彼女は一般人だから撮ってはダメだ」
それでも撮ろうとする者は、学内であるから極少ないが、皆川が怒りの表情で立ち塞がって邪魔をしている。そんなことがありながら、講堂に着いて、控え室に入るとすでに南准教授らが準備をしていた。
関係者席として前の方の50人分の椅子はトラロープとテープで仕切られており、すでに9割方埋まっている。また、その外には500人定員のほぼ満杯に入っており、まだ詰めかけている。南が香川に聞く。
「別段、宣伝はしていないのにね。香川先生、ストロボ禁止で写真はO.Kでいいですか?」
「ああ、中では仕方がないだろうね。外では禁止したが」
その後南の声で場内アナウンスがある。
「ご来場の皆さん、私は工学部メカトロニクス学科の南です。今日のゲストのレイナさんが着きました。彼女が皆さんの方を向いてからは写真を撮ってもいいですが、ストロボは今日の趣旨である、彼女の紹介の邪魔になりますので止めて下さい。
それから当然ですが大声は出さないように、また会話も協議の邪魔になりますので止めてください。皆さんが本学の学生として、秩序ある態度でここに居られることを信じています」
基本的なその場のスタンスは、レイナに関して研究を申し込んだ研究者に彼女を紹介しようというものだ。その様子を、興味のある者は見ていても良いということにしている。つまり、基本的に彼女を隠すつもりはないことになる。
関係者席に座った各々のグループに彼女が挨拶していく。そして、その様子をビデオで撮って彼女に渡すことで、彼女が相手を思い出す資料にするということだ。無論その場は、明るく照明が点いている。一通り終わった後に、レイナは壇上に上がる。そして、マイクをもって叫ぶ。
「はーい!みなさん!」
日本語でそう言ってレイナは会場の皆に手を振る。そうなると殆どの若者が口笛や歓声で沸く。
「わたしは、イスカルイというくにからきたレイナです。しばらく、わたしはこのだいがくにおせわになります。よろしくおねがいします」
日本語で多少たどたどしくそう言って、彼女は深々とお辞儀をする。また歓声と口笛で講堂内が沸く。
「わたしはまほうしょうじょです。今からみなさんにまほうをみせます、まずひかりまほうです」
今度こそ場内は爆発したように沸く。
彼女は足を開いて両手を挙げて上を見上げる。その両手から光のボールがゆっくり飛び立つ。気を利かせた誰かが照明を落とすと、暗い中で鮮やかに光のボールが浮く。それはどんどん増えて各5個ずつになった時スピードを上げ、講堂の天井近くをビュンビュンという勢いで回る。
そして、それは全てが突然フッと消える。そして、その余韻に漬かっている中でレイナが光に包まれる。皆の目が集中した時、彼女が浮き、光の球が回っていた高さを彼女がゆっくり回る。そして、回りながら光に包まれた彼女が、下に向かって笑顔で手を振る。また、場内で歓声と口笛が爆発する。
2週回った後、彼女はゆっくり最初立っていた位置に降り立つ。また歓声と口笛が沸く。
「いかがでしたか?わたしのまほうは?さきのものはひかりまほう、つぎはかぜまほうです」
そう言ってレイナは再度深々と頭を下げた。
俺は感動したよ。たいしたエンターテイナメントだ。短い時間だったけど完全に皆の心を掴んだ。そして、よく1日であれだけの日本語を覚えた。たいした記憶力だ。しかし俺達は知らなかった。今日の観衆の中に、プロでやっている学生のカメラマンがいて、その夜にはテレビの全国版で放映されることを。
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