1-3 レイナ嬢、わが家で過ごす
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俺は、興奮した香川教授の電話を聞いて、これは大学には相当歯止めを掛けなきゃいかんと思った。下手をすると、レイナが人間扱いされずにモルモットになる。現に香川は、大学に暫く預かりたいと言っている。その中で彼女の魔法能力を徹底的に調べて、身体的にも脳の機能や魔法をつかさどる器官など隅々まで調べたいと言う。
「いや、そりゃダメだ。保護者の俺が、そんな密度で彼女を洗いざらい調べるのは許さん。魔法能力を調べるのは良い。俺もそのメカニズムは知りたいし、日本人が使えるかどうかは知りたい。しかし、体を調べるのはちゃんとその調査の根拠があってのことで、必要な部位について徐々にやって欲しい。
なあ、香川教授よ。医学部の連中のこと知っているだろう?そもそも唯我独尊で、自分達がエリートと決め込んで、人の言うことは聞きやしない。下手すると、連中、解剖をやりかねん。もっとも最近は検査機器が発達したから、そんな必要はないだろうが。しかし、検査も何度もやると被爆が心配だ。
それとレイナは魔法を教える、つまりその機能を調べて俺たちが使うか、または活用の方法を調べるのは、彼女に日本のことを徹底的に教えることのバーターだ。そこのところは、大学でやってくれんかな。そのために費やす時間は、せめて半々でやって欲しい」
「うん、確かに医学部の連中に好きなようにさせるのは不安があるな。まあ、お前を防波堤に使わせて貰うよ。お前が納得しない検査はしないということにする。しかし、まあ人間というか生物が、あのような現象を起こせるという不思議は置いて、魔法という現象そのものがおかしい。
俺はあれを見て、俺たちが考えている物理法則には別の側面、あるいは裏があるのではないかと思っている。また、さらに魔法でしかできないことがある。まず、彼女は次元収納を使える。また、魔法には物理的な腕なしに物を動かせるという機能がある。
これを使えば、例えば分解しなくても修理が出来たり、切らないで手術ができたりということが考えられる。これを何らかのシステムにできれば、結構大変なことになる。いずれにせよ、こうしたメカニズムを解明したい。それに関しては魔道具というものがあるらしく、彼女はその知識もあるらしいので是非教えを請いたい。
俺は彼女のことから、下手をすると空間と物質に係わる常識がひっくり返るのではないかと思っている。そもそも、次元収納が実現するなど従来の学問的常識では考えられん。この年になって、こういうことにぶち当たるとはなあ。それで、当分彼女は大学に通わせて欲しい。本当は預かりたいがな。
うーん。それから先ほどのバーターという話な、まあ解った。教育学部もあるから、知能が人並み以上で、小学校で習うような基本的な知識がない人物に、如何に効率的に知識を詰め込むかという命題だな。なかなか面白いテーマだよな。何とかしてみる」
「ああ、頼む。そういうことであれば、暫くレイナは大学に通わせることになるな。それは解った。いずれにせよ、彼女は俺の家で預かる。通わせる車は俺の方で手配するよ」
俺が家に帰ったら、レイナも峰子と一緒に玄関に迎えてくれる。
「「お帰りなさい」」
ちょっとぎごちないが妻と声を合わせる。俺も思わず笑顔になって応じた。
「ああ、只今、レイナは疲れていないか?」
『ええ、あの位でしたら疲れません』
彼女が念話で応じる。
自分の部屋で、部屋着に着替えて何時ものように風呂に入る。風呂から上がって、レイナがいるのでパジャマに着替えるかどうかと迷ったが、わが家は我が家ということで、パジャマのままで食堂に入った。
「今日はレイナの歓迎会だから、ごちそうと言うほどではないけど、いろいろ作ったわ」
峰子がにこにこして言うが、レイナは卓上の料理に気を取られている。料理は、鳥の唐揚げ、肉じゃが、おひたし、ポテトサラダに刺身の盛り合わせと勿論ご飯だから、さほど豪華というほどのものではない。鳥の唐揚げは異世界物の定番だが、レイナがどう反応するか?
「レイナ、昼とか何か食べたかな?」
『ええ、パンに色んなものを挟んだ「サンドウィッチ」というものを食べました。パンも白くて柔らかく、挟んだものも凄く美味しくて、あんな美味しいもの初めて食べました』
彼女はにこにこして応え、一息継いで続ける。
『あと、庭での試技が終わってから頂いた、色んな「スイーツ」は本当に美味しかったです』
「うん、日本の食べ物は種類も多いし、美味しいと言われている。楽しんでくれるといいな」
『ええ、どれも美味しくて本当に有難いです。それに、今ここにあるものは匂いも良くて食べるのが楽しみです』
「名前は聞いたかい?」
『ええ、これは「からあげ」、これは「ポテトサラダ」、それから「にくじゃが」に「おひたし」。それとこれは生のお魚の「さしみ」です』
「ほお、よく覚えたね、凄いな。まあお預けするのも良くない。では頂こうか」
俺は手を合わせて「いただきます」と言い、おもむろにコップを取り上げると、レイナがビール缶を持って「どうぞ」と発声して注いでくる。峰子が教えたのだろうが、俺は娘がもっと若かった頃を思い出し思わず笑顔になった。
「ありがとう」
そう言ってグラスを傾け大きく半分ほどを飲む。美味い!
古女房と2人の時に比べずっと楽しい。勿論口が裂けても言わないけれど。
「さあ、レイナちゃん食べてね」
峰子が勧めると彼女は声を出して手を合わせる。
「いただきます!」
彼女は箸で唐揚げを掴み小皿に移して、切り取ってフォークで食べる。流れるような動作で実に優雅である。やはり、箸で持ってがぶりとはいかないようだ。それにしても切るのがなにか不自然だ。
後で峰子に聞いた話だと、箸はイスカルイでもあるが、食べる主役はフォークらしい。そして、普通ナイフは使わず、庶民はフォークに刺したものをガブリといくらしいが、貴族特に女性は小さく切って上品に食べるのだそうだ。切るのに際し貴族の男はフォークで無理に押し切るか、または普通のナイフで切るらしい。
だから、貴族の女は上品に食べるために、風魔法のカッターを必死に習うのだとか。俺の想像では、世の男は貴族の女にはうかつに手を出せなのじゃないかな。風で顔でも切られたら怖いよね。俺は勿論、箸で唐揚げを掴んでがぶりと食う。
優雅にだけど、素早く旨そうに食っているレイナに、邪魔かなとは思ったが聞いた。
「レイナの家では食事はどんな風かな?」
彼女は、食べているものを数秒咀嚼して飲みこみ応える。
『ええと、家にいる時は基本的に皆揃って食べます。まあ貴族家ですから、すべて女中や下僕が給仕してくれます。でも残念ながら、こんなおいしいものはありません。私どもの主食はイモですし、後は豆、野菜や様々な肉と魚です。イモはあまり美味しいものではありませんし、肉なんかも堅いです。
私は、ここでこんなにおいしいものを食べられて本当に幸せです。でも私のために御馳走を用意してくれたのではありませんか?』
「いえ、すこし普段よりは御馳走ですけど、まあ増えているのは刺身位でそんなに変わりませんよ。うちはまあ、豊かな方だけど、食事はいわゆる庶民とさほど変わりません」
峰子の言葉にレイナが応じる。
『へーえ、平民も同じような?』
「あのね。この国に貴族はいないの。皇族はおられるけどね。そういう意味ではわが家も勿論平民だよ。だけど、収入によって住んでいる家なんかは随分違うわね。食べるものも収入によって随分違うかな。だから、わが家の食事は、割に豊かな層の平均よりちょっと上程度です」
『はあ、貴族がいないのに、皇帝陛下、皇族はおられるのですか?』
これに対しては俺が応える。
「ああ、昔はいたんだよ。いろいろ法律上でも特別扱いされていた。それが戦争に負けてね。貴族がその元凶の一つということで廃止された。皇帝、いや天皇陛下は残ったけど、その施政権はなくなった。まあ国の象徴として残った訳だ。
そして、僕はある会社の会長を務めているので、経済力はあり、まあ発言力もある。だけど、法律上は貧しい人と同等だ。だから、犯罪を犯せば捕まって処罰される」
『はあ、私の国では貴族は平民とは別に裁かれます。私は、いいことだとは思いませんが、貴族が平民を傷つけてもまず処罰はないです。そういうことをする貴族もいますけど、わが家は違います』
「そうだろうね、レイナがそんなことをするとは思えないものな。ああ、ごめん、食事を続けてよ。そうだ、刺身。生の魚は食べられるかな?」
俺の言葉に、レイナの横にいる峰子が皿を用意して、醤油を注ぎ、ワサビを溶かして食べ方を教える。
『私の国では、魚を生で食べることはありません。危ないって言われています』
「うん、魚の生は危ないよ。だけど、これのように新鮮でちゃんと処理したものは安全だ」
レイナは、峰子の指導でタイの一切れを箸でつまんで、ワサビ醤油をつけて恐る恐る食べる。目を白黒させてもぐもぐと食べるのが可愛いが、やがて飲み込み、ばあっと顔を明るくして言う。
「おいしい!凄く美味しいですね、このソースがなんとも言えないです」
刺身は、外国人にとってよほど慣れないと苦手な者が多いが。レイナは好みにあったようだ。
このように、レイナの最初の晩は、わが家で楽しく過ごせたものと思う。
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