1-13 レイナ嬢、治癒の魔道具狂騒曲2
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誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
その日、岸辺首相の治癒の魔道具に関する記者会見があった。
「昨日、N大学から記者会見において極めて重要な発表がありました。それは、治癒の魔道具というものが開発され、それで重篤のガン患者など、従来であれば助からない人々が治癒できたということです。
つまりガンなどでは、一定以上症状が進行すると治癒する術はありませんでした。だから、少しでも延命を図るか、苦しみを和らげるしかことしかできなかったのです。ところが、この治癒の魔道具を使えば、そのような患者でも完全に治すことができました。
そして、それのみでなく、殆ど助ける方法がないような事故の犠牲者も治癒されております。
N大学は、そのような魔法具を開発して、皆さんもご存じのレイナ嬢の魔力によりそれを使って、死を待つばかりであった少女を救いました。そのことで、魔道具の有用性を確かめたのです。そして、時を同じくして開発された魔力発生器と魔道具の組み合わせが完成しました。
その治癒の魔道具を現在はキュアラー、魔力発生器はMラジエターと呼んでおり、キュアラーとMラジエターの組み合わせで治療具1組と呼んでいます。
それを受けて、N大学はすぐさま医療チームを3組形成しました。1組の医療具でできるだけの人を救おうとしたのです。そのチームは、24時間体制でその治療具で重篤患者のみの治療に当たり、1週間で200人以上の命を救っております。それは、N大病院にのみならず近傍の病院から患者を受け入れての人数です。そして、現在の見込みでは全員が社会復帰できます。
そして、より重要なことは、今日の朝にはその治療具が10組出来あがります。そして、K大学の発表の通り、自衛隊機によりそれらは全国10の医療機関に届けられ、現在すでに治療に使われています。先ほどの情報では、受け取った半数以上の病院でN大病院と同様に24時間体制で治療に当たっています。
なお、24時間体制を取っていない病院は、単にその病院への搬送可能範囲にその体制を組むだけの患者がいないためです。また、この治療具は今後も増産される予定でありまして、N大病院の発表では今後1週間ごとに100組ずつ出来てくる予定になっています。
この点は、政府としてはより多く増産できないか確認中であります。この魔道具の出現は我が国にとって福音でした。ガンを始めとして病に苦しんでおられる方を救い、健康にして社会に復帰して頂く。
しかも、従来では救うことが出来なかった人を社会復帰でき、かつ圧倒的に短時間、ほんの1週間足らずで完治できるのです。外科にしても、2ヵ月3ヵ月入院しなければならなかった大けがの方でも一緒です。社会的に、それがどれだけの恩恵になるか判って頂けるものと思います。
これを我が国にもたらしてくれたのは、皆さんもご存じの異世界から来たというレイナ嬢であります。しかし、それを我々が使える状態にしてくれたのは、N大学の工学部、理学部、医学部の皆さんです。これらの皆さんに、私は政府の責任者として最大の賛辞を送りたいと思います。
一方で、ガンを始めとした、多くの致命的な病気は日本人のみの問題ではありません。世界のガン患者は2千万人おり、死者が年間9百万人発生すると言われています。それらの中には、まさに今死に瀕している方も居られます。
ですから、今我が国政府には、先に述べた医療具の提供の要請はすでに75の国と地方から寄せられています。人道的な立場から、これには応えざるを得ないでしょう。ですから来週できるという100組に関して、半数以上は海外へ提供することになると考えています。
しかし、そのことで国内においてこの治療具が不足することより、ガン等での死者がでないように計画しますので、その点はご安心下さい。
このように、わが国の大学から医療において、大革命が起きました。この治療具を使えば、働き盛りの方を含めて数十万人の死ぬはずの人々が救えますし、長い療養期間を最短にすることができます。そして、その治療具の提供によって世界の多くの人々の救うことができます。
この医療の転換に当たって、政府は国内での治療具の生産・管理・分配等について、合理的かつ効率的に実施していきます。また海外との関係においても、培ってきた外交の成果を生かしてこの治療具の提供を全てがウィンウインになるよう進めていきます」
「け!岸辺め。偉そうに!」
俺は、テレビを見ながら会社のオフィスで毒づいた。同じ部屋に息子で社長の亮一に専務の茅野がいるが、亮一が宥める。
「まあ、会長。そういう憎まれ口を叩いちゃだめですよ。岸辺首相はましな方だと思いますよ。ちゃんとやっているじゃないですか」
「ふん、まあ毒にも薬にもならんということだな。とは言え、治癒の魔道具については、ちゃんと反応はしたな。さりげなく政府、ひいては自分の功績にしようという点は抜け目がない。ただ、海外からの要求をかわし切れるかな。とは言え、政府から増産要求があったのだろう?」
俺の質問に茅野専務が応える。
「ええ、出来るだけ作れって。まあ、キュアラーは問題ないですよ。㈱NMK製造で銀板の製作と魔方陣のエッチングに魔方陣隠しのAlK塗装で1台17万で受けてくれています。ただ、月間1000枚が最低保証ですけど。一方で問題はMラジエターですよ。うちの間島製作所で、週5日で100台は問題ないまできており、倍程度までは増やせますが、それ以上となると組み立ての外注が必要です」
「うん、これ等は所詮、必要な総数はリミットがある。まず全国の歯科を除けば、診療所は全部で10万だ。これはセットで売値200万円だから、診療所でも必須になるはずだから国内10万台は固いな。海外はどうだろう、多分10倍は要るな。とすると全部で100万台というところか。
別の面から言えば世界でガン患者が2千万人いて年間900万人死んでいるという。1台で年間20人治すとして100万台か、まあ100万台妥当なところだろう。200万円の100万台で2兆円かあ。その後は更新需要だから大したことはないな。やっぱりものが安すぎる訳だ」
亮一がそれに応じる。
「そうですね。奇跡の魔道具が200万とはねえ。1億したって買う人はいるでしょうに。でも、1億したら、日本人は保険があるから使えるけど、世界には使えない人がでるな。甘いかも知れんけど、僕は一応利益がでているから、これでいいと思う」
それに対して茅野専務が頷いて言う。
「値段設定がキュアラーは50万円、Mラジエターが150万円ですが、原価率はそれぞれ40%、50%です。でも、ちょっと今以上には上げられないでしょう。N大の先生方の顔もありますからね」
俺は自分もそうだけど、皆甘いなと思いながら言う。
「ああ、まあこれは世のため人のためのものとして仕方がない。元々我々は薄利多売だからね。しかし、魔力発生器であるMラジエターは今後どんどん用途が増えるから、技術は囲っておけよ」
再度茅野専務が応じる。
「はい。Mラジエターは魔道具には全て必要ですからね。それにしても、N大学に入り込んで先生方にくっついておくというのは、かなり旨くいきましたね。わが社も製造まで間口が広かったのでいち早く試産にかかれ、生産も独占できた訳です」
「まあ、結構救済のためということで、わが社も色んな企業を買ったからなあ。さて、それで茅野専務、Mラジエターの増産可能数はどうなっている?」
「はい、1ヶ月すれば部品の供給を10倍程度にすることは可能です、さらに間島製作所で月間2千台、秋月製作所とKS機構で各1千台になり合計月間4千台だったら可能です」
「ふーん。年間4万8千台か。だめだな、わが社の力はそんなものか。私は100万台を3年で埋める必要があると思っている。つまり、年30万台だ。社長、茅野専務、その増産計画は進めるとするとして、デンリ―に話をしてみようと思うがどうだろう?」
「うーん。確かに、海外からの圧力は凄いものになるな。供給が少ないと、当然自分で作るから技術を寄こせとなる。政府は外圧に弱いからなあ。Mラジエターは、どこまで伸びるか分らんから海外へは技術を出したくない。それに、200万円のものを全部で100万台程度だったら、大きな摩擦にはならない、と言う訳ですね」
そう言う、息子である亮一社長の視野の広さに正直感心して、経営に口を出すのはもうやめようと思ったのはこの時であった。その話の後、親交のあった大メーカーのデンリ―に話がついて、彼らが3ヵ月後から、年間30万台を目標に生産を開始することになった。
果たして、世界からのキュアラーとMラジエターの供給の要請は、日本政府の目論見を遥かに超えて激烈なことになった。日本国内の重症患者への対応としては、治療具を次の週に20組あれば当面対応できるという結論になった。そこで、翌週生産分の80組を海外へ供給することになった。
それに対して、各国は好きなことを言ってくるわけで、隣の大国など1ヶ月以内に1万組よこせなどと無茶なことを言ってきている。だけど、そういう無茶な要請に対しては、当然優先順位は低くなるわけである。しかし、G7各国首脳が、首相に対して直接の要請があったし、あらゆる親交のある国から強い要請があった。
それに対しては、厚労省調査の生産計画から、国ごとの人口、広さを加味して月ごとの国別の供給数を策定している。結果、日本国内に配置する数は3か月後に3千組、半年後に1万組としている。
そして、海外への供給は最初の1ヶ月は400組、2ヵ月目には2千組、3ヵ月目は4千組、4ヶ月目以降は2万組となっている。さらに供給価格が1組3万ドルであり、その万能とも言える機能に比して余りの安さに驚嘆された。
だから、その価格は欧米の薬品・医療具メーカーからは『日本は商売を知らん』と揶揄された。しかし、それが彼らの売り上げ激減に繋がると、『あいつら、俺たちの市場を焼きはらった』と怨嗟の声を浴びせられた。
そして、日本からの援助国である医療事情の悪い途上国に対しては優先的に供給されて、人々の事故死、病死を劇的に減少させ、かつ医療費を激減させて大いに感謝されている。




