1-12 レイナ嬢、治癒の魔道具狂騒曲1
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N大学の発表によって、日本全国のみならず世界が、いかなる難病であれ治療できる装置があることを知った。その装置のすでに存在する10 +1組は、日本の主要都市に配られるというが、1週間後には100組ができ、その後毎週100組が出来るという。
世界には、すでに短い残りの命を告知された人が大勢いる。そしてその肉親友人も大勢いるのだ。あらゆる国のメディアにそのニュースが報道され、多くの人が行動に移った。
「首相、これは大変なことになりましたよ。すでに、そのキュアラーとMラジエターの供給要請は、公電での要請と大使館からの要請を含めて50カ国を超えています」
首相官邸で、村山外務大臣が深刻な顔で岸辺首相と加地官房長官に向かって言う。他に、麻山副首相、西村厚労大臣に厚労省の青山事務次官も同席している。
「うーん、N大学もとんでもない爆弾を投げつけてくれたものだ。海外からのこの要請は無視は出来んよなあ。ところで、厚労省の方はどうなのよ。法的に問題はないの?」
外相に応じた首相の言葉に青山事務次官が応える。
「ええ、微妙なところですが、これは薬ではありませんので薬事法にはひっかりません。さらに、魔力は放射線の1種ではあっても規制の線種に入っていないので規制する法がありません。さらに、大学病院が緊急性に鑑みて効果を認めて使ったというところで、違法性は問えませんね」
「うんうん、そうだろう。どの道、今回の件で、政府が違法性を言ったら世論にぼこぼこにやられるぞ。しかし、あのレイナ嬢が持ち込んだ魔法に、こういう使い道があったとはなあ。ただの見世物に終わると思っていたが、魔道具とは。とは言え、これは日本にとって全く悪いことじゃないぞ。
総理の言う通り、世界の要望を無視は出来んだろう。まあ、来週のものは半分或いはもっと外に供給するのは仕方がないと思うぞ。それに、週に100組というのが限界かどうかだ。ひょっとすると1000組になるかもしれん。しかし、安売りしてはダメだ。最大の国益にしないとな」
加地官房長官がその話を受けて言う。
「そう、麻山さんの言う通りです。ただ、その結果国内が手薄になって、助かるべき命が多く失われるのは困ります。だから厚労省は、その装置の増産がどの程度出来るか、さらに国内の需要は満たすのはどれだけの数必要かを早急、そう2日以内に纏めて下さい。
そして、外務省は当面その来週できる100組のうち、相当数は海外に供与すると発表しましょう。どの国に供与するかは、まあG7は最優先として友好国でしょうが、これは外務省がまとめて下さい。輸送は受け取り国の責任でやって貰いましょう。
そして、値段は……。厚労省はその装置の値段はどうなっているかも調べてください。総理こんなところでいいでしょうか?」
「うん、いいんじゃないかな。厚労省はいいですか?」
「はい、承知しました、増産の件、その増産を睨んで国内に必要な装置の数、その値段ですね?」
「そうです。可及的速やかにお願いしますよ。では外務省はよろしいですか?」
「はい、早急にリスト作りにかかりますが、厚労省さんで策定した供給可能数次第ですので」
そこで、岸辺首相が、パンと手を叩き言う。
「では。そう言うことで、お願いします。本件は我が国にとってもそうですが、政府にとってもチャンスです。とりあえず午後に本件について記者会見を開きます」
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東京の国立ガンセンターの屋上ヘリポートに自衛隊のヘリが着いて、ローターの音が止んだのを待って、治療部長の美並文美以下10人ほどがヘリに歩み寄り降りてきた自衛隊員を迎える。
「陸上自衛隊吉川陸曹長です。N大学より治療具をお持ちしました」
敬礼して言う相手に美並が頭を下げて応じる。
「どうも有難うございます。では治療具を下してください」
その声に2人の自衛隊員はテキパキと2つの段ボール箱を下ろして、用意された台車に載せる。箱はごく小さいものと、40㎝角位のものであるが、大きい方も持っている感じは軽そうである。そのまま、ヘリを見送り、彼らはエレベーターで1階の、新しいプレートに特別治療室と書かれた部屋に入る。
「ほお、これがキュアラーですか。でも単なる何も書いてない板ですね」
責任者である治療部長の美並文美が、持って来た台車に置かれた段ボールの箱から取り出した銀板を見て言う。その銀板に刻まれた魔方陣は塗料で隠されているので、単なる板である。魔方陣を公開するかどうかは政府の意向に任せることになっている。
なので、最初に作られた2つ以外は魔方陣に特殊な塗料を塗って隠している。塗料は特殊な液剤で剥げるが、同時にエッチングが消えるようになっている。さらに、Mラジエターの箱が開けられて慎重に取り出され、脚が延ばされて治療用ベッドの脇にある机の上に置かれる。
「割に軽いですね、7~8㎏でしょう」
取り出した男性職員が言う。机は指定の高さであり、ベッドに患者が横たわりその患部にキュアラーをかざすと、その高さがMラジエターの射出口の高さに揃う必要がある。そのために、10㎝程度の高さ調整のためのスペーサーが用意されている。
その部屋には、3つの各4人のM治療チームのメンバー12人が集まっている。今後3交代24時間体制で、治療に当たるのである。N大学に倣った訳だ。さほどそれに文句は出なかったが、これは医療従事者が如何に激務かの悲しい証明である。その部屋で、美並治療部長が皆に向かって言う。
「まず皆さんは、ちゃんとN大学のガイダンスのビデオを見ましたよね?」
全員が深く頷くのを確認して美並は続ける。
「ですから、まずは手順に確認になります。この、キュアラーは患部にかざすだけです。レイナさんの話では『治れ』って念じるのも大事だそうです。キュアラーが機能するには魔力が必要ですから、そのキュアラーにこのMラジエターで魔力を供給します。
そのため、Mラジエターのこの部分の射出口をキュアラーに向けて出力1.0でONスイッチを入れます。この出力は軽い症状なら下げても良いそうです。ですが、当分の間患者はステージⅣ相当ですから、指示のあるまで1.0で使って下さい。
またMラジエターは800Wの消費電力ですから、当然コンセントはちゃんと確認してください。また、超音波診断結果はデータとして残しますが、担当技師は変化があった都度教えて下さい。さらに脈泊は強弱も大事ですので担当看護師が手でとって下さい。そして、こちらも変化の都度報告のことね。
また今回の全ての措置はそこの2つのカメラで音声と共に記録されています。指揮は担当医師が取って、原則として3人処置後に15分程度の小休止、3.5時間経過後に大休止1時間で、8時間で交代とします。この辺りは担当医師が適宜決めて下さい。よろしいですね?」
皆が再度深く頷くのを確認して、三並はまた続ける。
「このように、具体的な処置自体は何も難しいところはありません。ですが、間もなく運ばれてくる患者さんと、その縁者の方々はこの処置が命を繋ぐ最後の手段として期待しています。その点はしっかり認識して、患者さんの体調などに気を配って処置をお願いします」
話を終えて一礼する美並に一同が頭を下げて応じる。
「「「「はい」」」」
その後、30代の医師が進み出て言う。
「では第1班の皆さん。担当医師の風間です。ええと、今午前10時5分ですので、シフトは18時0分までということです。では、最初の患者を運んでください」
「はい、では最初の村井さんを運んでもらいます」
女性看護師が内線電話をとって「こちら特別治療室、村井さんを連れてきてください」と連絡する。
それを見て三並が少し離れている2つの集団に言う。
「では、2班と3班の方々は自分のシフトに備えて下さい。特に深夜のシフトのメンバーは大変ですが、体調管理はよろしくお願いします。緊急を要する患者がいなくなり次第シフトは解消しますから」
それに対して、岸というネームプレートを付けた30代半ばのスポーツマンタイプの医師が快活に応じる。
「美並部長。その点は大丈夫ですよ。15時間連続の手術等の経験もありますからね。それに、この場合、自分の手術が無駄になるのを半ば覚悟しなくてもいいのでしょう?」
「ええ、N大病院の結果をチェックすると、まず助からないレベルの人が助かっています。失敗の例はまさに措置にかけた段階でほぼ亡くなりかけだった人のみです。少なくとも、センターに入っている患者さんは助かる可能性は高いですね。問題は他の病院から運ばれる患者です」
美並が言ったところに、ノックがあり、「患者さんの村井さんです」と声があったので、中の看護師がドアを開く。そこにベッドに寝かせた患者が運び込まれる。その男性患者の意識はあるものの、目の焦点はあっておらず、やせ衰えてまさに死相が浮かんでいる。
『うわ!これは』多くの者が内心思った。これは、まず数日は持たないレベルである。
「はい、じゃあ、ベッドはそのまま使います。ベッドを入れ替えて」
風間医師の指示に、ベッドを押してきた看護師2人と中の看護師が、最初から置いていたベッドをスムーズに入れ替える。
「では、布団を剥いで下さい。この位置でキュアラーをかざしますので。Mラジエターの高さは?」
風間は横のキュアラーを確認して頷いて言う、
「うん、いいね、そのままだ。あとは超音波検診、脈をお願いします。いいね、よしではMラジエター1.0でONしてください」
「はい、Mラジエター1.0でONします」
技師が、ボタンを押しこむと緑ランプが点いて、唸りが起こる。
数分で、見ていた皆から声が上がる。
「あ、体が光ってる!」
「ほんとだ」
「だんだん強くなるよ」
その段階で、2班と3班は静かに部屋を出ていくが、患者を運んできた看護師は処置した後に患者を連れ出すために残っている。三並も、最初の小休止までは残るつもりだったので状況を見守っている。彼女が見守る内に、5分ほどで光はピークに達した。
彼女が患者の顔から死相が消えたなと思ったら、「あ、ガンが見えなくなってきました」と超音波検診技師が報告した。またその後、「脈拍が55~65に早くなりましたが、強くもなりました」との脈をとっていた看護師から報告がある。
そして既定の時間である15分後には、風間医師はキュアラーをかざすのを止め、Mラジエターの停止を指示する。その後に患部を触診して頭を振って言う。
「うーん、ない。ガンの塊が触らない。治ったのか?なんとも信じがたいな」




