1-11 レイナ嬢、治癒の魔道具の活用
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N大学医学部が、現在持っているのは治癒の魔道具で2台と魔力放射機を1台である。そこで、各1台を1組として、切迫している重篤患者の治癒を始めた。多いのはガンのステージⅣの重症患者と治癒困難者である。ちなみに治癒の魔道具はキュアラーと名付けられ、魔力放射機はMラジエターと名付けられた。
治癒困難者とは、例えば肝臓や肺や膵臓などのガンや腫瘍で手術が難しい場合である。これらの患者の手術は成功しても、手術による体の大きな傷のために存命時間が短い場合が多い。N大病院を受診している患者で、治癒困難者が8人、ステージⅣのがん患者が21人、その他の病気の重篤患者が8人であった。
大学病院としては、治癒の魔道具という命を救う手法がある以上は、極力活用することになった訳だ。誰しも、あれがあったのに使わなかったために私の〇〇は死んだと言われたくはないのだ。そこで、キュアラーとMラジエターの1組により医療班3班を組んで24時間体制を取った。
1週間後には、これ等が10組揃うのだから、そこまで待てないケースを基本的に選ぶものとした。また、議論の段階で、こと人命に係わる話であるため、他の病院の患者でも大学病院まで搬送でき患者で1週間を待てない場合には受け入れることになった。この窓口が甲斐助教授に任されたのだ。
結局、1週間の24時間体制の治癒により218人が治療され、内12人が手遅れであったが206人が助かった。中には交通事故でひん死の重症を負ったが、N大病院に直接搬送されて助かった例がある。
岬直樹は、20歳の大学生である。彼は250ccのバイクが愛車で、通学に使っている。その日は雨であったが、いつものように雨合羽を着て2車線の国道を走っていた。道は割に混んでいるが流れは順調で、前のトラックと後ろの大型乗用車の間を走っていた。
それは突然だった。トラックが急ブレーキを踏んだのだ。運動神経には自信のある直樹はとっさにブレーキを踏んでトラックにぶつかることはなかった。だが、後ろの乗用車が間に合わない。岬は自動車に追突されトラックの後部と乗用車の前部に潰されることになった。
岬の感覚ではブレーキが間に合いほっとしかけた所に、ガシャンと後ろの乗用車がぶつかって、それに押されてトラックの後部が迫ってくるシーンであった。そして、サイドミラーに写る携帯を持って口を開けている運転者である。直後、背と腹部が潰される苦痛のなかで意識はぷっつり途絶えた。
救急車が来たのは6分後であったが、その前にパトカーがサイレンを鳴らしてやってきた。降りてきた警官が、現場を確認し急いで行動して岬を毛布に降ろした。それはまずトラックに前に出させて、腹部辺りから大出血している岬を、食い込んでいる乗用車の前部から離してのことであった。
「なあ、これは無理だろう?」
雨の中、交通機動隊の矢名がしゃがみ込んで岬の状態を確かめている同僚の河野に言った。
「まだ生きているけど………。ちょっとこれだけ潰されちゃあなあ。ああ、救急車が来た」
タンカを持った救急隊員が駆けつけてきて、制服の矢名と河野に声をかけ、胸から下が血まみれの岬を見て眉を顰める。しかし、彼らは状態を確認の上でテキパキとタンカに岬を積み込んで出発する。
救急車が走りだすと、車長の長瀬が運転席の宮谷に言う。
「明らかに瀕死だな。この場合はN大病院だ」
さらに、マイクロホンを取り上げて通信を始める。
「名東本部へ、こちら名東031号車、長瀬です。男性20歳前後で、腹部を大きく損傷で大出血中ですが、まだ呼吸、心拍あり。瀕死と判断するのでN大病院に向かいます。ええと、あと7分で到着の予定」
救急車がN大病院の救急車受け入れ棟に乗り込むと、そこには白衣の者が5人待っていた。
「私は名東本部の長瀬です。まだ、脈はあるが弱い。お願いします」
長瀬が叫ぶように言うと、待っていた2人が後部に駆け付けて開き、タンカを引っ張り出して、救急車進入路の脇の広間に上げる。
そこに、男女の看護師が2人で、患者の服を手早く切り裂いて胸からベルトまでを剥き出しにして、流れる血をふき取り下がる。胃の辺りに斜めに大きな裂傷がある。さらに明らかに肋骨も陥没しており、全体の形が歪んでいる。そこに、田宮のネームプレートを付けた医師が、銀色の御札のようなものをまだ血がだらだら出ている腹にかざす。
その横には別の男の看護師が銀色の箱を持ってきて据える。また、患者の横には一抱えある装置である超音波診断気器を置いて一人が操作している。さらに女性看護師が脈を取っている。
「ではMラジエター、出力100%でON!」
「はい、出力100%でON!」
看護師が復唱して操作すると、救急車のエンジンも切られて静かな室内にブーンという音が響く。
「「「あ、光が!」」」
息をこらして見ていた口々に言うが、確かに患者の体から光を発し始めだんだん強くなる。その中で、剥き出しの幹部の、大きく開いた傷口からの出血が止まり膜ができてきた中でうねうねと患部が動く。
「ああ、肋骨が治っているのか?」
女性看護師が言うが、明らかに扁平に変型していた腹部が正常に戻りつつあるようだ。
「肋骨が変化、いえ正常に戻っています、傷ついていた内臓も動いて正常になっているようです!」
超音波診断器の画像を見ていた超音波診断士が夢中になって言う。
脈を診ていた看護師も言う。
「弱かった脈も強くなりました。呼吸も戻ってきているようです」
救急隊員の長瀬は、それを見ていて戦慄を禁じ得なかった。彼も瀕死の患者はN大病院に運べと言われた時には当然「何で、N大病院ですか?」と聞いた。その答えは新しい治療法が開発されて、それを使えば死んでさえいなければ助かる可能性があると言う。
それも魔法を使った方法だと言う。『魔法』と聞いて、あのレイナ嬢に関係するのだろうとは思ったが、半信半疑というより、そんなことは無理だと思った。今回運んだ患者は、長瀬の経験から言えば、まず助かる状態ではなかった。それに、肋骨が折れているので、成形すること自体が大変である。
さらに内臓が手ひどくやられているので、治療はほぼ不可能だろう。若いのに、可哀そうにと思って運んできた長瀬である。しかし、病院に着いて、救急車の進入路で医者が待っているのにまず驚いた。さらに脇の広間で治療しようとするから尚さらである。この場合の時間の重要性を意識してでのことだろう。
何より驚いたのはその治療の様子である。銀が材料というお札みたいなものを患部にかざして、Mラジエターと呼ぶ機械を動かしている。その札が魔方陣を刻んだ魔法具であり、銀色の箱が魔力放射機らしい。そして、数分すると緑っぽい光が患者から出てきてかなり強くなる。
それは、確かに不思議な力が体を治していると感じる光であった。実際に、まず大きな傷口がすぐに塞がり血が止まったし、変形した体がうねうねと動いて修復されていく。とりわけ、折れていたはずの骨が勝手に治っていくのはある意味不気味とも思えた。
「あれが欲しい」
そして、10数分の『治療』の後、出血が止まり体の変形も是正され、呼吸も正常になりつつある状態を見て長瀬は強烈に思った。事故現場では、その場でこと切れる救助対象者も多い。あれがあれば、そういう人も救える可能性は高くなるのだ。
長瀬の願いは叶ったが、それはキュアラーとMラジエターの大増産が行われ、かつ魔法具の一種として大容量魔力庫が出来た後であった。
さて、N大病院は記者会見を開き、6日間のキュアラーによる治療の結果を公表した。魔道具による治療、それも主としてほぼ助からない重篤患者の治療の結果である。これは世界的に話題になり、海外からの記者も大勢会見に参加した。
前田医学部長の最初の挨拶の後、結果が淡々と説明された。さらに医療班3班を組んで、1週間の24時間体制の治癒により218人が治療された内容が発表された。
内訳は、ガンのステージⅣが160人、ステージⅢであるが手術が困難である場合が35人、脳内出血5人、心疾患12人、骨肉腫3人、事故による外傷が3人であった。内12人は残念ながら体力の低下が著しく亡くなった。しかし、206人が助かり今ではほぼ全員が起きられるようになったという内容である。
そして、キュアラーとMラジエターの実物が示され、明日には10組が完成することを発表された。またさらに、その後1週間毎に100組完成することも付け加えられた。
さらに、栗田教授からキュアラーとMラジエターの活用について話があった。
「なぜ、私共が24時間体制で治療に取り組んだかであります。それは、我々が発表したように、従来治療できないと言われた症状を治癒できる道具を開発しましたからであります。そして、その道具は1週間前には1組しか存在しませんでした。
一方で、この世界にはその道具によって治癒可能な症状によって、死に瀕している方が沢山います。
そうため、そのただ1組の道具を用いて、できるだけ人命を救うという観点から効率の良い方法を取った訳です。さて、明日には先ほど申しあげたようにその道具は10組用意できます。そして、それは直ちに札幌、仙台、東京に2台、新潟、大阪、岡山、広島、福岡、那覇の9都市のそれぞれ拠点病院に送ります。
この輸送は、政府の協力で航空自衛隊に担って頂くことになります。なお、ここN市には無論1台が残りますので、この地区の治療は引き続き当N病院が行います。ただ、当院に関しては、今後事故対応は別ですが、24時間体制を取るまでもないと思っています」




