1-10 レイナ嬢、治癒の魔道具が起こす騒ぎ
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治癒の魔法具による効果は、医学部において大騒ぎになった。翌日には荒井美沙は意識がはっきりして、介助されながらでも歩けるようになった。まず、ベッドの上での超音波検診によって、腫瘍が無くなっているのが確認され、念のためにCTスキャンで完全にガンが消えたことが証明された。
この話は、すでに医学部全体に広まっており、まずは田宮と甲斐准教授が医学部長から叱られた。効果が明らかになっていない『医療器具』を使ったということでの叱責である。彼等は滅多に会うことのない前田医学部長の前に神妙な顔で立った。後ろには田宮らの主任教授の栗田が立っている。
「私は、医学部長として、君らが主治医の立場で、軽々に未知の治療具を人体実験の如く使ったことを譴責します」
その後、前田はにこりと笑って続けた。
「まあ、しかし荒井美沙ちゃんがあのままでは助からないのは、100%近く判っていたからね。出来れば私なりの了解の元にやって欲しい所だったが、さて私が使うことに了としたかどうかは怪しい。そういう意味では、君らは美沙ちゃんの命を救うための最善の方法を取ったわけだ。魔法具は持って来てくれたのだね?」
「はい、お持ちしました。これです」
そう言って田宮が、手提げカバンの中から銀色に輝くそれを取り出して、前田に手渡す。
「ほう。これか。ああ、まあ皆さんそこに座って下さい、今後のことも話しておきたい」
前田学部長は田宮、甲斐と栗田教授をソファに招いた。
「それで、この魔法具は2つのみあるのだね?そして、それは魔力を発することのできるレイナ嬢がいないと使えないのだね?」
前田が手に持った魔法具をなぜながら聞くのに、田宮が頷いて答える。
「はい、今はその魔道具は2つだけです。しかし、銀板に出来上がっている魔方陣をエッチングするだけですので、簡単に増産できます。そして、今現在はレイナ嬢しか使えないのですが、本来は魔石という魔力のバッテリーによって使うものだそうです。
そしてそれは、応用物理学科の名波准教授が試作にかかっていて、できる目途が付いていると香川教授から聞いています」
「なるほど、それはいいニュースですね。それで、レイナ嬢は美沙ちゃんへの魔法具に魔力を注いだのみで、疲れてしまったということですね?」
「ええ、ですが、昨日彼女は魔力を相当使った後だったそうです。それと、美沙ちゃんの状態が悪そうだったので過剰に魔力を使ったと言っていました。そんなにひどくない状態なら、少なくとも5人以上の治療は大丈夫だろうと言っています」
「そうですか。そうであれば、その魔石の復元が出来るまでに、ある程度の治験の経験をしておきたいですね。どう思われますか、栗田教授?」
「はい、私もこの治癒の魔道具の効果は1件だけの成果ですが認めます。荒井美沙ちゃんのガンは完全に末期で、手の施しようがない状態でした。それが、先ほどのCTによれば、巣くっていた部分が荒れてはいますが消えていると言って良いと思います。
それがレイナ嬢しか使えないのなら、それほどのインパクトはありません。ですが、その魔石をバッテリーにして我々医者が使えるなら、日本のみで年間33万人に近い命が救えます。そして、年間に見つかるガン患者が100万人ですから、それらの人々が長い闘病生活をすることなく社会に復帰できます。
それに、多分その魔法具の効果はガンのみではないと思います。現にレイナ嬢の世界では外科的な治療に主に使われていると言いますから。だから、そういう観点の研究が必要でしょう。そういうことを考えると、この魔道具は数が必要ですね。多分、少なくとも数万のオーダーですね。
田宮君、確か材料の銀板を買うということで35万円位支出したよね?」
「ええ、今回の2つの魔法具の素材の銀板が2枚での値段ですね」
前田学部長が笑った。
「ははは、1枚17万足らずか。それにしても、私も講堂でのレイナ嬢のパフォーマンスを見たけど、このような話に繋がるとは思いもしなかったな。ねえ栗田先生?」
「ええ、あれは私も唖然として見るばかりでした。我々の学んできた科学とは何だったんだ、という思いですね。そうしてみると、本学で最初にレイナ嬢に接した香川教授が『魔法によって科学の別の面が明らかになる』と言っていると聞いていますが、どうも本当になりそうですね」
「そうです、香川先生は、魔法に繋がる科学は人に都合が良いと言っています。私も今回の結果を経験して、本当にそう思うようになりました」
田宮が言うと、前田学部長が応じる。
「ああ、私もそうだね。こんな都合の良いことがあってよいのかという思いだ。そう言えば、キーの一つが魔石だったよね。大事なことだから一度、直接進捗状態を聞いておこうかね」
前田は内線電話の受話器を取り上げて、ボタンを押す。
「工学部、応用物理学科の名波准教授だったね。2316番か」
呼び出し音が数回なると、ガチャリと応答があって、相手の声がスピーカーではっきり聞こえる。
「はい、名波です」
「突然で申し訳ないです。私は医学部長の前田です。お聞きしたいことがあって電話しました。ええと、名波先生は、治癒の魔法具の話を聞かれましたか?」
「え、ええ。今朝聞きました。そして、医学部から催促があるだろうと言う風にも聞きました」
「ええ、まさにその催促なのです。お気づきだと思いますが、大勢の人の命が懸っていますから、余り気を使ってもいられませんので申し訳ない」
「それは、良かったです。いい返事ができますから、結論から言えば、未だ携帯型は出来ませんが、電力供給が出来れば、サンプルの魔石以上の魔力の発生ができる装置があります」
「「「おおお」」」部屋の中で歓声が沸いた。
「いやあ、それは有難い。それでは、ステージの進んだ患者から治験ができます。それで、その装置は1台のみですか?」
「ええ、手元にあるのは1台のみですが、現在香川先生からの要請で量産に入っています。週末には10台が出来ます。それで、取りあえず1台については取りに来て頂ければ渡せます」
「おお、それは有難い。直ぐに取りに行きます」
「はい、ではお待ちします。ちなみに、1台100万円ほどかかるのです。香川先生からは責任を持つと言って頂いていますが、なにせ名誉教授ですから研究費もないと思いますので……」
「はい、それは結構です。この魔道具関係の支出は、全て医学部で責任を持ちますので、任せて下さい。では間もなくこちらを出ますので、お願いします」
前田は苦笑しながら電話を切るが、栗田教授もそれを見ながら苦笑して言う。
「どこも研究費では苦労しますよね」
それに対しては、2人の助教授は真面目な顔で大いに頷く。医学部と言えども、研究費が潤沢なわけではない。銀板については栗田教授が認めたから良かったが、そうでなければ半ば自腹覚悟だった。
その後すぐに、田宮と甲斐は名波の研究室に行くとそこには、香川教授と研究生3人が待っていた。同じ30台半ばの年代の名波は、「これが魔力発生器です」と示す。それは、30㎝真四角ほどのアルミの箱であり、高さ30㎝ほどの4本脚がついている。
一つの横腹に5㎝ほどの筒がついていて、反対側に10㎝径程のファンと太めの電線が繋がっている。
「これの消費電力は800W程だから電子レンジ並みです。だから、電線も太くなっています。熱もそれなりに出るので、ファンも大きくなっています。魔力の放出口はこの筒の部分です。出力の調整はこのダイヤルで行います。ですが、これは結局入力の電力の調整をしているのです。
結局、現状では魔力は測れていないのです。だから、全てはレイナ君の感覚、つまり魔力検知次第です。それで、このダイアルの目盛りの1.0でレイナ君の全力の魔力程度、0.5でその半分程度ということです。極めて原始的なもので、お恥ずかしい次第です」
それに対して香川教授が名波を絶賛する。
「いやいや、これは歴史に残る画期的な成果だよ。なにしろ、この2ヶ月で電力を魔力に変換できたのだから、つまり魔道具がレイナ君なしでも使えるということだ。とりわけ、治癒の魔道具は凄い性能のようだから、それだけでも大きい。
それに今この装置は出力をレイナ君の魔力に制限しているけど、電力をあげればもっと大魔力を出せる。だから、レイナ君の魔法よりずっと大きな魔法を使えるだろう。魔力強度の測定にしても、今の成果からすれば時間の問題だ」
しかし名波はまだ自分の成果に自信が持てないようである。
「いえ、電力を魔力に変換できたのだって、文献に載っていたイギリスの成果を、少し変えて応用したらできただけです。まあ、命題をクリアできたので嬉しいことは嬉しいですが。今後、携帯化と魔力の強度測定については頑張りますよ」
そこに田宮は香川に同意して言う。
「いや名波先生、これは素晴らしい成果です。治癒の魔道具があっても、魔力発生器がなければ、レイナ嬢が必ず治療に必要になります。昨日、我々とレイナ嬢は魔道具を使ってある女の子の命を救いました。でもこのやり方では、レイナ君に無理をしてもらっても救えるのは精々日に2~3人です。
しかし、この魔力発生器があれば、日本におけるガンによる死者33万人の大部分を救えます。また、年間100万人の新たな患者について、今のように長期を要せずに簡単に治療できます。そして、これはガンのみではありません、外科でも助からない命が助かり、遥かに短時間に復帰できます。
それをこの魔力発生器がもたらすのです。我々は大いに感謝していますよ」
田宮は名波に近寄って手を差し出し、さらに真摯に言う。
「本当にありがとうございます。我々は救えない命があることが辛いのです。そして病気で長く苦しむこと、その家族が苦しむことを見るのも辛いのです。それをあなたのこの装置が救ってくれるのです」
名波はその言葉に感激し涙を流して、相手の手をしっかり握る。
そして、その後に甲斐も進み出て、名波に手を差し出す。
「私は、昨日は魔道具など信じていませんでした。田宮がまた変なことをやってと思っていました。助かった患者の主治医は私だったのです。いきいきとしていた少女が、病気でやつれ髪が抜け間もなく死ぬのを見るのは辛かったです。でも、田宮が魔道具を持ってきてくれて少女は助かりました。
そして、貴方の作ってくれたこの装置があれば、沢山の人々を救えます。本当にありがとう!」
名波は尚も溢れ出る涙を拭くことなく、甲斐の手をしっかり握った。




