箱庭のかじ取り
どのお話からでも読める一話完結掌編です。
令和日本に似た箱庭世界、幻想怪異発生特別区──通称「特区」。そこに出現するモンスターや怪異、怪人たちと、そこに住む住人たちとの奇妙な交流、共存──。
箱庭で起こる不思議なできごと、物騒で理不尽な事件、振り回される人間みたいなものの生活を書いています。
ファンタジーに近い少し不思議な表現があります。
R18に至らない成人向け表現、ゴア表現、欠損描写、グロテスクな内容を時折含みます。(成人向けではない商業小説程度の内容です)
創作家さんに100のお題よりお借りしています。
009. かけら
書物はそれだけで完成するのではなく、全てがパズルのピースのように未完成の状態で、それらが組み合わさって書物の世界を形成している。完璧な世界などない。このマニブス・パルビスという街のように……。
「あー、もう。今月は新刊が多いなあ、」
もったりとした黒髪に分厚いレンズの眼鏡をかけた司書が頭を抱えていた。パソコンの画面に羅列された情報は今月発売された書籍のリストで、自治会図書館はその中から数種類を選択し、図書館に所蔵することになっている。自治会から提示されている予算は多くない。そのわずかな予算内で新刊を選択するのは司書の役目だった。
「どのジャンルにしましょうか?」
新たに図書館に配属された後輩が眼鏡の司書に問いかけた。所蔵図書選択は初めてのようだ。
「ちょっと待ってね!」
眼鏡の司書の喉が唸る。新刊はとりあえず、新刊コーナーに置かれるだろう。しかし、その後である。新刊コーナーから本来のジャンルに配架された際に何が起こるか、それをある程度予測して購入する本の選定を行う必要があった。
慎重にならざるを得ない理由はこの図書館がマニブス・パルビスという街にある図書館だからである。普通の図書館ではない。図書館内にあるすべての所蔵図書はこの小さな箱庭に干渉するのである。
この眼鏡の司書も配属当初、好みの本を入荷したことにより下水システムを崩壊させ、東地区を糞尿塗れにした張本人であった。
配架はバランスが重要だ。入荷する新刊、そしてその本をどの本棚に置くのか……。世界に起こる不可思議な事象の一部がこの施設の本の並びにかかっているのである。
入荷する本とマニブス・パルビスへの干渉内容はまったく関連性がないわけではない。眼鏡の司書が配属された際に購入した図書は街の水生生物海をテーマにした画家の画集であった。つまり、水関連の書籍を選択し、配架するとおそらく干渉は水に関係することだと予測できる。それを推測しながら、新刊選定をすることが司書に科された任務であった。
「あ、ちょっと待って、」
「どうされました?」
背中を反らせて椅子に座り頭を抱えていた眼鏡の司書が画面内の文字の羅列を見て前のめりになる。
「璃々村先生の新刊が出てる」
「なんですって?」
「璃々村先生をお知りにならない……?」
先輩司書が指さす。璃々村と書かれた今月発売の絵本。薄桃色のカバーにお姫様と王子様と思しき可愛らしい絵が描かれている。子供向けの童話だろうか。
「有名なんですか?」
「私が好きなだけ」
マニブス・パルビス外の作家らしく、取り寄せは外のブックセンターになっていた。眼鏡の司書は先ほどまで唸っていたのが嘘のように、滑らかな手つきでその本を選択すると配架依頼を出していた。
「……そんな簡単に決めちゃっていいんですか?」
「いい、いい。あんたも好きな本一つ選んでいいわよ」
新人司書に図書館の新刊選定の方法を、身をもって教えるのも先輩の仕事ってね。眼鏡の司書が分厚いレンズをきらめかせてにやり、笑う。
「じゃあ、私はこれにします」
新人司書の指さす先には『整理の方法』という書名が乗っていた。
「さて、何が起こるか……。来週、その目に焼きつけなさいね」
***
ある日、マニブス・パルビスに住むすべての人間の男は、目覚めると薄桃色のドレスに身を包まれていた。困惑の中、家から出てみると建物の形は王子様の頭部に変化しており、緑色の液体を鼻から吹き出させている。
隣の家も同様で、窓から顔をのぞかせていた少年もピンク色のドレスを着せられていた。お互いに、何が起こったかわからないという表情を浮かべ、視線を交わす。
一方、図書館でも事件は起こっていた。
「まさか、『整理の方法』が図書館に干渉するとは思わなかったわね……」
眼鏡をかけた司書が頭を抱えていた。
出勤してみたならば、図書館にある全ての本が無くなっていたのだから。
読んでいただきありがとうございます☺
読者の皆様に少し不思議な出来事が降り注ぎますように……!
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