違う自分になりたくて
お題は創作家さんに100のお題よりお借りしています。
086.相違
すげー効くやつがあるんだよ。取調室の椅子に座った男が話し始める。ここは警備署の留置場。部屋の中には二人の人間がいた。警備署員と麻薬の売人。ここでは事情聴取が行われているのだ。
「『鏡の国』という麻薬のことだろう。君はそれをよく知っていると思ってね。ここに呼んだんだよ」
「呼んだんじゃなくて、別件でしょっ引いたんだろ? 物は言いようだな」
「どういう薬なのか教えてくれるかい? ちょっと困ったことになっていてね」
新手のドラッグ『鏡の国』が若年層に流行している。人体に興奮刺激をもたらさないダウナー系ながら、幻覚を見せる作用があって中毒性が高い。自治会でも危険視され、規制をするために動いている最中だった。しかし、その全貌が見えない。そのため、売人の一人が引っ張られてきたのである。
「あんた、叶わない願いが叶うとしたら、どうする?」
逮捕した男が署員に聞いた。
「それが『鏡の国』とどのような関係があるんだい?」
叶わない願い。それを叶えるチャンスがあれば飛びついてしまうかもしれない。そんな思いを持ちながら、警備署員は別の質問で返した。ここで話に乗ってしまえば相手の思うつぼだ。
「『鏡の国』にはそれができるんだ」
売人が続ける。
『鏡の国』が幻覚として見せるのは、叶えられなかった夢、うち破られた憧れ、こうあればいいという虚構の世界だという。嘘の世界を写す鏡なので、『鏡の国』と名付けられたのだ。
自分が成功した姿を何度も体験できるとあって、繰り返し濫用する。依存性が高いのはそのためだった。
「努力しなくても、いい夢見られるっていうなら、飛びついちまうだろ?」
売人が嗤った。
中毒の末期になると割れた鏡のように、身体がひび割れるらしい。




