残された家
間違って転生届を提出した者の末路。
創作家さんに100のお題よりお借りしています。
071.残る
役所で転出届を出すつもりが、間違って転生届を出してしまったらしい。
気が付けば家になっていた。それはそうだ、転生先の欄に今の住所を書いてしまったのだから。
家の中では恋人が俺の死体を抱いておいおい泣いている。どうやら、転生前の俺は死んでしまったようだ。
「泣くなよ」
天井から泣いている恋人に向かって慰めの言葉をかけた。前の俺は死んだらしいが、今の俺は家になって生きているんだ、と。
その声は届いているものの、どこから発せられた声なのかはわからないようで、恋人は泣いて怯えながら、俺の声に耳を傾けていた。
俺は家に転生するに至った事情を説明する。恋人はとりあえず、転生トラブルを解決する専門の業者に相談をしに行ってくれるらしい。
業者は家となった俺を見に来てくれた。俺は今すぐ元の身体に戻りたいことを伝える。幸い、身体はまだ火葬をしておらず、死んだばかりで多少の新鮮さがあった。
「元の身体に戻ることはできないんですか」
「人生が終わってますからねえ……」
業者が言った案は二つ。
このまま家として生活をするか。あるいは、一度、家としての人生を終わらせて、別のものに転生するか。
「ただ、次は転生先を選べませんよ」
転生先を選べないと、恋人と生き別れることになる。それは、困ると二人で結論を出し、俺はしばらく家として生きることになった。
しかし、家と人間との愛のある共同生活が上手くいくはずはなく、恋人はすぐに新たな愛人を作って、家の中で関係を持つようになっていた。
「やめろ! やめろ!! 俺の中でいちゃつくんじゃない!」
言葉を発する家に、愛人は恐れをなして逃げて行ったが、恋人も愛想をつかして出て行ってしまった。
残された俺は、今すぐにでも別の生き物に転生したかったが、事情を知るものはなく、しばらくは家として生きるしかないらしい。




