明日になれば咲く
性質を引き継ぐ花のお話です。
創作家さんに100のお題よりお借りしています。
059.継承
妻と喧嘩して口紅を折った。気に入っていたその色を捨てるのが忍びなく、私は折れた部分を庭に埋めた。ルージュのお墓。生まれ変わってまた出会えますように。
そう祈って口紅を埋めた場所から、翌日、鮮やかな赤色の花が咲いていた。折れた赤い化粧品と同じ色をしたその花弁はつやつやとして美しい。私はその花をルージュの代わりに愛することに決めた。
妻にあげたプレゼントの包装紙がぐちゃぐちゃになっていたのを気の毒に思い、私はその包装紙をルージュの花の隣に埋めることに決めた。ここは特区。あの赤い花が咲いたのだ。他の花が咲いても不思議ではない。花が増えるのは良いことだ。乾燥した無味の生活に潤いが出るから。
翌日、青い包装紙を埋めた所からは青い花は咲かなかった。代わりに、あの赤い花の花弁に変化があった。鮮やかな赤色だった花びらは地の色が青い白い水玉の模様に変化していたのだった。あの、包装紙と同じ模様に。
どうやら、この花は埋めたものを養分にして、その性質を受け継いで咲く花の様らしい。
不思議なものが庭の一角に生えている。私は妻にそれを話したかったが、彼女は私を無視して自室へと戻って行ってしまった。
妻の誕生日に、私はケーキを用意していた。当日に彼女は家に帰らず、ケーキは無惨にもゴミ箱の中に捨てられている。
可愛そうなお菓子。食べられるために作られたのに、こんな仕打ちを受けて。妻と私のどちらが悪いのかわからないまま、私はケーキを庭に咲いている花の隣に埋めた。このケーキを餌にして、この植物はどのような花を咲かせるのだろう。
翌日、晴れた空の下、庭に出ると甘ったるい匂いが広がっていた。あの花の元に行く。花弁の水玉模様に変化はなかった。しかし、花の真ん中から覚えのある匂いが漂っている。昨日、埋めたケーキの匂いである。
やはり、この花は他の物の性質を受け継いで花を咲かせるらしい。口紅の赤い色を、包装紙の青と白の水玉を、ケーキの甘い香りを。愛らしいものを引き継いで咲く花は美しい。
ある夜、妻と喧嘩した私は彼女の頬を打った。
「なにすんの、くそ女!」
私を罵倒した妻をもう一度叩いた時、彼女は私が思うよりも遠くに飛んで、当たり所が悪かったのだろう。そのまま、動かなくなった。
茫然とする私。そこから、庭が見えた。庭には花が咲いている。性質を継承する花が。
急に自分を取り戻した私は妻を花の隣に埋めた。殺そうと思ったわけじゃないの。叩くつもりもなかった。戻ってきて。お願いだから……。
翌日、妻に会って謝りたい……その一心で庭にやって来た。嗅いだこともない腐臭が漂う。
花は咲いていた。どす黒い緑に変色した花びら。その根元から緑色に変色した女の上半身が這いだしていた。土の中からは白い根が覗き、微かな臭気を放っている。少し掘ってみると根腐れしているようで、ぶよぶよとした線が束になっている。
私が美しいと愛した妻は、この花からすれば、美しいものではなかったらしい。
崩れてしまいそうな身体を抱きしめて、私は少しだけ泣いた。




