時間を戻す
プロのマジシャンと野良のマジシャンの話です。
創作家さんに100のお題よりお借りしています。
069.magician
「あっ」
その小さな声で、失敗したのだとわかった。
「切断したの?」
「しゃべらないで」
「間違って、切ったんでしょう」
「あんまり動くな。これ以上、バラバラになったらどうするんだ」
黒い燕尾服絵を着た相棒が顔をこわばらせて、私を見た。
動くなと言われたって、自分の身体が切断されているのだ。動揺しない方がおかしい。
「とりあえず、痛み止めちょうだいよ」
「痛むのか!?」
「痛くはないけど、急に痛くなったら困るでしょう?」
そう、今は私は切断マジックの箱の中にいる。箱の中はマジックの真っ最中だから痛みも流血もないものの、いつ何かの拍子で現実世界に戻ってしまっては困る。どれだけ血が流れるかもわからないし、その分、痛いに決まっている。
「とりあえず、ショーは中止にしてもらうようにホールの支配人に言ってくるよ」
参ったなあ、と言いながら舞台の裾へと降りていく黒服の背を見送る。他人ごととは、まさにこのこと。
――勘弁してちょうだいよ。
燕尾服の男――マジシャンは、自分が切断マジックの切られ役にならないからか、どうにも抜けている所がある。切断マジックで失敗されたのは初めてだが、トランプに逃げられたり、鳩に逃げられたりと詰めが甘いのだ。
セクシー衣装のアシスタントの私はため息を吐いた。もっと腕のいいマジシャンのアシスタントになれないかしら。
***
切断マジックが失敗してから、小一時間。
マジシャンとホール支配人が連れてきたのは一人の痩せた男だった。妙に着飾って、チャラチャラとアクセサリーをつけているこの男は、支配人の知り合いの魔術師なのだそうだ。
「マジシャンが魔術師に助けられる、ですって」
私が鼻で笑うと、切断マジック失敗マジシャンが私を睨みつけた。
「まあまあ、そんな喧嘩しないで……。この中で、身体が切れてるんだって?」
私と私の身体が入っている箱をじろじろと見ながらチャラ男が言った。
「そう。だから、時間を進めて成功させるか、時間を戻してマジックの前の状態にするか、どっちかでいいと思うんだけどね」
支配人が言った。
時間を進める? 時間を戻す?
失敗マジシャンと再び目が合った。一体、何の話をしているんだろう。
「マジック失敗したんだろう? じゃあ、進めたら大惨事だ。戻そう」
私たちの理解が及ばない会話をホールの支配人としながら、魔術師と呼ばれているチャラ男が、私の入ったずれた箱をじっと見つめた。
ズズズ、と鈍い音を立てて箱がゆっくりと動く。その動きに合わせて私の身体の中では何か硬いものが移動していく。気持ちがいい感覚ではなかったが、チャラ魔術師が真剣な目で箱を見つめていて身じろぎすることはできなかった。
――早く終わって。
そう思った直後に、箱に刺さった複数のナイフがカラン、と音を立てて床に落ちた。
箱を見つめていたチャラ男がもういいよ、と息をつく。
促されるままにマジシャンが箱を開けると、私の身体は切断前の元の身体に戻っていた。
***
「今日でもう、マジシャン業は終わりにするよ」
失敗マジシャンがため息をつきながら言った。そう思っても不思議ではない。目の前で、自分のマジック以上の魔術を見せられたわけなのだから。
「えー、勿体ないからやめておきなよ」
「しかし、時間を戻すような人がいるのに、マジシャンなんかやっていても仕方がないだろう」
「別に人を楽しませるために時間を戻しているんじゃないよ。私の本業は美容師だし」
もう失敗すんなよ、と言って時間を操るな術師は帰って行った。
興行は成功。
しかし、マジック中も私はあの魔術師の事が頭から離れなかった。あんなにすごい技を持っている人間がまさか美容師だなんて……。
***
ある日の美容室。ジャギ、と嫌な音が鳴り、床に髪の毛がひと房落ちていた。
「あ、動くなって言ったじゃないですか」
「えっうそ、変に切れてる」
「そりゃあ、動いたからね」
客の髪の右側が不自然に切れている。鏡の前で茫然とする客に動じもせず、スタイリストは施術続行。
「とりあえず切り直すから、一回、目を閉じてて」
失敗したにも関わらず淡々と話す美容師に動揺しつつも客は言うとおりにした。
美容師が床に落ちた髪の毛をじっと見つめると、髪の毛がふわりと舞い上がり、元の場所に戻っている。
「はい、いいよ。もう動かないでね」
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