しびとがえり/ほとけおろし
祈祷師二編。女は怖い。
創作家さんに100のお題よりお借りしています。
020.術
一 死人帰り
今回は死んだ娘の魂を連れ戻して欲しいという依頼だった。所謂、死人返りの術を所望されている。娘は数日前に死んだという事で、ごく簡単な依頼だった。
何事も鮮度が大事。人を呪いたいという怒りも、遺体が腐らないうちに魂を戻すのも、とにかく鮮度が落ちてはどうにも上手くいかないものだ。
条件を事前に確認して安請負したものの、実際に目の前に現れた死体は鮮度がいいなんてものではない。腐った肉特有の甘い臭いと粘ついた体液を垂らす、青く変色した死肉が準備されていた。幼くして死んだ愛らしい娘ではない。つぎはぎだらけの娘が目をひん剥いて倒れている。
「この娘に私の娘の魂を降ろして欲しいのだ」
視線には試すようなじっとりとしたものが籠っていた。
これは予想だが、男が言う『私の娘』とこの用意された『この娘』は違う存在だろう。
じゃあ、本物の娘はどこに……頭をよぎる。しかし、余計な詮索は無用。
「私は帰すだけ。あとは知らないよ」
死人を戻した瞬間から、術師と魂の縁は切れる。その後は死人返りした者と戻した者、当人たちの問題だ。男と娘の間に何が起こるかはわからない。帰した存在と縁が切れる以上、ある身体に違う魂を宿した結果など知る由もない。
遺体を前に名前を呼び、呪文を唱える。空間が変化し、身体は黄泉平坂へと飛んでいた。下れば、目の前に歩く小さな影がある。男は娘の名前を偽らなかったらしい。少女の肩を叩くと男が示した顔がそこにあった。その身体を呪力で捕まえ、元来た道を歩いて戻る。
少女は真っ赤な目をしていた。その瞳は炎を宿したようにゆらゆらと動き、何個のも目で現世への入り口を睨みつけている。
***
祈祷師は去った。
娘の死人帰りを依頼した男は、継ぎはぎで傷だらけの娘を掻き抱いていた。
「前のとは違うものだが、よくできているだろう。頭の上からお腹の中身まで人形師に作らせた生身の身体だ。これでまた父を喜ばせておくれ」
男の娘の身体は既に失われていたのだった。それでは、本物の娘の身体はどこへ……?
謎は明かされないだろう。
娘はしばらされるがままになっていたが、突然キッと父を睨みつけた。同時に、あらゆる方向から男を何者かが押さえつける。男の顔や耳を引きちぎる強い力。四肢に咬み付く獰猛な歯。男の髪を掴み、影は床に叩きつける。
その様子をじっと娘の身体が眺めている。
娘は帰ってくるときに継ぎ足された娘達の魂も連れてきたのである。
男は羽交い絞めにされ、あっという間に八つ裂きにされてしまった。
「けだものめ!」
後にはバラバラになった肉だけが残されていた。
二 仏おろし
「私の専門は冥婚であって、仏おろしではないのだが……」
依頼人を前に、祈祷師が頭を掻いている。
今日、暖簾をくぐったのは老夫婦。嫁に出した娘が婚家で早死にした。理由はわからないが、どうやら数人の娘が同様に死んでいるらしい。
「祈祷師さんの専門なんてこっちはわからないんです! お願いします。突き止めてください!」
結局、押し切られた。その日のうちに初夜まで済ませる羽目になってしまったのだった。
夜、死んだ娘は申し訳なさそうに縮こまって座る。
「急ごしらえの夫ではあるけれど、大事にするよ」
事情を聞けば、娘は泣きながら毒殺されたことを語った。何人もの娘が毒牙にかかっている、と。
「なるほどなあ、」
祈祷師は左手の薬指に娘との結婚指輪を嵌めていたが、思いたったように懐からいくつもの指輪取り出した。
「あの、何を……」
「みんなで呪いを返しにでも行ってみようかと思ってね」
君も存分に暴れまわりたまえよ、と。
***
近く、件の男に、術師が化けて入った。教えられた通り、初夜の水には毒が盛られている。
「私はあなたよりも甲斐性があるものでね、」
種明かしをして、祈祷師が男に語りかける。
他にも殺されたあなたの嫁――今は、私の嫁だが――を連れてきたんだよ、と。
男に殺された数の女の分だけ、術師の薬指には結婚指輪が嵌められていた。
殺された女たちはいっせいに元夫に掴みかかり、あっというまに男の魂は砕け散ってしまった。
「おかげで、気持ちが晴れました」
女たちは笑顔で成仏。その様子に祈祷師は呆気に取られていた。
頭を掻きながら、ぼやく。
「こんなにいっぺんに嫁さんに離縁されたのは初めてだな」
左手の薬指には何も残っていなかった。




