あの日のヒーロー
ヒーローになりたい話です。
創作家さんに100のお題よりお借りしています。
039.弱冠
ヒーローになるのが夢だ。
この街ではモンスターや得体のしれない呪いたち、反自治勢力の輩がうじゃうじゃと存在する。それらと戦い、住人を守る。派手なアクション、大技、敵を破壊して、住人達から声援と感謝の言葉を浴びる。ヒーローにとって最高の瞬間だ。
子供の頃、ヒーローに守られたことがある。路上での鬼ごっこ。躓き転んだその場所に大型の車が空から突っ込む。
その時は、車とも認識できていなかった。事が終わった後にすべてを聞かされたのだ。
暗い影が迫り、何の行動もとれない子供の前に、赤い影が躍り出た。
「――レッド参上!」
赤いスーツに包まれて、輝くその姿はまさしくヒーローだった。
大きな破裂音は車が道路にぶつかって壊れた音。身体はそこから数メートル離れた場所で保護されていた。
「大丈夫か? けがはないな?」
肩をパンパンと叩かれながら、、無事でよかったと声をかけられたことは忘れられない。
そんな漢に憧れて、ひと月前に、自治会警備署に入職した。
警備署は地味な仕事ばかりだ。署長は日々の雑務も立派な仕事だよと話す。
「平和を守ることよりも大切なのは、平和である事ことだからね」
手柄を上げたかった。ヒーローになりたい。認められたい。躍起になって、単独行動をし始めた。拾得物を持ち主に還す、落とし物を失くした場所に出向いて探す、非番の日でも残業をして住人の困りごとについて話を聞く……。
大きな事件は起きない。ヒーローが解決するような事件は――。
老人とはぐれた犬を探している最中、目当ての犬を襲う呪いと遭遇した。
犬に赤黒く光る呪詛が巻き付いている。犬は必死になって逃れようとするが、半分が体内に埋め込まれて苦し気な表情を浮かべていた。
犬が呪いに囚われて狗神になるという話は珍しくない。憑かれれば元の気性に関係なく、老人が願えば誰彼襲う悪魔になるだろう。人の良さそうな男の心配そうな言葉を思い出した。戻って来れればいいけどねえ……。
一瞬の躊躇の後、俺は犬に飛び掛かった。そのまま呪いを解きほぐそうとポケットから祝福を受けたナイフを取り出す。これで、呪いを断ち切るのだ。
同時に、警備署に繋がるトランシーバーが地面に落ちた。衝撃でスイッチが入ったようだ。
所長が何かあったか? と問いかける。
『緊急です。探し物を見つけましたが、一人では対応できません。至急、応援をください。お願いします』
躊躇はなかった。犬も自分も呪いに巻き込まれては元も子もない。
駆け付けたのは署長だった。弱らせた呪いに反対呪文を唱え、犬も俺も無事だった。
「よかった、よかった。一人で立ち向かわずに、よく呼んでくれたよ」
一人では何もできなかった。弱い警備署員だったと吐露する。
署長が否定した。君がとった行動は全て勇敢な行動だった、と。
「その血気盛んな性格を失くさないでくれよ!」
屈託なく笑いながら、肩をパンパンと叩かれながら。




