Bless you
一日がハッピーだと、そこから一週間くらいハッピーな一日が続きますね。
創作家さんに100のお題よりお借りしています。
011.祝
今日は良い日ですね、と声をかけるのが私の仕事だ。
特区の祝いと呪いのバランスをとる小さな事業所があった。住人に声をかけて、祝福と呪詛を調整するのである (もちろん、自治会の承認を得ている)。
職場からは祝か呪か、いずれかの魔法が声に付与されている。
声に呪いが付与された者は「今日は悪い日ですね」と住人に声をかけていく。話しかけられた者は、その日一日都合の悪い生活を送ることになる。
反対に、祝福の魔法が付与された者に声をかけられると一日、祝われたような時間を送ることができるのだった。
私に支給された魔法は祝福の力。
すなわち、私が声をかけた者は良い日になるのだ。
具合が悪そうなモンスターにも、呪いがかけられた薬指にも、きょろきょろと怪しいサラリーマンにも。等しく声をかける。その誰もが私の声かけで祝いの一日を送る。
人を祝う仕事も一苦労だ。ノルマはないが、話通しで喉は酷使される。休みなく歩いては声をかけなければならないため、実は非常な肉体労働である。報酬もその苦労を鑑みると決して多くはない(贅沢のないひと月の生活ぎりぎりだろうか)。
しかし、住人の笑顔がある。声をかけた人がパッと明るくなる。幸せな仕事だと思う。
ある日、閉じかけている穴があった。縁がしわしわと委縮し、人間を一人、異界へ誘うことも難しそうな元気のない空間の入り口だった。
人間でも怪異でも落ち込んでいる者に声をかけるのは気が引ける。最悪の気分の時に、今日は良い日ですね、と声をかけられれば、憤慨することの方が多いだろう。
でも、声をかけるのが私の仕事で、「今日はいい日ですね」と声をかけなければ魔法がかからないのである。
意を決し、穴に向かって声をかけた。私の声はたちまち穴の中に吸い込まれていく。
馬鹿にしているのかとでも言うように、今度は穴が私自身を吸いこもうとした。力ない吸引が私の身体をゆっくりと穴に近づけていく。今にも、私の足が縁に触れようとした瞬間。
穴は暗闇の底から輝きを放ち、委縮して歪んでいた形を取り戻す。人間の身体を吸いこもうとしていた穴は、反対に、金銀細工や小銭、キャッシュカードや高価なモンスターの皮などを吐き出していく。
山のように重なる贅沢品に私は困惑する。続々と住人も集まってきてしまった。
「あんた、運がいいね」
一人の男が私に声をかけた。
「この穴は、穴は穴でも幸運を授けてくれる穴なんだよ」
祝いの言葉を穴にかけた私は、図らずも、自分が祝われる立場になっていたらしい。
その日は、祝福を受けたようなハッピーな気分で過ごすことができた。




