雪虫のお返し
雪の季節にやって来る蟲はさまざまな姿に形を変える。
どのお話からでも読める一話完結掌編です。
令和日本に似た箱庭世界、幻想怪異発生特別区──通称「特区」。そこに出現するモンスターや怪異、怪人たちと、そこに住む住人たちとの奇妙な交流、共存──。
箱庭で起こる不思議なできごと、物騒で理不尽な事件、振り回される人間みたいなものの生活を書いています。
ファンタジーに近い少し不思議な表現があります。
R18に至らない成人向け表現、ゴア表現、欠損描写、グロテスクな内容を時折含みます。(成人向けではない商業小説程度の内容です)
創作家さんに100のお題よりお借りしています。
024.雪
雪の季節にやって来る蟲はさまざまな姿に形を変える。
カーテンを開けると粉雪がちらちらと降り始めていた。今年は寒さが来るのが早い。まだ冬支度もしていないのに……、と苦笑しながら最低限の防寒をして玄関を出ると、それが雪ではないことに気が付く。
「あら、雪じゃないわ」
それはそうか、と納得する。確かに寒さは強くなっているが、まだ雪が降るまでのひと行事を済ませていない。
粉雪だと思ったものを掬うと、指の中で白い小さな羽を付けた蟲が細かく動き回っている。
特区の初冬に雪虫がやって来たのだった。
雪に似たその蟲は雪が降る前触れ。本格的な冬が来る前に大量に現れては雪が降る前にどこかに消えていくのである。
雪虫は様々な姿をして人を楽しませる。去年は巨大なリースを作り特区のメインストリ―トを大いに賑わせた。今年はどんなパフォーマンスを見せてくれるのだろうか。
***
無数の虫の出し物は羊の大群を模した行進だった。街を闊歩する羊――もとい雪虫を愛でる特区の住人たち。白いふわふわの感触と愛らしい羊の仕草は子供から怪異まで様々なものを引き寄せ楽しませる。
ところが、翌日、羊どころか雪虫が忽然と姿を消してしまう。
前代未聞の事だった。冬の最中、すべての期間に雪虫がいるわけではない。しかし、雪が降る前にいなくなることは今までなかったのである。
生態系が変わったのだろうか。心配する住人だったが、それが理由ならば無理やりに彼らを戻すことはできないだろう。
雪虫がいなくなって数日。寒さが強くなり、ここぞとばかりに、防寒具用品を売る個人商店が特区内に開店し始める。
質のいい羊の毛を使った商品が人気だ。これで今年の冬を越すこととしよう。
雪虫がいなくなったのを悲しみつつ、住人は各々、冬の支度を始めていく。
***
暫くして、特区西警備署にある住人が訪ねてきた。遺失物係への依頼は『雪虫を探してほしい』。
住人は署員にマフラーを差し出した。上等な羊の毛で編まれた白いマフラーの中に交ざる細い手足――それは、消えた蟲たちの手足。
開店した防寒具の店で売られているものは本物の羊の毛を使ったものではなかった。集まった雪虫は捕えられ、羊の毛の代わりとして利用されたのである。
冬の風物詩をそんな使い方するなんて……、住人は怒りを隠せなかった。
***
しかし、特区のモンスターを狩っただけでは、警備署が身柄を確保することは難しい。
警備署が額を寄せ集めているなか、立ち上がったのは特区の住人たちである。
直し屋が中心となり、マフラーにされた蟲の手足を集め、ひとつひとつ雪虫へと再生していく。できる限りの修理を施された雪虫の大群は、直し屋の窓からメインストリートへと向けて飛び立っていった。
***
小さな存在だった雪虫たちはいまや大きな復讐者となった。
雪虫の形を成した群れは、その大きな手足で商人を捕え、身体の中へと飲み込んでいく。無数の蟲の中で肉が引きちぎられ、血がまき散り、あっという間に黒い影に纏わりつかれて見えなくなった。
雪が降る。
商人の身体は食い散らかされ、死体は雪が積もってやがて見えなくなっていく。
雪虫はいつの間にか姿を消していた。
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