誰にそれを返すのか
そこに本はなかった。
【マニブス・パルビスシリーズとは】
どのお話からでも読める一話完結掌編です。
令和日本に似た箱庭世界、幻想怪異生特別区──通称「特区」。そこに出現するモンスターや怪異、怪人たちと、そこに住む住人たちとの奇妙な交流、共存──。
箱庭で起こる不思議なできごと、物騒で理不尽な事件、振り回される人間みたいなものの生活を書いています。
ファンタジーに近い少し不思議な表現があります。
R18に至らない成人向け表現、ゴア表現、欠損描写、グロテスクな内容を時折含みます。(成人向けではない商業小説程度の内容です)
創作家さんに100のお題よりお借りしています。
006.無数
特区自治会図書館に無数の部屋と呼ばれる閉架書庫がある。自治会の中でも一部の人間しか中に入ることができない。一、身分証の提示、二、自治会に加入していること、三、自治会員を伴っての入室で入ることが可能だ。
「あーん、どうして私が当番の日に無数の部屋の利用者が来ちゃったのかしら」
分厚い眼鏡に野暮ったい黒髪の女だった司書が嘆く。
「部屋の利用者が警備署の人間だったことを喜んでください」
警備署員の身分証を手に、いばら署員が司書に言った。
司書とて例外はない。普段の業務中では条件の三番目をクリアすることが困難だっただろう。本日は警備署員と相互の同伴で許可を得ることができたのだった。
「さっさと探し物見つけちゃってくださいね!」
書庫に入り、司書の後ろでいばら署員が息をのんだ。
そこに本はなかった。部屋は暗く、永遠に続くトンネルのような深い暗闇が続いていた。その中で無数の光が揺れている。尾を引く姿は本の中で見た魂の形のよう。
図書館の外観からは想像もできなかった広さだった。単に本を所蔵しているわけではない。見かけどおりに判断してはいけない代物だ。
二人が仲に進むと光が二人を避けた。遠巻きに見られている。
そもそもどうして、無数の部屋に立ち入ることになったのか。
***
遺失物係は拾得物係も兼任している。届けられた物が遺失物だったことが事の発端である。
記憶を探してほしいという依頼がひと月ほど前にあった。受理したが、発見できないまま依頼主が死亡し、届け出終了となった。
その失くした記憶が見つかったのである。
手元にある記憶を記憶に組み込めばよろしい。かくして、無数の部屋で対象の記憶を探すことになったのだった。
「依頼人と記憶の持ち主は違う人間だったんですか?」
赤の他人が人の記憶を探すことなんてある? と司書が疑問を呈した。
「それが、全くの赤の他人と言うわけではなかったのよね」
いばら署員が書類を提示する。依頼人の写真を見て、司書がああ、と納得した。
写真の中には無数の顔に包まれた、首のない人間が写っていた。首がないというよりは首は肩から下に無数にあると表現するのが正しいか。
そのうちの一人の記憶を失くしたんですって。
依頼人に記憶を戻すか、記憶の持ち主に戻すか審議となったが、本人に戻すこと決まった。
依頼人に戻すのはちょっと違うという話になったのよ、そう言いながら、いばら署員はこの無数の部屋の中で無数のうちの一人の記憶を探す作業に取り掛かることになったのだった。
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