報いる声帯
それは水を吸って元の形を取り戻していく。
【マニブス・パルビスシリーズとは】
どのお話からでも読める一話完結掌編です。
令和日本に似た箱庭世界、幻想怪異発生特別区──通称「特区」。そこに出現するモンスターや怪異、怪人たちと、そこに住む住人たちとの奇妙な交流、共存──。
箱庭で起こる不思議なできごと、物騒で理不尽な事件、振り回される人間みたいなものの生活を書いています。
ファンタジーに近い少し不思議な表現があります。
R18に至らない成人向け表現、ゴア表現、欠損描写、グロテスクな内容を時折含みます。(成人向けではない商業小説程度の内容です)
創作家さんに100のお題よりお借りしています。
016.寄り添う
いつ死ぬともわからないと言われていた。最期に何が欲しいと聞かれたから、美しい歌が聞きたいと願った。
与えられたのは干からびて捩れた筒だった。
死ぬ間際の人間に対して薄情な仕打ちだと思った。それも、美しい物を求めた者に対して、このようなみすぼらしい物を与えるなんて。
しかし、見舞いの品として贈られた物を無下にすることもできない。不気味なそれは仰々しい台座に置かれ、机の端に鎮座することとなった。
ある日、それを濡らしてしまった。手から離れたコップが水を零す。吸い寄せられるようにして、その乾物に水が引き寄せられて、止める間もない。
不思議なことに、干からびたその筒は濡れて艶めき、はあ、とため息を吐いた。
色気を感じさせる吐息だった。
それは水を吸って元の形を取り戻していく。筒状の部分とその先端に着いたざらついたへら。
水を。
筒から音が出た。はっきりと。
「水を頂戴。もう干からびているのはこりごり。塩水ならばなおよい。海に還りたいのよ」
看護師を呼び、所望された物を用意させた。少しづつ塩水を与えると筒の先はナメクジのようにぬめりを持ったものになった。
それは舌だった。
今や瑞々しい筒は筒は水をくれたお礼に、と歌を歌った。
喉を切りさかれ
舌をねじ切られた
海から離れて
ここはどこだかわからない
仲間は死んだ、同じように
私は一人で
異国の地で歌う
物悲しい詩とは裏腹に、その歌声は美しい。
「もっと歌たってくれれば、貴方を元のいた世界に還してあげる」
きっとその言葉は反故になる。死期が近づいて、ベッドから動けない日々が続いている。歌う器官を元の世界に戻すことはでき
ないはずだ。
声帯は毎日歌った。元の世界に戻ることを夢見る歌。海が恋しいという歌。美しいサンゴと人魚の歌。
身体は日に日に衰弱していった。
命尽きる日、病室のベッドの周りには人が集まって、最期の願いをかなえようとしていた。
「歌を、歌を聞かせて欲しい」
その願いは聞き届けられなかった。声帯も舌も微動だにしない。
人魚の歌を聞くことは叶わなかった。
死を感じ取った瞬間、人魚の声帯が歌を歌った。
人魚を騙した
代償は重い
人魚の歌声を聞いた者は
人魚に焦がれて
死ぬのが定め
もう届かない人魚の歌声
読んでいただきありがとうございます☺
読者の皆様に少し不思議な出来事が降り注ぎますように……!
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