手段は問わず
どのお話からでも読める一話完結掌編です。
令和日本に似た箱庭世界、幻想怪異発生特別区──通称「特区」。そこに出現するモンスターや怪異、怪人たちと、そこに住む住人たちとの奇妙な交流、共存──。
箱庭で起こる不思議なできごと、物騒で理不尽な事件、振り回される人間みたいなものの生活を書いています。
ファンタジーに近い少し不思議な表現があります。
R18に至らない成人向け表現、ゴア表現、欠損描写、グロテスクな内容を時折含みます。(成人向けではない商業小説程度の内容です)
創作家さんに100のお題よりお借りしています。
045.人形
愛しているなど信じてはいけないのだ。
「今までに出会った人間の中で一番愛しているよ。未来永劫、これは誓って言える。君の一生を幸せにしよう。私の思いは永遠に君を包むだろう。愛してる。本当に君を愛している」
目の前にいる男は酔っていた。食事はまだ始まってもいないのに。たったワイン一杯を肴に愛の言葉を連ねていく自分に酔っている。甘い言葉に泥酔してこちらのことなど見えていないようだった。
男の気持ちは受け取らないつもりだった。好ましく思わないわけではない。特区の中では比較的社会的地位が確立されている町医者。知的で、年も近く、優しい。その言葉を受け取らないなんて、高望みだと言われても仕方がない。
受け取らない理由は、男が永遠に執着しているからである。固執しているともいえる。永遠に関する知識の収集、薬の調合、技術の習得……叶えるためならば時間も金も厭わない。医院を放って昼夜研究室に籠っている事もある。満足のいく成果を得られずに頭を掻きむしりながら唸り、呆けたように脱力して倒れ込んでいる事もあった。その様子を見ると哀れに思えてくるのである。
――変わらないものの何が楽しいのだろうか。
男が永遠を望むのには興味は持てなかったし、男にのめりこめそうもなかった。
職場がこの男の医院で、そこを辞めることは惜しかったが、男から離れてるのに勤め続けるほど図々しくもなれない。今夜の食事で、退職を告げ縁を切るつもりだ。
ふと、男の口説きが止まった。こちらが何か腹に抱えているのに気が付いたようだった。
沈黙。そのタイミングがちょうどいいだろう。別れの言葉を挟もうとして口を開く。
「あ、あ、」
言葉は出てこなかった。
ぐらりと視界が左に傾き、食前酒の入ったグラスの上に頭が勢いよく落ちる。顔全体がテーブルに叩きつけられた衝撃で頬にカトラリーが食い込んだ。
身体に力が入らない。目だけが定点カメラのように突っ伏したテーブルからの世界を映す。その視界に男が入り込む。
「永遠に私の物でいておくれ。永遠に、だ。私から離れないように、私から離れたとしても、君は永遠に生き続ける」
男の言葉が合図だったらしい。そのまま、意識をうしなった。
***
特区で薬を盛られたならば死を覚悟しなければいけない。目的が殺人であれ、人身売買であれ、違法実験であれその先に待っているものは奈落。闇の淵から這い上がって助かる人間はごく少数で、その少数の中でも五体満足でいられたものは数える程度しかいないだろうから。
微睡む中で名前を呼ばれた。男の声だ。身体を揺すられる。おはよう。大丈夫かい。もう起きる時間だよ。
瞼を開くとバチンという音がした。何度か瞬きするたびに同じ音が響く。目が酷く乾いていて擦りたかった。
「やあ、体調はどうだい?」
「まさか生きているとは思いませんでした」
男は悪びれもせずに笑いながら、僕は君に危害を加えないさと言った。
「さあ、身体を起こしてごらん」
男が試すように身体に触れる。永遠の実験に利用されたのは明らかだったが、このままベッドに転がっていても仕方がない。
身体全体が強張っていた。ずっと同じ姿勢でねていたような時のような、狭い箱に閉じ込められて身動きできずにいたような。とにかく身体全体の動きがぎこちない。特に関節を動かすたびにぎしぎしと軋み、筋肉痛のような痛みが走る。棺桶にでも入れられて運ばれたのか、縛られて犯されたのか、なんにせよ不快だ。
「私を永遠にできましたか?」
男が上機嫌なのは、永遠の実験が上手くいったからに違いない。嬉し気な様子が癪に障りとげのある声が出た。
「おっと、怒らないでくれ。今までの実験の中で一番いい成果なんだから」
「実験段階のものを人間で――愛していると告げる人間で試すなんて感心しませんね」
この男の中では自分はその程度の存在だったことが判明して落胆の気持ちが生まれた。ひと時でもこの男に好意を抱いたのを後悔する。
――馬鹿野郎。
罵倒したのは果たして自分か、この男か、どっちだっただろう。
男が宥めるように肩を抱き、手を引いて鏡の前に立たせた。
「ほらごらん、君は永遠になった」
鏡の中には自分によく似た人形が立っていた。表情筋のない能面のような顔。目を覆う瞼は閉じるか開くかの二択しかなく、動かせばバチンと音が響いた。口は辛うじて自由に動く素材だったが開けば安物のダッチワイフのような表情となり間抜けである。手足はぎこちなく動き、指は完全に握りこむことができず、マネキンのようであった。
男が酔ったように話す。病にもかからず、事故でバラバラになっても、腹に風穴があいても君が生きるのに支障は出ない。すぐに私が直してあげるし、痛みも苦しみもないんだよ……、と永遠を獲得したメリットをつらつらと説明する。
男の話は耳に入ってこない。男が施したのだろう、真っ白なファンデーションとがたがたのルージュ、塗りたくられたマスカラのダマに目が行ってそれどころではなかった。
一体、男は自分のどこに惚れて永遠にしたてあげたのだろう。少なくとも顔ではないのはわかった。
今後、この下手くそな落書きではなく、以前のようなメイクを施す細かな作業をできるようになるのか、ぼんやりとそんなことが気になっていた。
読んでいただきありがとうございます☺
読者の皆様に少し不思議な出来事が降り注ぎますように……!
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