霧に紛れる化け物
どのお話からでも読める一話完結掌編です。
令和日本に似た箱庭世界、幻想怪異発生特別区──通称「特区」。そこに出現するモンスターや怪異、怪人たちと、そこに住む住人たちとの奇妙な交流、共存──。
箱庭で起こる不思議なできごと、物騒で理不尽な事件、振り回される人間みたいなものの生活を書いています。
ファンタジーに近い少し不思議な表現があります。
R18に至らない成人向け表現、ゴア表現、欠損描写、グロテスクな内容を時折含みます。(成人向けではない商業小説程度の内容です)
創作家さんに100のお題よりお借りしています。
053.孤影
ずちゅずちゅ、濡れた床を這うような音がして、歩みを止めた。振り向く。夜の霧が月明かりに照らされて白く光る。冷たい粒子がシャツに浸透して肌にじっとりと密着する。
人っ子一人いない、暗い道があるばかり。
月が出ているからと帰宅を選択したのが良くなかった。仲間と一緒に朝まで飲む選択肢もあった。そちらを選ばなかったのは翌朝に試験を控えていたからである。仲間と違ってコネも裏金も用意できない学生には試験に通るしか単位取得の道はなかった。帰り際の友人たちの喚き声が耳に残る。
『化け物になるってわかったらどうなるかな』
『どうせすぐ死ぬから関係ない』
進級で浮かれていた。実習が終わり、気が大きくなっていた。大学の保管庫で飼育されていたモンスターを攫ってきて解剖する。まき散らされた黄色の体液をシリンジに吸い、適当な病室で点滴に混ぜ、その反応を見た。研究のつもりだった。モンスターには再生治癒能力があり、 病人は回復に向かうはずだと嗤う。人助け。悪い人間じゃないんだ、俺たちは。
這いずるような音も、誰かの靴音もなかった。
前を向くと目の前に女が立っていた。街頭の下、白いワンピースを着ている。
こんな夜中に女一人。
女がカーディガンをずらすと白い二の腕が露わになった。肩口にタトゥーが入っている。女と蛇が交わっている絵だった。
「××大学生物学部」
女が口を開いた。表情は見えないが、若い声をしていた。この声に聞き覚えもある。
「今日は一人なのね」
シャツが身体に貼りついているのは霧のせいだけではない。背中に汗をかいていた。身体が冷え、鳥肌が立つ。
ずちゅ。
何かを引きずるような音がした。背後で、そして身体の近くで。もぞもぞと何かが足に触れる感触があり、恐る恐る下を向く。表面が粘っこい、柔らかい肉のようなものが足を掴んでいた。軟体動物、そう言うのがしっくりくる。充血した粘膜と分泌された粘液がズボンを汚す。酷く生臭いにおいをしていた。そのグロテスクな造形を辿っていくと女のワンピースの裾に辿り着く。足を掴んでいる触手だけではない。無数の触手がワンピースを捲り上げて男に向かって鎌首をもたげていた。あの黄色い体液を持つモンスターに似ている。
「私に番号を付けたわね」
女が言う。
「私は三番目。一番と二番は死んだわ」
「僕は知らない」
被験者を決めていたのはリーダー格の学生一人だった。それもあみだくじで適当に。
『ばあさんはやめとけ。若い奴にしろよ』
そうして、病室の中にいた患者の中で一番若い女を選んだ。
『よく効く薬ですよ』
そう患者に語り掛けたのも自分ではない。
下半身が粘膜と粘液に塗れていく。酷い匂いが肺を満たしてえづく。
「きもちわるい、なんだんだこれ、」
女が顔をしかめた。それから、――。
ワンピースの下から伸びた無数の触手の一つで、捉えた学生の顔を叩いた。パン、と破裂音がして首から上が消えた。辺り一面に生臭い臭いが漂う。
「あと五人」
女が呟いた時、一面に伸ばされていた触手はもうなかった。女がカーディガンをそっと肩にかけ直す。
月明かりに照らされて一人、一人の女の影だけが霧に溶けて行った。
読んでいただきありがとうございます☺
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