VS ABILITY -ヴァーサス アビリティ-
エタった作品を「俺達の戦いはこれからだ風」短編に再構成しました
【1】
くそっ、追い詰められた……俺に狙いが移ったのを幸いとみるか不幸とみるかは際どいところだ。今、俺は2年の教室のベランダ側の柱に寄りかかっている。背後の教室内では耳を劈くほどの爆発音が鳴り響いている……はぁ、どうしてこうなったんだったか?
昼休み、幼なじみの真奈美と購買の列に並んでいる途中「メール」が来た……こめかみに人差し指を添えると中身を確認する。
『1、パンを買う時に爆破されるので自分の番になった途端に真奈美を連れて最短距離で体育館へ向かう』
『2、真奈美を体育倉庫に待機させ、教室棟へ向かいわざと中庭を通ってジグザグに走り抜ける』
『3、2-Cでベランダ側のロッカーのジャージを着たら12時23分まで左から2本目の柱で待機、メールが来るまで絶対に動くな』
まじか、最近は平和な日々が続いてたってのに腹立たしいぜ。3個もメールが来たって事は残りは7個か。俺は隣に並んでいる真奈美に小声で話しかけた。
「真奈美、メールが来た……パンを買う直前に体育館に逃げるからな」
真奈美の顔がこわばる……襲撃されるのも初めてでは無いが、少し前までは普通の女子高生だった彼女が慣れる訳無いのだろう。
「わ、わかったよ、海ちゃん」
真奈美は相変わらずあだ名で呼ぶのを止めない。海翔の海と呼ぶのだが、1文字しか略されていないし、ちゃん付けするからより長くなっていて無意味だと諭しても聞く耳を持たない……いや、そんな事はどうでもいい。
きっと状況は良くない、現時点で俺と真奈美は敵に補足されていて、必殺のタイミングを待っているのだろう。……そんな事を考えているうちに前の学生がいなくなり俺たちの番になった。
刹那、俺は真奈美の手を取り反対方向へ走り出す……その途端に、購買のショーケース前で爆発音がした!!
かなりの大音量だったのにも拘わらず周りの生徒達は知らん顔、俺の後ろに並んでいた生徒だけは怪訝そうにこちらを見ていた。既に分かっていたが、能力を持たない人間には何も起きない、見えない、聞こえないらしい。能力を持つ人間だけがさっきの爆発で死ぬ。
「畜生、今日は昼飯抜きかよ」
悪態をつきながら体育館へ向かう……俺たちが通った後が爆発していく……多分、相手は俺たちより高い位置からこちらを見ていて、窓から離れたから当てずっぽうで爆破しているのだろう。って事は購買のショーケースが視認できる位置となるとある程度位置が絞れる。うおっ、あぶね、前の方でも爆発した!!
「はぁ、はぁ、海ちゃん、私、もうだめ……」
「あと、ちょっとだから、頑張れよ」
多分、メールの主は真奈美の体力的に体育館がギリギリだと分かっていたのだろう、俺も別に体力がある訳じゃ無いから余裕がある訳じゃ無い……しかも、俺にはまだまだ走らないといけない未来が確定している。
体育館に着くとバスケで1on1で遊んでいる男子や、バレートスで遊んでいる女子集団などで賑わっている。俺はそれを無視して体育倉庫に向かう……幸い先着はいないようだ……傍目から見たら不純な異性の交遊をこれから行おうとしていると思われているかもしれないが、この際気にしていられない。カビ臭い室内を気にもとめず真奈美を連れ込んだ。
「はぁ、はぁ、俺が迎えに来るまでここで待ってろ、絶対に動くな」
「はぁ、はぁ、はぁ、うん……海ちゃん……死なないで」
死なないで……普通こんな台詞を言う機会は一生無いはずだったのに……。
捨てられる子犬のような目をした真奈美を置いて俺は体育館へ戻る。館内の生徒は楽しそうに遊んでいる……くそ、不公平な世の中だ。体育館の渡り廊下から中庭に出ると、鳴りを潜めていた爆発が元気よく再開される。それを俺はジグザグに走りながら躱していく。
まさに命辛々校舎棟へたどり着くが、まだ校舎内で爆発が続いている……当てずっぽうだろうと下手な鉄砲も数打ちゃ当たるという可能性がある、くたくたになりながら2-Cに向かった……くそ、階段上がるのがだるい。
メールの指示通りベランダ側のロッカーのジャージを引っ張り出すとベランダに出てから着替え始めた。隣の教室あたりで爆発の音が聞こえるが、それを無視して上着を着替えると、少し不快だが制服のズボン上からジャージを履いた。……ったく、汗だくな上にジャージを着込むとかどんな罰ゲームだよ。
……俺は左から2本目の柱に寄りかかると疲労のあまり座り込む。……流れる汗の不快さを堪えつつ、つかの間の休息を得た。
【2】
俺は耳を劈く爆発音をBGMに教室のベランダで腰掛けて休んでいた。そろそろ息も整って汗も引いてくる……そろそろ時間か?
12時23分00秒ぴったりにメールを受信する……俺はこめかみに人差し指を当てるとメールを確認した。
『4、ベランダを伝って2-1へ、43分に教室から出て行く生徒の後ろを歩きながら階段に向かう』
『5、階段脇の消火器をジャージの中に隠しながら、階段を屋上に向かう』
『6、屋上の入り口前の階段に待機、12時50分に扉前が爆発、収まったら扉の取っ手側で大気』
『7、51分42秒に消化器を振り上げて、3秒後出てきた男を殴りつける……これでクリア』
おお、今回はかなり具体的じゃないか……大気って待機だよな? 多少の誤字は目をつぶるとして、これならきっと生き残れるだろう。メールの内容もかなり精度が高くなってきて信頼出来るようになってきた。最初の頃は要領を得ない文章で何度死にかけた事やら……おっと、もうそろそろ時間だ。
俺は立ち上がり汚れたジャージの尻を叩くと、まだ爆発し続ける教室を横目に2-1側へ移動する。教室を覗くと2-1から同じジャージに着替えている男子生徒達がいた。40分になる頃にはぞろぞろと教室を出て行くので、俺は最後尾に並ぶと一緒について行く。
なるほど、2年のジャージ軍団に混じって敵の目を誤魔化す訳か……よく考えているじゃ無いか。……とはいえ顔を見られて上級生に話しかけられるのも面倒だ、ズボンのひもを締めるフリをしながら下を向いて歩く。
渡り廊下を進むと敵がいるであろう校舎に入る。体育館は下だが俺は上に用がある。最後尾を歩いている俺は一人だけ階段を上に登ろうとする……あ、やべ、消火器忘れた!?
おいおい、命が掛かってるのにウッカリするなよ俺!! 急いで階段を下りて消火器を拾うとジャージの中に入れる。
メールの予定に無い行動はやばかったかもしれない……ちょっとした行動の違いで未来が変わる事がある。でも、これくらいセーフだよな? と、自分に言い訳をしながら時間を確認する。
12時48分……あと2分あれば屋上に間に合うよな? 3階から屋上への階段に差し掛かった時に……
「おい、そっちは屋上だぞ」
やばい! 話しかけられた!? 声からすると教師だよな? 俺の知っている教師だったらマズい……だが、このまま無視するのはもっとやばい。俺は振りながら返事をする。
「あ、すみません、屋上に弁当箱置いて来ちゃって……」
よかった、たぶん3年の教師だ……顔は知らないだろう。頼むからこのまま見逃してくれよ……
「そうか、もうすぐ予鈴が鳴るから急げよ」
「はい、すみません」
よし、クリアした……まだ時間はあるよな? 俺は安心してそのまま階段を上がろうとした。
「待ておい、お腹に何入れてるんだ?」
うおっ、マズすぎる、消火器を持っている理由なんて思いつかねぇ……背中に変な汗が伝ってきた。
「えと、それは……」
その時、校内放送のメロディーが流れた……
『田所先生、田所先生、至急職員室までお越し下さい……』
「なんだ? 授業始まる前だってのに……」
おお、まじか、目の前の教師が呼び出された……このまま逃げよう。
「すみません、授業が始まるので急いで取りに行きます」
教師の反応を待たずに急いで階段を駆け上がった……よし追っては来ないようだ。時間は大丈夫か!? 安心して時間を確認しようとすると……目の前が爆発した!!
俺は爆風にあおられて足を滑らせ膝を階段にぶつけながら転んでしまった。がああっ、痛ぇ……俺は声に出さないように必死に痛みを堪えた。多分、敵は警戒して扉前を爆破したんだろう。やれやれ、ちゃんとそれを分かっていながら俺はこのザマだよ。
「畜生、時間まであと1分も無いか……クソ足痛え……」
俺はぶつけた右足を引きずりながら階段を上がると、扉の横にたどり着く。時間を確認している間に扉が開いたらやばい。
……俺はジャージから消火器を取り出すと、覚悟を決めてそれを両手で振り上げた。
【3】
屋上の扉は外側に開く……あまりドアに近いと向こうにバレる。俺は半身になりながら消火器を振り上げた姿勢で待つ。
…………………………
……………………
………………
…………
……
……おい、まだか?
もうとっくに1分経ってないか? 振り上げた両腕が重いんだけど? 時間を確認はもうできない……畜生、早く出てきやがれ。
俺の祈りが通じたのか、ガチャっとドアノブが回ると扉が開き慌てて出てくる敵目掛けて消火器を振り下ろした!! 鈍い音と衝撃が消火器を伝わって腕にまで響く。
「うがっ!! でえぇっ!!」
頭を押さえている敵……男だ! その男に俺は追い打ちをかける。
「オラ!! 死ねよクソ!!」
散々、命を狙われたんだ……コイツに同情する余地はない。俺は自分に言い聞かせるように消火器を振り下ろし続けた。頭を庇う腕の隙間から流れている血が見える。
「や、やめろ、許してくれ鳴海!!」
「ああ?」
おい、なんで俺の苗字を言いやがった……まさかコイツ知り合いか? 頭を庇っている腕を消火器で殴りつけて手をどかすと……そいつは同じクラスの吉田川だった。それを確認した俺の頭に血が上った。
「おい!! なんでお前が俺を狙うんだよ!! 裏切りやがったな!!」
こいつは同じクラスだ。3人で……真奈美と一緒に協力してこの狂った状況を切り抜けようと約束していたはずだ……はずなのに!!
「しかも何だよその爆弾魔みたいな能力はよ!! それも嘘だったじゃねぇか!!」
こいつは相手の位置をマップで確認出来る能力だと言っていた。戦闘向きじゃ無いから裏方で頑張ると……俺だって戦闘向きじゃねーだろうが。
「やめろ! 違うんだ!! 敵をだますならまず味方からって……がっ」
「人を爆死させようとする味方なんてねーだろ!!」
俺が再び消火器で頭を殴りつける。吉田川は顔を血と涙でぐちゃぐちゃにさせながら白状する。
「お、俺の能力は『マップ×ボンバー』……表示されたマップの好きな位置を……爆発させられ……」
「もう、お前の能力とかどうでもいいんだよ……なんで裏切った!!」
「花宮さん……中学の時……ずっと好きだった……告白したけど駄目だって」
「ざけんなよ!! フラれたから殺すとか、とんだサイコパスだな!!」
「お、お前に……何が分かる!! いつも花宮さんと一緒にいて……明日死ぬかもしれないんだから……死ぬ前に……」
「知らねぇよ!! わかりたくもねぇよ!! フラられて嘘ついて殺人者になる奴なんてっ!!」
吉田川の目が虚ろだ……折れて殆ど歯が無くなっている口がパクパクしている。何か嫌な予感がする……俺は直感に従ってその場を飛び退く。
……その途端、俺がいた場所が……吉田川を巻き込んで……爆発した。
俺は爆風で壁にぶつかった。床に倒れた後、ぶつけた場所を摩りながら起き上がる。振り返ると、もうそこには吉田川はいなかった。ん、メールが届いたぞ……内容を確認してみると……
『8、そろそろ気絶から目覚める。かなりの確率で自爆する。虚ろな目をしたら注意。裏切りの事情を知りたくなければそのまま殺せ』
「おせーよ!!」
いや、多分、消火器を拾うタイミングと教師に捕まったせいで未来が変わったのかもしれない。本来は一撃で吉田川を無力化出来たのか……何にせよ今回も生き延びられた事を良しとしよう。
能力者との戦いが終わると、その時に負った怪我は治るルールらしい……俺はジャージを脱ぐと、返しに行くのも面倒なので途中の落とし物ボックスにソレを突っ込み、体育館に向かった。
既に授業中だが、あらかじめ外側の出入り口の鍵を開けておいたので、誰にも見つからずに体育倉庫に入る事が出来た。
俺の姿を確認した真奈美はこちらに向かって飛び込んできた。俺の胸に顔を埋めて、体育館側に声が聞こえないよう声を殺して泣いている。
「辛いだろうけどな、次の授業は出ような」
「……ん」
真奈美は俺の胸に顔を埋めたまま返事をする。現状、授業に出ない奴は能力者の可能性が高い。俺たちは極力元の生活から外れない行動を取らないといけない。
「敵は……吉田川だった。あいつは最初から俺たちを騙してたんだ。お前を動揺させようと告ったりしたんだって」
「……ん」
バレているかもしれないけれど、真奈美が吉田川を振ったから凶行に及んだと思われないように説明した。
「もうそろそろいいか?」
「……もう少しこのまま」
「そうかい」
……結局、俺たちが体育倉庫を出たのは授業が終わってからだった。
【0】
1ヶ月ほど前、授業中に突然、音声アナウンスが流れた。
全員では無く能力者に適合した人間のみにだ。
俺はこっそりとコンタクトレンズ型の電子端末でお気に入りの動画を視聴中だったから、気付くのが遅くなったのだが、授業中に不自然なほどキョロキョロ周りを見回している奴がいた。
その中には真奈美や吉田川もいた。詳細は省くが、その声は俺たちに対して……
「おめでとう、君たちは能力者に選ばれた……与えられた能力を使ってより優秀な能力を選別してくれ」
「選別は能力者どうし能力を使っての戦闘行為で決める」
「テストに非協力的な者……他の能力者に対して能力を使わない者は間引きされる」
「戦闘行為で相手を死亡させても、相手の存在は消えるから罪には問われない」
「戦闘系の能力を能力者以外に使用しても何も起きたりはしないが、使用した能力者にはペナルティが発生する」
「状況に応じてルール変更や強制的な戦闘も発生するのでその都度連絡をする」
……などと、一方的な宣言をすると、そのタイミングで視界の横に手紙のアイコンが来る。コンタクト端末の映像じゃ無い? そのメールアイコンを意識すると、それは勝手に開封された。
______________________________________
能力名『ストック×メール』
状況に応じてヒントとなるメールが送られてくる。詳細はレベルアップと共に情報が開示されます。
______________________________________
これが俺達の日常が戦場に変わった瞬間だった……。
これから俺達一瞬前まで普通の学生だった能力者奴らが殺し合いをしていく事になる。
誰が味方で、味方だった奴が突然敵になって、見知らぬあいつも敵になる……そんなクソったれな戦場に俺達は否が応でも身を投じる事になる。
……勝利の先に何があるのか、敗者はその瞬間に何を思うのか……その答えを知る術は無い……いまは……ただ、俺達はその先に何かがあると信じて戦い続けるだけだ。