第11話 夜の繁華街 side ガレオス
いつものように繁華街の路地裏を歩いていると、俺と同じ第一高等学院の制服を着た男に出会う。
フカと名乗ったそいつはマイケルという大男とともに路地裏を歩いていた。
マイケルは身長が大きいだけではなく、分厚い筋肉に包まれているのが服の上からでもみて取れた。
全く自慢できることではないが、俺は喧嘩がとても弱い。
仮に喧嘩が強かったとしてもマイケルは勝てる相手ではないと思うが……。
とにかく、俺には全力で逃げるしか手はない。
結局、逃げることはできず、色々と話すことになってしまった。
俺を襲おうとしているわけではないと理解して、怪しい場所をいくつか教えることになった。迷惑をかけたくないと、行きつけの店は外しておいた。
「ガレオス、情報ありがとう」
「ああ」
俺は素直にお礼を言われて戸惑う。
「自分がギルド員である事は、なるべく人に言わないでくれ」
「分かった」
学校でフカがギルド員であると言ったとしても誰も信じないだろうな。
不良と呼ばれる俺の信用がないだけではなく、高等部の学生がギルド員だと言っても普通は誰も信じないだろう。去っていくフカの背中を見ながら俺は疑問に思う、そもそもフカは本当にギルド員なのであろうか?
「どちらでもいいか」
フカと名乗った同級生と別れた後、付けられている可能性を考慮して遠回りをして行きつけの店に向かう。
フカがギルド員かどうかはおいておくとして、聞いた話が嘘だとは思わない。
第一高等学院で不良と呼ばれる俺は他のやばいやつから見るとおとなしい分類で、警察に捕まったところですぐに解放されて終わりだ。エレメンタルカートリッジで狙われるようなこともしていない。
夕方を少し過ぎた薄暗い中、路地裏にあるビルの前で立ち止まる。
ビルの地下に向かう階段を降りて、廃船となった宇宙船から取り出したという扉の横にある端末に手を当てる。端末から電子音がすると、音もなく扉がスライドして開いていく。
扉が開くと、店の中から音楽が聞こえてくる。
同時にアルコールの匂いと、機械油の匂いが漂う。
店の中に入るとすぐに扉が閉まる。
紹介がないと入れない店内は結構広い。
広いが物も多いため、一見するとあまり広くは見えない。
店内には車やバイク、稼働する状態のパワーユニットなどが置かれている。さらに机や椅子は廃材から作り出しているため、溶接後のつぎはぎだらけ。
「ガレオスも来たのか」
「ああ」
飲み物を頼むためカウンターに近づくと、馴染みの店員から話しかけられる。
耳や下にピアスを開け、タトゥーを入れた店員。見た目はいかついが性格はそこまで荒っぽくはない。
「お目当ては新作のパワーユニットか?」
「もちろん」
注文する前に飲み物が差し出される。
アルコールは入っていないが、少し酩酊感のある飲み物で俺が普段から飲んでいるもの。
「まだ売れてないから飾ってある。場所はわかるだろ?」
「よし。まだあったか」
小さく拳を握る。
店に入ってきた時、人だかりがあったためまだ売れていないとは思っていたが、店員から売れていないと聞くと安心する。
自分が入り浸っている店は車やレース好きが車や車の部品を見ながら、酒など酩酊感のある飲料を飲むという少し変わった店。飾ってある車、バイク、動力炉となるパワーユニットは売り物。
売れれば無くなってしまう。
学生の俺では買えるような金額ではないため、売れる前に見ておきたい。
「見てくる」
「ああ」
飲み物を持って人だかりの中に入る。
「いいな……」
鉄の塊であるパワーユニットを見ながら飲み物を飲む。
一人で一通り見終わった後に、友人とパワーユニットについて語り合う。
紹介がなければ入れない店なのもあり皆車好き。性格のそりが合う合わないはあるが、同じ趣味の人間が揃っているのもあって楽しい時間を過ごせる。
いつの間にか飲み物を飲み切っており、カウンターに戻ってもういっぱい頼むことにする。
「もういっぱいくれ」
「楽しんでいるようだな」
「ああ、あのパワーユニットはすげーよ」
店員は何度も同じことを聞いているのだろう、苦笑をしながらも頷いてくれる。
さっさと元の場所に戻れというように飲み物が置かれる。
再び楽しい時間を過ごそうとカウンターを離れようとした。
——今日、警察多いよな。
——俺も見た。うぜー。
偶然、カウンター近くで飲んでいるやつの会話が聞こえてくる。
急に現実に戻されたような感覚になり、フカから聞いた話を思い出した。
「なあ、三区で注意情報が出ているの知っているか?」
店が三区の現状を知っているのか店員に尋ねてみる。
「注意情報?」
店員は怪訝な表情を浮かべている。
「まだ出てると思うから注意情報確認してみてくれよ」
「あ? まあ、いいけどよ」
真面目な店ではないため、店員はデバイスを取り出して確認している。
「武装した人物が暴れる可能性がある? なんだこれ、こんな注意情報初めてみたぞ」
「それそれ」
「で、これがなんなんだ?」
店員はいまだに怪訝な表情を浮かべたまま。
注意情報の意味を知らないようだ。
「その注意情報が出ているときは令状なしで警察が室内を調査できるってさっき聞いた」
「はあ!?」
店員の大声に注目が集まる。
店員がなんでもないというように手を振ると注目はなくなる。
「本当かよ?」
店員が顔を近づけてきて小さな声で聞いた。
「俺も人に聞いただけで確実かと言われると……」
「そうか……。少し待ってろ、店長呼んでくる」
店員はバックヤードに消えていく。
しばらくすると革ジャンを着てサングラスをかけた、いかつい店長が店の奥から出てきた。
「たく、忙しいってのになんだよ?」
「店長、すんません。ガレオスの話を聞いてやってくれませんか」
「はあ……」
店長の手はオイルで汚れており、車をいじっていたのだとわかる。
「ガレオスなんだ? どうでもいいことならぶっ飛ばすぞ」
こ、こええ……。
店長のあまりの迫力に震える。怒られる前に用事を話す。
「店長、三区にちゅ、注意情報が出ているのを知っていますか?」
怖すぎて思わずどもってしまった。
「はあ? 注意情報?」
「はい。みてもらったほうが早いんですが……」
「仕方ねえな」
店長は文句を言いながらもデバイスを取り出して確認してくれる。
デバイスを見つめる店長の顔が凍りついたように見えた。
「嘘だろ、おい……」
店員とは違う反応。
「ガレオス、お前なんでこれが出ているのを知っている?」
俺をみる店長の視線が氷のように冷たい。
「店に来る前、ギルド員に捕まって色々聞かれたからです」
怖すぎて自然に口調が丁寧になってしまう。
「ギルドまで動いてんのかよ……」
店長はイラついているのかカウンターを指先で叩いている。
今の店長はとても怖いが、店がなくならないように話を進めて注意を促さなければならない。
「店長はこの注意情報の意味を知っているんですか?」
「五区でも荒れている地域に出入りしていると意味を知れる。ガレオスは注意情報が出た意味を知りたいのか?」
「いえ、兄が軍人なので少しだけ知っています」
店長のサングラスの奥にある瞳が俺を見る。
「知っててよく店に来たな」
「俺を狙う理由がないと思って……」
「それもそうか」
店長はようやく落ち着いてきたのか大きく息を吐く。
威圧感がなくなったことで俺も落ち着いてきた。
「しばらくは大人しくしておく必要があるか」
「店長が捕まることはないんじゃ?」
「店の物を押収されたらたまったもんじゃねえ」
予備がないパーツを押収されると作れなくなる。
しかし、押収といえば……。
「店長、捜査に協力的なら注意程度で終わるってギルド員から聞いた」
「は? そんな話五区では聞いたことないぞ?」
もしかしたらフカから聞いた話が間違っているか?
「五区の留置場がいっぱいだとか言っていて、警察も捕まえたくないとかなんとか……」
「おいおい、どんだけ派手にやってんだよ」
店長の顔色が悪くなる。
店長は「注意情報消えるまで五区には行かねえ」と小さく呟いた
「ガレオス、他に聞いたことはないのか、キリキリ吐け」
店長が顔を近づけてきて、俺に話すよう促す。
フカから聞いた話を店長に伝えていく。
ほとんどの話を終えて、別れ際に言われたことを最後に思い出す。
「店長、相手は薬やっていて判断が正常じゃないらしい」
「最悪じゃねーか、ジャンキーかよ」
店長が悪態をつく。
怪しい店ではあるが違法な薬物の類は店においていない。
「俺が聞いたのはそのくらい」
「助かった。今日の代金は奢りだ好きに飲んでいけ」
「ありがとうございます」
「礼を言うのはこっちの方だ」
店長は店員に声をかけるとバックヤードに消えていった。
ガレオスの前に馴染みの店員が再び来る。
「ガレオス、高い飲み物を出してやろうか?」
普段であったら喜んで飲んだが、今は飲む気がしない。
「あんま泥酔したくはないからいい」
「ジャンキーが怖いか」
店員から揶揄われる。
「店長があれだけ警戒してたんだぜ?」
「確かにな」
店長の様子がおかしかったからか、店員も素直に引き下がった。
店員がいつもの飲み物をお代わりとして差し出してくれる。店長と話している間に飲み物は空になっていたため、ありがたく飲み物を受け取る。
店員が飲み終わったグラスを下げながら、思い出したかのように話しだす。
「ジャンキーといえば、最近店長が薬物やっている奴を出禁にしてたな」
「別に珍しくもないんじゃね?」
薬は店においていないが、出入りする客層はよろしくない。
店の中で使用するのは禁止だが、店に入る前に薬を使用してから来るのはいる。薬を使っている奴は珍しくはないため、よほどでない限りは出禁になったりはしない。
「それが相当ヤバい薬に手を出したのか、ろくに話もできない状態だったんだよ。同じこと何度も繰り返しててやばかった」
薬をやっている人を見慣れている店員がやばいというジャンキーは珍しい。
少し興味が湧いてくる。
「へー、どんなやつだった?」
「あー……ガレオスと同じ高等部じゃなかったか?」
「俺と同年代? そんな奴いたか?」
比較的若い客層が通う店だが、同年代の高等部は少ない。
というか高等部の生徒でそこまでのジャンキーがいるとは聞いたことがない。
店員がデバイスを取り出して何か操作している。
「えーっと、ルーカスってやつだ」
「ああ、同い年のルーカスか。やたら突っかかってくる奴だったが、ジャンキーだったか……?」
第一高等学院から店に来ているのは俺しかおらず、ルーカスは他の高等部の生徒だったはず。ただ、俺に対して露骨に敵対的な態度を取るため、好きな相手ではなかった。
友人になろうとは思わない相手だったが、薬にのめり込むようなをやるようなやつではなかったはずだが……。
「そうなのか? ルーカスと仲が良かったのを呼び出して聞いてみるか」
「そこまでする必要があるか?」
「店長があれだけ焦るのも珍しいから一応な。一応」
そういうと店員はカウンターから移動して店内を歩いていく。
俺はそこまでする必要はないと思うのだが、別に不利益を被るわけではないので放置しておく。
店員は同年代の男を引っ張ってきた。
「ガレオスもいるのか」
「おう」
ルーカスと違い、男は自分とも仲が良い友人の一人。
友人は気のいい奴のため、ルーカスとも仲が良かったのか。
「それで、今更ルーカスの話をして意味があるのか?」
「意味があるかわからんが話してみろ」
店員が先を促す。
友人がため息をついてから、少し上を向いて思い出すような仕草をしながら喋りだす。
「つってもな……ジャンキーになってからはろくに会話もできなかったからな」
「いつからジャンキーになったか覚えているか?」
「さあ? 最近だとは思うが、会った時には完全に飛んでて会話ができなかったからな」
「そういや、店長が怒鳴りながら店に出てくるまで完全に飛んでたな」
出禁になるほどとはどんな状態かと思っていたが、会話もできない状況かよ。そら出禁にされて当然だ。
「そういや、同じこと何回も繰り返してなかったか?」
「あー……」
「エレメンタル……なんだっけ?」
友人が言ったことに俺は固まる。
嘘だろおい?
口の中が乾いて心臓が凄まじい勢いで鼓動する。
友人と店員はエレメンタルの続きを思い出そうと二人で話し合っている。
俺は友人の肩を掴んでこちらに顔を向けさせる。
「おい、エレメンタルカートリッジじゃないだろな?」
「あ! それだそれ! ガレオスもルーカスに聞いたのか?」
友人と店員は俺に笑いかける。
俺は血の気が一気に引いていくのを感じながら、店員を見る。
店員は俺を見て心配そうな表情を浮かべている。
「ガレオス、顔が真っ青だぞ? 大丈夫か?」
「て、店長を呼んでくれ」
「は?」
「早く!」
俺の形相が凄まじかったのか、店員はすぐにバックヤードに消えていく。
友人から心配されるが今はそれどころではない。
店長が再びバックヤードから出てくる。
「ガレオス、どうした?」
「ルーカスがエレメンタルカートリッジって言っていたってこいつが……」
俺は友人を指差す。
店長の顔色が一気に青ざめる。
「ルーカスって言えば最近出禁にしたやつか」
「店長、ルーカスがエレメンタルカートリッジを持っていると思いますか?」
店長は俺の質問に答えることなく、黙り込んでデバイスを操作している。
とても長く感じられる沈黙は店長の呟きで終わる。
「ルーカスは高等部の学生か……。高等部の学生にエレメンタルカートリッジを持たせる意味があるか……?」
店長の言うことに納得する。
エレメンタルカートリッジは銃以上に危険な武器で、学生に持たせる意味はない。
自分を納得させる理由に、少しだけ落ち着いた気分になる。
俺は乾いた口を潤すために飲み物を飲む。飲み物がなくなってしまったため店員にただの水を頼んだ。
俺は水を頼んだ後、店長に尋ねる。
「店長、ルーカスはエレメンタルカートリッジに関係する場所に出入りしていたってことですかね?」
「かもしれん」
俺と店長が余りのも深刻な様子だったからか、友人が戸惑った声を出す。
「おい、ルーカスがどうかしたのか?」
俺がどう返答すればいいか迷っていると、店長が話し出す。
「確定ではないが、ルーカスは相当やばいことに手を出している可能性がある」
「マジかよ」
「もし助けを乞われても匿うんじゃないぞ」
「分かりました」
友人は素直に店長の言うことを聞く。
「ルーカスが最近何してたか知らないか?」
店長が俺たちに尋ねる。
俺はルーカスと仲が良いとは言えず、普段何しているかも知らない。
友人はルーカスと仲が悪いわけではないが、店以外だと詳しくは知らないという。
店員もルーカスの行動を知らない。
「店長、他の奴に聞いてみましょうか?」
「頼めるか」
店員が動き出す。
店の中で一番顔が広いのは店員であるため、ルーカスについて尋ねるのは任せることにする。
水を飲んで待っていると、店員が戻ってきた。
「店長、ルーカスはどうも貿易代行会社に出入りしていたようです」
「貿易代行?」
「おそらくバイトしていたんだと思います」
「マフィアやギャングに関わりのある会社か?」
「いえ、コロニーに登録された普通の会社だそうです」
店員が貿易代行の会社がある場所を共有してくれる。
地図に登録されている会社名を検索すると、コロニーに登録された会社名と代表者の名前が表示される。業種も聞いていた通りに貿易代行となっており、特に怪しい情報はない。
「会社の登録情報に違和感はないか……」
店長も同じ結論にたどり着いたようだ。
「この会社がエレメンタルカートリッジを運搬していたんですかね?」
「かもしれんな」
エレメンタルカートリッジは軍以外でも使われており、誰かが運搬流通させる必要がある。
「ルーカスは運搬中に偶然エレメンタルカートリッジのことを知った?」
「ありえなくはない」
「エレメンタルカートリッジのことを知った後、ジャンキーになった?」
「そう考えるのが妥当かもしれない……」
妥当と言いながらも店長は納得していないのか、動きに落ち着きがない。
「ふー……」
店長が大きく息を吐いた。
「決めた。しばらく店を臨時休業にする」
「え?」
「楽観視した考えだけで動くにはエレメンタルカートリッジは危険すぎる」
「臨時休業するほどですか?」
「三区に住んでいるお前らには分かりにくいだろうが、エレメンタルカートリッジ関連の問題は軍が率先して出てくるくらいやばいもんなんだよ」
店を臨時休業にするという店長の意思は固いように見える。
俺が他にいく店は他にもあるが、この店ほど入り浸っている店はない。それだけ店が好きだし、店長も信頼している。
「今いる客に説明する。集めろ」
店長の指示に、店員が慌てて動き始める。
集まった客の前で店長が臨時休業を伝えると、客から不満が上がる。
店長はエレメンタルカートリッジのことは言わずに、今三区に出ている注意情報を教えて、ギャングやマフィアの抗争が激化すると言って誤魔化した。
抗争を理由にすると客の不満はなくなり、臨時休業に納得した。
客たちが捌けると、店長が俺に声をかけてくる。
「ガレオス、お前も気をつけろよ」
「はい」
パワーユニットを見ながら飲む気が完全に失せてしまった。
普段からすると相当早いが、学生寮に帰ることにする。
店を出ると完全に夜。
路地裏は人の気配がないが、繁華街の表通りにはまだ学生が歩いているのが見える。まだ日付を超える前で、今から寮に帰れば門限内。明日怒られることもないだろう。
「今日はついてないな」
適当に車を拾って目的地を寮に設定する。
走り出した車の中で明日以降のことを考える。
俺はそこまで警戒する必要はないと思っていたが、店長を見習ってしばらく大人しくしておくことに決めた。
「しばらくつまんねえな」
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