第一話:チサトさんは、小川町の町役場に興味を持っています。
6月, 放課後の地理部室。
俺、葉山俊が横開きの扉を開けると、その8畳の部屋の真ん中で、山名千里が腕を組んで壁をみつめていた。
千里の視線の先には、ホワイトボードに貼られた、国土地理院の二十万分の一地勢図『宇都宮』。
いま彼女が眺めている『宇都宮』は所属高校を含む、地元の地図だ。
千里が地図を眺めているのはあまり珍しいことではない。部室に彼女しかいないときは、大抵地図を見ているか、もしくは地球儀を回している。
「チサトさん、相変わらず地図好きだね。」
俺は鞄を床に置いて、そう話しかける。
「その机のうえにおいてあったの。誰かが放置したんでしょ?」
千里は机を指さした。
「俺は知らないな。伊原さんじゃないか?」
ここ地理部室には縦開きの棚があって、中には全国各地の地勢図がしまわれている。
地理部が主に俺と山名千里、後輩の伊原優香の3人で回っていることを考えると、まず間違いなく伊原が放置したのだろう。
千里は「そうかもね」とだけ返答すると、また地図のほうへと目線を向けた。
「しかし、いつ見ても中央試験に出そうだね。『チサトさんは、栃木県の地形や産業に興味を持ち、国土地理院の二十万分の一の地図を眺めています』みたいな」
「う、中央試験…。いやなこと思い出させないでよ…。」
いやなこととは、最近受けた高2中央試験模試の話。千里は地理はできるものの、数学や理科のできがあまりよろしく無かったらしい。
千里はため息をついて、見てわかるくらいテンションが下がってしまう。
「でもチサトさん地理は満点だっけ?」
「そう。それは唯一良かったよ。地理部長として誇らしかったわ。ただあのブラジリアの位置を当てろという問題は少し迷ったけど、感もさえてたみたい。」
俺は「すごいなぁ」「さすが」などと適当にほめたたえて、千里の機嫌を取り戻す。
その間も千里は地図を見たり、こっちを振り返ったりしていた。
「それよりもねぇ、聞いてよ。この地図なんだけど、」
そういってチサトさんは地図を広げ、こちらに見せてくる
「この小川町の役場、気にならない?」
「チサトさんは町役場に興味を持って町を歩きます(笑)、本格的に試験っぽくなった」
千里はそれを無視して
「うん、今日の地理部の活動はここの探検にしよう!」
こうして今日の部活の目的は小川町の散歩に決定した。暑いので日陰が多いといいなあ。
※架空の町です