舞台装置
『ちゃんと敵役を演じなきゃダメじゃない。それができない大根役者には、舞台を降りてもらわなくちゃね……♡』
クォ=ヨ=ムイはそう囁きながら、<魔人の少女>の腹を容赦なく蹴り上げる。
リセイはまったく反応できなかった。
人形のように力なく地面を転がった少女に、彼は駆け寄った。
「大丈夫!?」
声を掛けるものの反応がない。
ただ、指で首筋に触れれば、脈は感じ取れた。気を失っているだけかもしれない。
「なんでこんな…! 魔人は魔王の仲間じゃないのか!?」
とりあえず意思疎通はできそうなクォ=ヨ=ムイが現れたことで、リセイはそう問い掛けた。
けれどクォ=ヨ=ムイは、淫猥な笑みを浮かべたまま、
「使い物にならない大根役者なんて必要ないでしょ? そんなもの、仲間じゃなくて<邪魔者>って言うのではなくて? あなた達人間は」
とにかく芝居がかった物言いでクォ=ヨ=ムイは告げた。紛れもなく相手を嘲るためのものだった。
嘲り、嬲り、貶めるためだけの文言。
「あはは! あはははは! あははははははははははっ♡」
高らかに響き渡る笑い声は、耳にした者の精神をすりこぎで磨り潰そうとでもするかのように不快以外の何物でもなかった。
「コぉ…ヨぉ…ミぃ……っ!!」
何もかもをただ自身の楽しみのための道具にしか見ていないことを悟ったリセイは、己の奥深いところからギリギリと激しいものが込み上げてくるのを感じた。それが彼の全身をギシギシときしませる。
怒りだった。これまでの人生の中ではここまでのものをリセイは感じた覚えがなかった。
それが今、はっきりと自分の中にあるのが分かる。なのに、クォ=ヨ=ムイは、
「あはははは♡ いいわ! いいわねえ♡ あなたの激しいそれを私に味わわせて♡」
むしろ彼の激しい怒りをぶつけられるのが心地好くてたまらないとばかりに恍惚の表情を浮かべる。
「じゃあ、真打ち登場よ! いぃらっしゃぁい!! 魔王ぉーう!!」
クォ=ヨ=ムイが仰々しく両手を広げて顎を上げ、オペラ歌手が朗々と歌い上げるかのように唱えると、まるで世界そのものが組み替えられるかのような感覚があった。
風が巻き、地面が唸り、空間が捩れる。
全てはこの邪神のために用意された舞台であることを世界そのものが肯定する。
そうだ。何もかもがこの邪なる神の楽しみに過ぎない。
人々の命も、暮らしも、想いも、歴史も、何もかもがこのために用意された薄っぺらな小芝居でしかないのだ。
「あはははっはははははははははははははは♡」
クォ=ヨ=ムイは嗤う。
何もかもを嗤う。
それがまた楽しくて仕方なくて笑う。
塵芥のような舞台装置のために怒る少年の滑稽さがたまらなく愉快で。




