帰るべき場所
こちらの世界に自分の居場所はすでになく、向こうがもう自分の世界だと改めて実感したことで、リセイは強く願った。
向こうの世界に帰ることを。
もちろんこちらでも、居場所を見付けられる可能性はあっただろう。
『異世界だから上手くいった』
とは限らないに違いない。
最初に出逢ったのがティコナだったから、オトィクの街の人々だったから、オトィクの長がルブセンだったから、最初に手合わせをしたのがライラだったから、だからたまたま上手くいっただけなのは、リセイ自身にも分かっていた。
もし、向こうでもリセイのような身元も明らかでない人間に対して強く排他的な態度を取る地域に現れていたら、彼の<能力>は人間達への攻撃に使われていたかもしれない。
でも、だからこそ、自分にとってそこで生きるために努力をしてもいいと思える場所が見付かったのだから、それを大切にしたいと思えた。
そして、ミィを抱き上げ、リセイは空へと舞い上がる。
高く、高く。
十分に高く飛び上がってから、叫んだ。
「コヨミ! 聞こえてるんだろ!? こんなことをしても無駄だ! 僕はもうこっちの世界には何の未練もない!! そっちが僕の生きるべき世界だ!!
だから僕とこの子をそっちに戻せ!! 僕はもう迷わない!! お望み通り決着を付けてやる!!」
叫びながら、強くイメージした。向こうの世界へと帰ることを。
強く。
強く。
ただ強く。
―――――と、次の瞬間、
「え……?」
と驚いた表情をしたのはクォ=ヨ=ムイだった。
「ええ!? あなた、自力で戻ってきたの!?」
素っ頓狂な声を上げる。
それまで彼女が見せていた、美しいが心底憎々しい貌はそこにはなかった。
けれどすぐにまた、淫猥な笑顔に戻って、
「あはははははは! すごい! すごいわあなた!! 認識だけ向こうに飛ばしたとはいえまさか自力で帰ってこれるとは思わなかった!!
しかも、認識を戻すと同時に私を見付けて転移とか!
最高よ! あなた!!」
ミィを抱きながら宙に浮かびながら険しい表情で自分を見詰めるリセイに、大仰な身振り手振りも加えて最大級の賛辞を送った。
そういう<フリ>ではなく、本当に彼女が喜んでいるのが何故か分かってしまった。
でも、リセイはそれどころじゃなかった。
「く……! もうこんなところまで……!」
クォ=ヨ=ムイからは意識は逸らさず、それと同時に僅かに視線を移して周囲を確認すると、そこはオトィクの街がすでに見える場所だった。魔王と、再び用意されたのだろう魔獣の群れが、オトィクの街に迫っていたのである。
「あなたが向こうに行ってる間にあの街を潰しておいたらどんな顔を見せてくれるかと思ったけど、まあいいわ。
その顔、もう十分に私を楽しませてくれそうね」
クォ=ヨ=ムイがヌラリと長い舌で自分の唇を舐めるのを、リセイは燃えるような目で睨み付けていたのだった。