元の世界
そこは、<元の世界>だった。元の、魔王と初めて対峙した場所。リセイが巨大な手で魔王ごと周囲を握り潰した跡もそのままだ。
だから目の前にいる魔王とクォ=ヨ=ムイは、確かに今現在の魔王とクォ=ヨ=ムイ。
「うあああああーっっ!!!」
それに気付いた瞬間、感情が爆発した。魔王も人間も弄び、玩具にしたクォ=ヨ=ムイに対するそれが抑えきれなかった。
けれど、無数の黒い手が縒り合わされた魔王の巨大な拳が再び壁のように行く手を阻む。
しかし、さっきはリセイも咄嗟に<壁>を出して受け止めたものの、今度はそれは出なかった。さっきのは完全に無意識で出したものだったので、どうやったのか自分でも分からなかったからだ。
でもその代わり、<巨大な手>をイメージして魔王の拳を払い除けてみせる。
今はとにかく、この<邪神>に一撃を加えたかった。
なのに……
「あらあら、せっかちさんねえ♡」
リセイの意図を完全に察した上で、クォ=ヨ=ムイはやはり淫猥に嗤った。
彼の<想い>も<力>も、まったく届かない。渾身の力を込めた一撃も容易く受け流されて霧散する。
「く…っそ……っ!!」
そんなリセイを嘲笑いつつ、
「まだまだ元気ねえ。それじゃあ、今度はこういうのはどうかな?」
クォ=ヨ=ムイはまたも指をパキンと鳴らす。
と同時に、周囲の景色が一瞬で変わった。
「……え?」
一瞬、状況が頭に入ってこず、リセイは思考停止状態となる。
正直、ここまでで、景色が変わる程度のことには慣れてしまっていた。だからそれに驚いたのではない。
<見慣れない景色>ならむしろここまで驚かなかった。
見慣れた景色だからこそ、驚いてしまったのだ。
なにしろそれは、リセイ自身の<部屋>だったから。それも、ティコナの家のそれじゃない、本来の、彼が生まれ育った、
<古塩理生としての自室>
だったのである。
一方、さすがに何度も違うところに飛ばされた形になったからか、魔人の少女は逆に落ち着いていた。警戒してるとか焦っているとかではなく、
「ふんふん…」
と鼻を鳴らしつつ、周囲を窺い、
「オニイチャン、ノ、ニオイ、スル」
どこか嬉しそうにリセイを見上げながら言った。
当然か。そこは古塩理生の部屋なのだから。
「まさか……帰ってきた……? 元の世界に……?」
呆然と呟く。
けれどまだ半信半疑で、部屋の窓から外を窺う。窺うが、やはりそこから見えるのも間違いなく近所の景色だった。
だが、見慣れない光景もあった。何やら家の周囲にやけに人の姿が多いのだ。それも、カメラのようなものを抱えた者や、マイクらしきものを持った者の姿まで。
『マスコミ……?』
そんな単語がリセイの頭をよぎったのだった。