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僕がこの世界で生きるワケ  作者: 京衛武百十
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トレア

『やめて……お願いだから……!』


リセイがそう口にしても、<魔王ミュージアムの展示>は終わらなかった。


が、魔王への生贄を供する慣習がすっかり定着したある時、やはり一人の少女が生贄として捧げられようとしていた。


頑丈な檻になった馬車の荷台に、肉や魚や野菜や酒といった供物と共に乗せられたその少女の姿が見えた瞬間、それまで決して止まることがなかった魔王が動きを止める。


「え……?」


思いがけない光景に、リセイも思わず視線を戻してしまった。


その彼の前で、


「ド…レ…ア……」


今までの狂おしく絞り出すようなそれだった魔王の鳴き声が、決して明瞭とは言えないものの人間のものに近い<声>として発せられる。


その様子に、リセイもピンときた。


『まさか、あの女の子……<トレア>に似てるってことか……?』


それにより、<トレア>が人の名前であったことを悟る。しかもきっと、この生贄の少女とよく似た少女だったに違いないと。


魔王は、ねじくれた黒い無数の手を伸ばし、生贄の少女を捕えていた頑丈そうな檻を、まるで竹ひごでできた玩具を壊すかのように容易く破壊。怯える少女の体をそっと包み込むように掴み、持ち上げた。


ここまでくれば疑いようもないだろう。


娘なのか妹なのかそれ以外の何かなのかは分からないものの、<トレア>が人間の少女だったことは。


そして魔王にとっては、こんな異形の姿になってしまってさえ忘れることのできない存在だったのだ。


が、次の瞬間―――――


「……っド…っ、レぇぇアぁぁぁあぁぁっっっ!!」


小さな山のように巨大な魔王の体に凄まじい何か、<怒り>のような<悲しみ>のような、そもそも感情なのかどうかすらわからない気配が奔り抜け、爆発するのが分かってしまった。


「やめ……っ!」


『やめて!!』とリセイが口にしようとした時にはすでに、生贄の少女の姿は黒い無数の手に包まれて見えなくなり、そこから大量の血が滴った。


手にしていた少女が<トレア>本人でないことに魔王が気付いてしまったのだろう。それがまた、魔王の逆鱗に触れたということか。


「あぁ…あ……くそぉ……っ!」


止めようもないことなのは分かっていても、リセイはそう唸ってしまう。


この後、魔王はさらに激しい怒りの気配を放ちながら猛然と進撃し、進路上の街も村もことごとく蹂躙した。




それからも、人間の力ではどうすることもできないこの<荒ぶる神>に対して、生贄を捧げる習慣は続けられた。


それは、さらに数千年の期間に及んだだろう。


そして魔王は、さすがに海や大きな湖に行きあたると進路を変えつつ、まったく無軌道に無秩序に無作為に大陸中を彷徨い続けたのだった。



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