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恋愛論

作者: 在原 功


それだと気づいたのはいつだっただろう。もしかしたらまだ未満なのかもしれないし、ずっと前からなのかもしれない。俺の胸の内にあるそれはみんなの言うように愛らしく細やかでないから雲みたいに甘くなかった。だからしばらくはわからなかったんだ。


気づいて仕舞えばあっけない。確かにこれは世の女の子の言うあれだ。だけど、俺のは彼女らのとはきっと違う。はらはらドキドキ、そう言うものじゃない。あまりに望みのなさすぎるそれに、胸は踊るものではないから。第一、女子達の言うあれは自分と彼が両方に思いあってそういう仲になって、それからっていうのを考えるから夜も眠れない風になるわけであって。俺のこれは実は愚か、花を摘まれてしまった可哀想な種なのだから、甘酸っぱい彼女らのと比べるのもおこがましい。だけどその種がいつまで経っても腐らないで俺を見つめてくるから、困ってるんだ。



彼女はクールな子だった。かっこいいって意味でもそうだし、性格的な淡白さがちょっと近寄りがたい感じで。一番最初の印象は、綺麗な子だなってこと。分かりやすい美人は苦手だった。俺好みの太陽色の髪。綺麗に整った輪郭も絵に描いたみたいな雫型の目。はじめのうちは仲良くなれないと思った。仲良くなったとしても普通の友達くらいで、心の底を見せきらないうちに終わる関係だって思っていた。あっちだってそのつもりだっただろう。その証拠に俺達の出会いの記憶は殆どないも同然だ。もし運命的な出会いだったら、出会った瞬間、目が合った瞬間が劇的に輝いたはずだ。だから彼女は俺の運命じゃない。そもそもお互いに目を合わせないように喋る俺達だから、初めてまともに話したのだっていつだったかわからない。

それなのに、いつのまにこんなに近くにいたんだろう。

自分でも知らないうちに自然に、彼女は俺の視界を奪うようになった。


始まりはサークルの演技だったかもしれない。偶然にデュエットをした曲が悪かったのかもしれない。純粋な恋物語にあてられて、ちょっとその気になったのかもしれない。

推測に過ぎないけど、俺も彼女もそういう設定にのめり込む癖があったのは確か。物語を通して彼女の役を愛し愛ゆえに舞う気持ちは、そのまま彼女へ通っていったのだろう。彼女だって悪い。同じことをしたから。それを俺も受け取ってしまったのがさらに悪い。

俺に向けられた、切ない寄る辺ない心が、あどけない信頼が、溺れるほどの欲と艶やかな視線が。透明な亜麻色の瞳を、他の誰がこんな風に眺めただろう。誰がその明らかな思いを真正面に緩和剤のない胸で受け止めただろう。

自分の役を愛されて、引き寄せて体を任されて、それが自然にうまくいってしまったもので、勘違いが生まれてしまった。これは仕方ないといっておこう。俺のせいではないし彼女のせいでもない。


今になって思えば、気づく機会ならいくらでもあった。例えば一緒に帰った電車の中、例えばレッスン室で二人きりの朝、例えば、深く目線が絡んだあの瞬間。


息の詰まるような緊張、眩むような陶酔。


世界が全部揺らいで、彼女の手の中で弄ばれて気づくと正常な様子に戻っている。彼女は魔法使いだった。誰にでも愛される魔女だった。



彼女の言葉は、いつも酸っぱくて底抜けに甘い。きっとこれは甘さを知った者のみの快楽。


「好き」


上目遣いで。


「かっこいい」


無機質な文字で。


「分かってよ馬鹿」


破顔してしゃがみこんで。


「ごめん、私は君だけだって」


顔を見せないでその奥を見せないで。


ああ、多分勘違いとかじゃないんだ。きっとこれは、救いようのない必然で、逃れられない予定説で、俺のためだけの断頭台。


君は俺をなんとも思わないよ、そんなの分かってる分かり切ってる。ずっと前には関係ないと思ってたんだ、だってこんな風になるなんて思わないじゃないか。どうこういうつもりはないしどうなって欲しいとかもいわない。

突然来るものだなんてよく言うよ。そんなはずはない。強いて言うなら、気づきが突然なだけ。少しづつ貯金みたいに積み重ねたたくさんのパステルカラーが、ずっとずっと零さないように大切に運んでいたそいつが、目の前にぶちまけられたとき。高揚と絶望は簡単に両立される。


ために溜め込んだオレンジ色が、目の前に広がったとき。初めて俺だけに向けた笑顔を見た時の、あの感情に名前が付く。


降り積もって溶け出したピンク色が溢れたとき。手に触れたそのときの、火傷にも似た衝動に理由をつける。


雪崩れ込んで塞き止めたエメラルドグリーンが堤防を越えたとき。絡んだ視線が望んだものは決して手に入らないものだと知る。


俺をなんとも思わない君と、君に目を奪われ続けている俺。こんなの不公平だ。めちゃくちゃにアンフェアだ。だけど仕方ない。俺がおかしくて彼女が正しい。不公平だって叫んだ人が全員報われたわけじゃない。だってそれが絶対的に正義じゃないんだから。君だって俺を見てよなんて、言ったところで。



その寿命が3年だっていうなら、あともうちょっとだからやり過ごせる。あと何日って数えて心待ちにして。本当は今日も君でたくさんなのに、もうそろそろ消えるんだと期待して。結構本気で期待してる。

言わないならば捨ててしまいたい。捨ててしまいたいと誰より願うのに、そいつに縋って息をする。嘘なんかじゃない。でも捨てられるはずがないんだそれだって分かってる。分かってるんだと思う。


ちょっとづつ期待して、すぐにやめて自己嫌悪。早く消えないかな。早く元に戻りたい。君は友達の、相棒の俺を求めてる。俺がもし君に特別な関係を求めたならば。答えは聞くまでもない。


彼女は空で、俺は鳥だ。


君を目指したところで翼を焼かれて落ちるだけ。君は哀れむことさえしないんだろう。それでいい。

だけど空に月が現れたら。俺はきっと月を崇めない。俺という鳥は月を眺めつつ月に向かって飛び、やめては飛び、迷いながらも狂おしく憎らしいそいつを祝福して、朝焼けに向かって笑うんだろう。

臆病なのか。それなら笑ってほしい。

他でもない君に笑ってもらったら俺は幸せかもしれない。



やっぱり彼女は悪くない。俺も悪くない。


でも強いて言うなら俺が大一級犯罪者。君はその被害者。


振り回してごめん。

冷たい言葉で

優しくなくて

気が使えなくて

鈍感な奴で

そんな俺が天使のことを


愛しちゃって、ごめんね。


それでも信仰してる。君を信じてる。神を愛するように、君を愛してる。


君が俺に同じものを返すことはない。神の愛は平等だから。だけど、いつかいつかは神に愛される、メシアが現れるんでしょう。

俺にとってはディアボロだけど。


誰よりも大切に思われる自信なんかない。

それでも、俺は君のことを誰よりも大切にするし誰よりも君に笑いかけるし誰よりも君を信じるし誰よりも誰よりも誰よりも君を愛するのに。


君は今日も笑うのかな。

俺と君の間を友達だと信じて。

君からの友人向けの愛を受け取り損ねた

俺からの重くて想すぎて沈み込みそうな愛は

君に届かないで、今のままを信じていて欲しい。


それなら

だけど

でも

ねぇ、どうしてこんなに狂わせるんだ。

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