予兆 1
目が覚めると見知らぬ天井。
それは単に、知らない場所に居るという事を表すだけでなく、天井というものそのものを知らないということを表していた。
元来天井とは何の為にあるものか、
一概にこれとは言い切れないが、、、
概ねはこれと言える。雨風を凌ぐ為だ。
黒烏には、いや天界に住むモノ、所謂天使と呼ばれるものに雨風を凌ぐ等という概念はなく、そもそも家というモノそのものの
認識が人間とは少し違うのだ。
故に目覚めた時に天が見えないというのは
黒烏にとって初の出来事だった。
「ここは、、、お兄さんの家か。」
そう確認するように呟き上体をベットから起こすと、ベッドの横の床で大の字で倒れてる弥生の姿を見つけた。
「んぁ?あぁ、起きたか、、、イテテ」
弥生も目を擦りながら上体を起こす。
どうやら軽く微睡んでいたようで
今の黒烏の呟きで目覚めたらしい、
「えーと、、、黒烏?だっけ?」
弥生が自分の名前を恐る恐る確認してくる。
「うん、そう。黒烏だよ。読み方、イントネーション共に“ 苦労”と同じ。」
イントネーションにこだわりがある訳では無いが、そこ大事。
そんな黒烏を見て苦笑しつつも弥生が
寝起きのダラけた雰囲気を切り替えるように
背伸びをしてヨシッと呟く
「じゃあ、黒烏。君は一体どういう経緯であんなところに居たんだい?そろそろ聞かせて貰えるかな?」
「うーん、どっから言えばいいかなぁ、、、まず確認するけど僕は堕天使なんだよ。それは信じて貰えてる?」
「にわかには、、、でも事実得体は知れない訳だし信じるより他ないだろ。」
黒烏は事実堕天使だ。当然弥生も完璧には受け入れてはいないだろう。どうしてあんなところに倒れていたのかという弥生の質問も当然のものと思う。
「端的に言えば天界でお尋ね者として追われて命からがら逃げ落ちて来たのさ。」
「なにしたんだよ、まぁ、聞きはしないけどさ。その話が事実だろうとなかろうと面倒くさい話には変わりないし。」
そう言うと弥生はそれ以上は追求はしないと言った風で、バッと立ち上がってはなにやら朝の支度を始めたらしい。
正直追及されないのは嬉しいが
もっと根掘り葉掘り質問攻めに遭うかと思っていたので身構えていたのだが、
なんだか拍子抜けしていた。
「なんか食うか?というか食べれるんだよな?」
「お兄さんの手料理ならなんだって頂くよ!」
演技ではなく本当に嬉嬉として言うので悪い気はしないが、(そう言うのは女の子に言われたかったよ。)と何故かショックを受ける弥生
「飯食ったら俺はもう学校行くからな、別に家に居るのは構わないから好きにしてていいけど、くれぐれも目立つようなことはしないでくれよ。」
「あい、わかったよ。こっちも指名手配中の身だからね、大人しくしているとも。」
そう言うとふてぶてしくゴロゴロしだした黒烏を横目に見つつ弥生は靴を履いて玄関の扉に手をかける。
「いってきまーす。」
そう言って弥生は学校に向かったのだった。
「さて、そろそろだろうかねぇ。弥生くんには申し訳ないけど、、、ね。」
家主の居なくなった部屋で
黒烏はそう1人ポツリと呟いた。
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県立更津高校。それは弥生の通う学校である。普通科のごくありふれた学校といった感じだ。
弥生はいつものように通学路を歩いていた。
いつも同じ時間に家を出ては同じ時間に学校に着く。今まで1度も遅刻はした事がなかった。
「そろそろか、、、」
「おはよっ!弥生ちん今日も元気ィ?」
元気いっぱいルンルンな声が後ろから聞こえてきた。
「おはよう。元気だよ、飛鳥ちゃんはどうなんだい?」
「元気だよっ!!」
天真爛漫を地で行くこの子、國末飛鳥は笑顔純度100%で返してくる。
(なるほど、確かに元気そうだな、、、)
「ところで、飛鳥ちゃんのさっきのその挨拶だが、それは英語で言うところのグッモーニンハウアーユー的なやつだがね。その挨拶を実際に使うやつが居ると思うかい?」
「居るよ?」
と呆けたような顔で自分のことを指さして言うので思わず弥生は頭を抱える。
「あー、今のは言い方が悪かったよ、すまない」
「?」
なぜ謝られたのか分からないという風だ。
「まぁ、とにかくそんな元気か?と聞かれて
元気じゃないと答える奴がいるかい?という話さ。」
「でも弥生ちんいつも元気なさそうだよぉ?」
「うんなるほど、なら仕方ないな。」
諦めたという訳では無い、いつも社交辞令のようにやってくる元気か?という挨拶に元気です。と返すそのやり取りが自分への気遣いより来ているものだとわかってしまっては無下にも出来まい。(次からは少し元気ですアピールを強めに返事しよう。)
「やばいよ弥生ちん。今日は鬼の高松先生の授業だよ!」
口に手を当ててあたふたする飛鳥
あわわという声が今にも聞こえてきそうだ
「そう呼んでるのはお前だけだろ。第一やばいって何がやばいんだ?」
「地獄の宿題増量地獄が待ってるんだよっ!」
「地獄の中に地獄があるのか。なんというか的を射てるな。つか、それ要はお前宿題やってくんの忘れただけだろ。」
「てへぺっろ!」
今度はバレたかてな感じで頭に拳をあてて舌を出して言う。
「促音の場所がおかしい件にはつっこまないけどさ。高松先生の授業は宿題さえやってれば怒られることも無いんだからさぁ、お前もう少し要領良くやれよ、頭良いんだから。」
そう國末飛鳥はこう見えて頭が良い。
それも言葉通りだ、学年でも成績は俺に次いで2位のなかなかに頭の良い子なのだ。
その上黙っていれば
お淑やかにも見えるほど綺麗な黒髪ロングで美しいと形容するのがぴったりな出で立ちで
正に容姿端麗な女の子なのだ。
ある部分を除いて、、、
「たすけて、、、弥生ちん」
「無理だ。」
「、、、」
しょんぼり顔の飛鳥
「はぁ、、、次の宿題は手伝ってやる。」
やれやれと言った感じで弥生が言うと
急に飛鳥の顔がパーッと明るくなる。
「大ッッ好きだぁ!それでこその弥生ちんなんだぁ!」
「それでこそってなんだよ、別にお前の宿題を代わりにやる訳じゃないからな?手伝うと言っただけだからな?」
都合の良いことしか聞きませんといった風で
すっかりウキウキスキップで幸せいっぱい
お花畑な飛鳥はそのまま学校に着くまで
ルンルンだった、、、
昼休憩の鐘が鳴る。
教室を見回せばみんなカバンを漁って
各々の弁当を取り出しては食べ出している。
が、よく見ると1人しょんぼり座ったまま俯く頭の良い子が、、、飛鳥だ。
「なんだお前まだ引き摺ってんのか?宿題なら手伝ってやるって言ったろ?」
「いやぁ、そうじゃなくてですねぇ、飛鳥ちゃんお弁当をですね?そのですね?あのですね?」
「忘れたのか。そうか、お疲れ様」
そんなとこで吃ったってもう
忘れたしかないだろと思いつつも
溜息混じりに弁当を彼女の前にそっと差し出す。
「えっ、、、いいんでせうか?」
驚愕の眼差し
「良いよ別に、少し多く作りすぎたのさ」
嘘ではない、実際黒烏の分もと考えて
作った朝食が思ったより余ってしまったので弁当に入れたのだ。
「ありがとうぅ!!!!うっぐすっ、」
嘘泣きである。
がまぁ、感謝は伝わるしそこまで喜んでもらえてなによりだ。
「なんだなんだぁ?弥生お前泣かしたなぁ?」
「おいおい、こんなあからさまな嘘泣きも見破れないのか昭和。」
「ちっ、嘘泣きかこの女」
「嘘泣きだって泣いてるんだぜ!」
決まったな、と言わんばかりに
ドヤ顔(泣き顔)で言う飛鳥。
「無い胸を張るな。」
弥生の厳しいツッコミが飛鳥の無い胸に刺さる。深々と、、、
そう、天は二物を与えずとは良く言ったものだ、実際容姿端麗で秀才。
正に才色兼備と来ているのだから、
充分二物を与えられてるとは思うが。
執拗に自分の胸を触ったり見たりと確認しているが無いものは無いのである。
「昭和は今日は弁当かい?珍しいね。」
「うん、そうだよ。」
波多瀬昭和は基本いつも買い弁というやつで
いつも購買に行って戻ってきたら一緒に食べているのだが今日は弁当持参らしい。
弥生達はいつもこの3人で昼ごはんを食べている。成績上位3名である。
昭和も学年3位の秀才なのだ。
飛鳥はどちらかというと天才という感じなのだが、昭和は努力家というか真面目なやつで
見た目も硬派な印象を受ける出で立ちだ。
だからクラスのみんなにも1番に信頼されている。実際俺や飛鳥が知らないような事も
知っているし、よくそういった事を教えてくれるのだ。基本的に人との関わりを避ける所は弥生とそっくりだが、弥生とは違って何気に運動神経もよく、文武両道を地で行く男だ。
「で、今日はなんの話をするんだい?」
いつものように弥生が尋ねると
「そうだなぁ、語り合うにもネタがそう簡単に浮かばなくなってきたなぁ」
すると突然手を挙げて飛鳥
「はいはーいっ!」
「なんだ?恋愛トーク以外だぞ?」
「ぐっ、、、じゃあ金だっ!金を稼ぐにはどうするか、でどうだぁ!」
「恋愛がダメなら金ってか、、、」
「まぁ、たまにはこういう話題もありか、で、弥生の意見は?」
「いまいち盛り上がらないなぁ、そらまぁ、情報を集めるのが重要なんじゃないか?」
「情報ぅ?!」
「そう、情報だよ飛鳥ちゃん。情報というよりは情報網を拡げるてのが重要かな。」
「なるほどな、まぁ当然だな。」
「なんだっていいのさ、交友関係の輪を広げるなり、SNS等でフォロワーを増やすなりね。例えば物を売るにしても需要を知らなきゃいけないわけ。投資をするにしてもね。それに、事業を立ち上げるなんてもんならそれこそ個人の力じゃ無理さ、会社てのはそもそもが個人ではなし得ない規模で動くものだからね。」
「ふーん、そっかぁ。でもそれって要は学校で習うような知識の話じゃないよねぇ?」
「そうだね、知識てのは実際に行動に移す段階で役に立つものだからね。だからもちろん持っておくに越したことは無いが、前提として必要なものでは無いよ。ようは基本的に学校を卒業して企業に就職した後に役立つものという事さ。それは専門学校にしても同じ、就職先で必要な知識を得ているのさ。だが、自らが事業を始める際にはそういった知識ではなく、常に変動しているようなそれこそさっき言った需要などのデータを握ることが大事なのさ、それは統計的なものだからね。だから大人数の人々と関わるしかないのさ、SNSでフォロワーを増やすなんてのも何気に馬鹿には出来ないて話さ。」
「まぁ、わかりきってた話だけど俺ら向きじゃないな」
昭和は退屈だといわん表情
「そうだな、わかりきってる話さ。俺らのように社交的じゃない人間は優秀な社員向きさ。」
「私は割とそういうの出来そうな気がするなぁ。」
「飛鳥ちゃんは確かに得意そうだね、それに集めた膨大な情報、いや、もうデータだなそれを見極めて取捨選択するのも君なら出来そうだ。」
「やったぁー、弥生ちんに褒められちったよぉ!」
「こんなアホっぽいやつが金を稼げるたぁ、なんか不条理だな。」
昭和はなおのことやってられねぇといった風
「まぁ、俺とか昭和は社交的じゃなく殻に籠って黙々と、て感じだろ?それはそれで何か一点を突き詰めるてのもアリだ。実際下らないことでも良い、他の追随を許さぬ程に極めた何かてのは評価されるものさ、評価は金に繋がる。わかりやすいところで言うならスポーツ選手や、絵描き、勉強面なら学者等だ。」
「俺ら向きだな。」
「あぁ俺ら向きさ。」
顔を見合わせて微笑する。
横では仲間はずれにされていると飛鳥がムスッとしていた。
「じゃあさっ!3人で何かを突き詰めようよ!」
仲間はずれがよほど気に食わなかったらしい。
「いや、俺は普通で良いよ飛鳥ちゃんと昭和でやると良いさ。」
「ま、だろうな、そう言うと思ったよ。」
「えー、つれないよォ、弥生ちん。弥生ちんはこういう話してても思うけど賢いんだからさぁ、やろうと思えばなんだって出来そうだよぉ?実際お金を稼ぐにしろサラッと方法を考えてペロッとやっちゃいそうだと思うんだよぉ。」
「いかんせん俺には欲がないからね、なにかしたい事が、成し遂げたい事が出来たら。そしたらサラッとペロッと頑張るさ。」
「じゃあ、恋愛だね!するしかないね!」
「弥生、この恋愛馬鹿女の話は無視だ。」
「ごめん、飛鳥ちゃんなんか言った?」
「はいはい、私は恋愛アホ馬鹿あんぽんたん女ですよーだっ!」
そこまでは言ってない。
と思いつつ食べ終わった弁当を各々片付け始める。
昼休み終了のチャイムが響いた。