4つの点がそこにある。出来上がるのは三角形3
アベルにとって、ダンジョンに来たという事実はどうという事もなかった。
アベルがいるダンジョン――塵芥亡ぼす空の王者達という空間というか場所は、アベルがイメージするダンジョンというものとは違ってはいた。
広く空があり、岩山のようにごつごつとあたりが石だったり、かと思えば草原や草木がある森のようだったり、それそのものの単語が差すような地下牢やら地下室のイメージはまるで存在しないものだった。
そこには、知らない生き物があふれていて、攻撃を仕掛けてきた。
無謀にも初めはそれにぽかんとしてしまったアベルは、一撃で頭に鳥を生やすような結果となり、リスポーンをいち早く体験する。
しかし、アベルは優秀であった。ここがそういう場所だと気付いてからは、死ぬ回数を劇的に減らす。それができる才覚を有している。
そして、優秀であったし、なにより不満を持っていない。淡々と、当たり前のように、先に進むための行動をしたのだ。
どこにいようが、もうアベルにとってはどうでもよかったからだ。来る前には自暴自棄だった。場所が変わったところで、何が変わるわけでもない。むしろ、生物としての本能が刺激されでもしたか、前より活動的にはなっている。目的が設定されているから、されたから。だから、じゃあ、と、それをしようと思った。それだけの話。
ポイントで色々拡張しながら、ソロで活動していた。ソロでありながら、1番ではないものの、トップクラスの実力を有し続けて居る。
生き物を殺すということに、特に抵抗を覚えることはなかった。害があって、殺意があるのだから、アベルとしては抵抗を覚えることはなかった。とはいえ、そういう思考であるから、向かってこないものは殺すこともない。
ある時仮面を手に入れた。
空行く頂点へ挑む愚者の仮面、と長ったらしい名前が付いた仮面。
シンプルに、丸く顔を覆う仮面。穴などはないが、どうしてか視界が塞がれることもない不思議な仮面であり、空中に1度だけ踏めば砕ける脆い足場を出現させることができて2段ジャンプのように空中で更に跳ねることができる力が手に入るというものだ。スキル等とは違って消費されるものがない、脆く落下もするその足場は跳ぶタイミングも難しいし、クールタイムもあるが便利な代物であった。
真ん中に三角形のような感じのもようが描いてあるだけの簡素な仮面。
三角形。
頂点を目指す愚者。
どこか、それが皮肉と感じて、お似合いだなとも思った。
頂点へ向かい、頂点には辿り着けず。ただやみくもにたどり着けるはずと無謀に目指しただけの愚者。
家には4人いたのに、形成されたのは三角形。自分だけ、ずっと1つの点でしかなかった事。
すっとそれを顔につければ、紐等固定するものはないのにもかかわらず、落ちる様子もなく顔にフィットしている。
皮肉でお似合いに感じるそれで、自分の顔を見なくて済むと思えば、それはどこか爽快な気分だった。
「お礼? お礼なら今夜どうです!」
人を助けるような良心があった。よく困っている人を見つけては、お節介に感じられようと手を出していた。
アベルという人間は、基本的に善性といえる。習慣的にも、やることは変わっても、行動自体は変わらない。
しかし、人気があるかといえばそういうわけではない。
いや、感謝している人間自体は多いのだ。命が繰り返されども、その苦しみがあるのだ。救援されたことに対して、感謝くらいはしようというものだ。よほどひねくれでもしていない限り、それは当然の流れである。
しかし、彼は下半身的に発言が素直過ぎたのだ。
「見てくださいよぉ! この仮面の三角形を! どうです! どうです!?」
「いや、何を言いたいのかちょっと理解ができないです」
「こんなに三角形なのに!?」
ちょっと壊れたままでここに来たからか、活動的にはなったものの、言動がやんちゃすぎたのだ。
だからといって男を見捨てるというわけでもなく、その行動は男女問わずに助けられるなら助けるというものだ。
下半身的に素直といっても、無理やりどうこうという行動をしているわけでもない。ちょっとあけすけすぎて、現実なら警察呼ばれるのでは? というレベルで下心的な言葉を素直に舌にのせて発言するだけだ。だけといっていいかわからないが、そういうことをするやつがいることが、一定以上にアベルの評価が落ちない結果になっていた。
一部からは嫌われているが、基本的には『目覚めた思春期の男子学生レベル』みたいな目で見られる程度で、男からも『ちょっとねじがずれていい奴っぽいけど下半身に口がついている残念な奴』という悪すぎないよりの評価だった。
掲示板でもネタキャラのような奇妙な人気がある、いじられる変な奴として扱われることも多くなっていった。
「パーティーは組む気がないんだ。ごめんね――こっちの子をよろしく。僕はここを片付けるから」
それでも、何度も助けられるなどすれば好意を抱かれたり、感謝か、その行動に惹かれたか、その下心満載の軽口を了承したりとするものはいて、それなりに交友関係というものはあった。
しかし、壁が見えてくる。
あけすけで、素直で、エロガキめいていて、そういうムーブをする男。
仮面をつけ始めたが、始めはつけて居なくてその顔を覚えている者はいて、知っているものは知っている20代だろうくらいの男。
笑顔でにこにことしていたらしい男。
誰でも助け、ひねくれたことをいうような人間でも、危なそうなら手を貸してしまうお人好しでもある男。
けれど、一定以上に仲良くできる者はいなかったのだ。
どこか、壁があるように、そこから先に進めない。
アベルの器は、求めて居ながらそれを注ぎ込むことができない、壊れたままだった。
「おお、お嬢さん! さっきぶりですね、大丈夫ですかこんばんは! どうですか今晩は!」
ある日、また一人の女を助けた。囲まれて食われているところを蹴散らして、回復させ、自分は討伐に努めながら近くの人に帰還の補助を頼んだ。
アベルは共有スペースと呼ばれる、ダンジョンと自分の部屋の、誰でも使える中間地点にてその人物を見つけると、いつものように話しかけた。
「……かまいませんよ。お礼、ですから」
「え? ……マジで? 大丈夫? ……お薬飲む?」
「ええ。大丈夫ですよ、正気です」
何度か繰り返しの末の了承だったり、冗談として扱ってくれて乗ってくれるような人はいたが、一度目で了承の答えなどが返ってきた試しなどがなかったため、アベルは一瞬素に戻った。
あふれんばかりのパトスを口にしながら、今まで培ってきた常識が消えてしまっているわけではいものだから、根っこは『いや、そんなこと言われてうんっていうわけない』とは思っているところがあったから、思わず冷静になってしまったのだ。
まじまじと、改めて目の前の女を見る。
線が細く、ふらついている印象を受ける、目に光というものを感じない女だ。
そこで初めて、助けたのが噂になっている『アイテムによってはすぐにどうこうできる』とされている女であることに気付いた。
存在感が薄い、というイメージを抱く女だった。
アベルという、見た目はガタイの良く筋肉が付いた男と並べると、ことさら目立たなくなってしまうような、どこか平べったく感じてしまう女だった。
消えてしまいそう、とアベルは思った。
捕まえないと、どこかに飛んで行ってしまいそうだと、そう思ったのだ。
その目と佇まいを見て、危ないな、とも。
噂になっている通り、振り切れてしまいそうな雰囲気というものがはっきりとわかった。
「おおスバラシイ。あなた女神ですか!」
それはそれとして好みだった。
それに、自分が何を言ってもそれが届くことはないとも思ったから、他の事を口にする気は湧かない。
いつものように冗談のような軽口をぺら回せば、女は落とすように笑った。
その顔が、どこか古くなって押し込めた記憶をうずかせる。
「おもしろい人ですね」
「ありがとう。君は可愛い人だね! とってもキュートだよ!」
「そんなことはないと思いますが、ありがとうございます」
「えーっと……そうだ! 名前を聞いてもいいかい? 僕はアベルっていうんだ」
「私ですか? そうですね……由紀子です。そう呼んでください」
「――ワォ! 日本人がいきなりファーストネームかい? これはもう告白としかっ!」
「違います」
「即断!」
その名前にも、どこか面影を感じてしまって。
だから、最初に興味を他より持ったのは、その程度の理由でしかなかった。




