クリア:梶原 銀之丞(ダンジョン:海と魚 掲示板ネーム:綺麗なサハギン)2
『いや、だからさぁ。不思議なんだよ。そんな、『人』を守りたい人が、どうして? 魚人っていってるけど、あれは人間じゃあないよ?
よく、そっちについて『人』をぶっ殺そうなんて思ったなぁって、不思議だったんだよ。死なないとはいえ、死んでいるわけじゃないか。
ん? 体が変わっても、人格が維持できなくほどでもなかったはずだろう? あなたはあなただった、違うかな?』
「……お前がっ……いや、用意されていたアイテム群があったろう?」
かっとして、お前が言うな、という言葉がつい口になりそうなのを抑えて、努めて冷静に言葉を出そうとするも少し震える。
『ん? アイテムは色々あるよね。今も増えたりしていると思うよ。試せるものは多い方がいい。そうでしょ?』
「……体が、変化するものがあったろう」
『んー。あるねぇ。
まぁ、そうじゃなくても抵抗力もないのに、自分より存在が大きなものを食べれば浸食されて別の生き物の特徴がでたりはするね。そっちはまぁ、本来あまり想定はしてない変化なんだけどねー。
あなたもそうだけど、どうして安全な処理方法も、それに耐えうる体もないに口に入れようと思うの? 思ったんだい? 赤ん坊なのかな? 新しい歯でも生えかけてて安定してなかったからなんでも嚙んでみたかった的な? 歳を考えてほしいねぇ……
いや、やりやすいように思考が少しはためらわないようにしたとはいえ、そこまで理性が飛ぶようなことはしていないはずなんだけどなぁ?
あなた、それでまともに生活できてたの? 本当に?
いやさ、何が何でも口にしたい! ってんなら、止めようとも思わないんだけど、それでどうしてこんなことを! とか言われたって、正直困っちゃう』
「……」
水をかけられた気分なる。
色々と言い訳は浮かんだ。
浮かんだが、結局怪しげなものを試す決断をしたのは自分だという事を思い出した銀之丞は、連れてこられた理不尽を置いても少し罰の悪い気分になる。
どうしてそんな怪しいものを口にしたの、という正論といえば正論でしかない言葉が今、非常識に人をさらったものに関わっているだろう存在に言われるのは想定外だったためだ。
いや、じゃあ用意するなよ、という話ではあるのだが、使った使わなかったの選択は確かに自分の問題ではあった。
通常の銀之丞なら、相手への怒気でそれをつぶしたかもしれないが、ある種冷静になってしまったから自分を振り返ることができた。
なにせ、まず最初に口にした理由がノリでしかなかったのは事実だ。さすがに、シリアスに言い返すことはできそうになかった。落ち込んでいた雰囲気を何とか改善したかった、他人の為だったと考えていたとはいえ、使ったのは自分であるという事実がなにより重い。それに、他人のため等は所詮独りよがりにすぎない。
『あなたが使った、えーっと、【リヴァイアサンの内臓器官粉末/特用】だって、正常処理をすれば服用時に大きく水の親和効果が高まるものであっても副作用なんてないし、ばらまけば一定以下の水に属する者たちはそれを忌避して近寄れない、一種の結界状態にするみたいなことだってできた。
割といーいやつなんだよ? あれ。
でもって、知らないくせに、どうしてかそれをそのまま飲んじゃったのはあなたでしょ? いや、本当に、なんでこれをいきなり『飲もう!』とか思ったの? 他のもそうだけど、知らないものを大丈夫か調べないで口にするのってどういう神経? え? 毒見役を用意しなきゃってことだったのかな?
道端の草食べるってレベルじゃないよ? お腹空いてた?
にしても食べ物は選びなよ。知ってる食べ物だっていっぱいあったでしょ? 字は読める? 読めてるよね?』
「いや、それは……」
改めて言われると、馬鹿の行動そのものだと思ってしまう。
処理方法云々は説明書でも書いとけよ、危険物だろうが。
などとは思うが、気分が沈んでいるのもあって感情めいた言葉は、勢いで出せない。そのエネルギーが足りていない。
それに、確かに、そんな怪しげなものは使うほうがどうかしているとも思う。毒のマークが書かれている瓶が手に入ったからといって、いきなり口にするのは馬鹿の所業だと、冷静になれば常識的に銀之丞もそうだと思うからだ。後にするから後悔とはよくいったものだ。
にしても、苛立ちはしているし、目の前の存在に言われる筋合いなどないとも思っている。口には出しはしないが。
『まぁ、その意味のわからない行動はともかくだよ。
気になったのは、そこからどうして? ってことだから』
「……あぁ……そうだな」
少しだけ、助かった、などと思ってしまった心は無視した。恐らく、ここでノリで云々を告白したところで多分相手も困ったことだろう。困らせてやればすっきるするだろうが、それ以上のダメージを負うことが事が確定的であったため断念する。
どこか疲れた気分になりながら、銀之丞は口を開く。
考えを改めて整理する意味でも。
「……人間じゃなくなったから、かな」
『んん?』
「だから! ……俺は……俺が、人間じゃなくなったからだよ。違うんだよ、最初はそうじゃなかった。鱗が生えた程度では、まだ俺は人間だったんだ。……そう、進んでからだった。体が切り替わる瞬間というものがわかったんだよ。あぁ、俺は、人ではなくなったのだと、本能が理解してしまった、そういうタイミングが訪れたんだ。声が聞こえて、会話ができる時点で動物相手にはなかったためらいというものは少しながら生まれていたが、それ以上にわかったんだ。わかったかことがあったんだよ」
『何がだい?』
「俺が人を助けたかったのは、俺が人だからだったんだよ――証拠に、そうなってからはプレイヤーを攻撃しても、なんとも思わなかった。思えなく、なっていた」
竜人と呼べるようなものになる前から、体が変わったことで銀之丞が得て、失ったのはそういうものだった。
別の種族となったというのは、なるというのは、ただそれだけで重いものではある。しかし、銀之丞にとっては想定外な効果ももっていたのだ。
「根本が変わる。同種ではない、というのは、俺が考えているよりもずっとずっと重いものだった――魚人だって、同じとは思えるほど近くはねぇ。だけど……だけど、そうなった俺にとって、言葉はどちらも通じるが魚人のほうがずっとずっと近かったんだ。
試しはした。色々と。
魚人だって、人同士のような強いためらいはないけど、違う生き物になってしまった人間よりは良かったんだ。だったら、そっちを選ぶだろ?
言葉でいうのは難しいんだが……親近感? 少し違うか? なんというか、同種だから感じていた感情というもの、その流れ。そういうものが、俺にとって重要で重視していたものだったんだってことが――なくしてからわかったのさ」
『へー……なるほど。なるほどねぇ、考えたことはあまりなかったけど、そうなのか……そういう影響も出るってことなのかな。いや、予想してなかったかも。あぁ、でも、そうか。あなたは元から同種意外優先順位を下げるべきだという思考が強かったからなおさらだったのかな? それとも、望んでそうなったわけではないからそういう影響が出た? 人に固執しているから、中途半端すぎるのかな? 人じゃないとはいえ、結局何にもよれてないよね、あなた。というか、あなた周りのいう評判よりクズいな? クズくないかい? そのことに改めて驚いてるよ』
「あぁ、俺が思う、俺の善意なんて、意思だと思っているものなんて、そういうものだったって、それだけのことだよ……はは、何せ、今の状態なら、俺は少なくとも一緒にやっていってこうなんて思っていた魚人を、人間を守るためにいくらでも殺してやれる気分なんだぜ? 今の状態なら、きっと人は殺せない。かけらも人でない要素がない、今の状態なら
あぁ、そうだな――クズなのかもな。俺は、周りが思い描くような、俺が思い描くような。善人なんかじゃなかったみたいだ。今、改めて考えたことで、ようやくそれを理解したのかもしれない」
情報云々を置いて、銀之丞は笑った。改めて知る自分というものがおかしく感じて仕方がなかった。
体が変化して、元の世界を考えて、それをあきらめて、それ以上に人間というものへの考え方が変化していることに気付いて、自分というもの自体が揺らいで。
そうして、少しはそれを固めたつもりでいたら、体が戻ってしまっていて、また揺らいでいる。
それによって、自分の性質というものを改めて考えて。
それが、今まで好きではないものに類することに気付いて、笑いたくて仕方がなかった。
『うんうん。なるほどなるほど。まぁまぁわかった。ありがとう。難しいものだねぇ』
「は、どういたしまして、って言や、何かくれるのか?」
『いや? そういうのは別にないかな。続きに進もうか。あぁそうだ! じゃあ、せっかくだから、それまでは付き合うよ。そのままよりはわかりやすいんじゃないかな』
「そうかよ。そりゃ、素敵だな」
投げやりに呟いた。
銀之丞は改めて自分を振り返って、なんだかどうでもいい気分になっていた。
なるようになる、という開き直りでもある。
疲れてはいるが、どこか開けた気持でもあったのだ。
もう――善人であろう、という枷がないということでもある。
ここにきて、銀之丞は自分というものが理解できた心地で、どこか爽快でもあった。
『それにしても、あのイベントは酷いものだったねぇ。あなたが早めに終わらせてくれてよかったよ。あのまま例えばあなたがプレイヤーたちと殺し合いをすることになんてなってたら、酷いことになるところだったよ』
「あん? そうなのか?」
『そうだよ。何かできると思ってやったのかもしれないけどさぁ、できないことをさせちゃあだめだよねぇ――あなたもそうだけど、ああなった存在に、今のプレイヤーたちが勝てるわけないんだからさぁ』
「ん? 確かに、強くはなったが――どうにもできないのか? 集団でおされりゃワンチャンあるんじゃ? スキルをうまくくんだり、熟練させてもダメなのか?」
『あなたは中途半端だったから、その辺自覚がたりないというか、わかりにくかったかもしれないけど――ああなった存在に、現在のプレイヤーは勝てるようにはできていないんだよ。
格が違うってやつさ。実際、蹂躙されちゃうだけだよ、何人いようが、ね。
あんな風にダンジョンを越えて人を集めたって、犠牲が増えちゃうだけなのさ』




