善人よりのプレイヤーがしたクリアというもの
プレイヤーと呼ばれる人間が、出口をくぐった。
それ即ち、ダンジョンからの脱出。クリアである。
「……」
不信。
白い景色。
あたりには何もないし、何もいない。
誰もいない。そこには何もないことだけがプレイヤーにはわかった。
そういえば、とそこで気付く。
パーティーを汲んでいた仲間たちが、同じくして出口を通ってきたはずの仲間たちが、いつの間にかいない。
「……!」
焦ってプレイヤーは振り返る。
――そこには、何もない。同じく、白い空間がただただ、まっすぐと、どこまでも。
通ってきた道も、夢から覚めたかのように、最初から何もなかったかのように。
「……。……?」
深呼吸。
数々のありえない経験が、プレイヤーに落ち着きを取り戻させていた。
その術を知っていた。だから、それ以上取り乱すことはない。
落ち着いてきたことで、もう一つの事実に気が付く。
「……???」
体が重い。
頭も、なんだかいつもより働いていない気がしていた。
しかし、何かしらの攻撃を受けているという様子ではない。
気付けないレベルであれば大変だし、と思い、アイテムを取り出そうと端末をいつものように呼び出そうとしたが――何も起こらない。
「……!!!」
焦り。
何か、よくわからないことが起きている。
何度も繰り返し、アイテムを出そうとするも、何の反応も生み出すことはない。
ふと、焦りながらスキルも試してみた。
ノーマルダンジョンのプレイヤーであったので、Gシステムを最後まで導入していた。
いつものように、スキル名を叫ぶ。
――当たり前のように、声だけが響いた。
何も起こらない。体が自動的に動いたりもしない。
あたりをきょろきょろと、落ち着きなく見まわす。
何もないことが、次第に恐怖を生み出してきたのだ。
怖い。
怖い。
怖い。
何もないことが。力がないことが。道具もないことが。
もし、ここから出れないなら。
もし、今までの事もただの妄想なら。
ここはいったいどこだ。
色々な考えがぐるぐるぐるぐる回りだす。
「―――!!!!」
無秩序に、叫んだ。
色々な言葉を叫んだ。
助けてと叫んだ。助けろと叫んだ。
誰かいませんかと叫んだ。返事をしろと叫んだ。
お願いしますと叫んだ。言葉にならない言葉を叫んだ。
それでも、何の返事もなかった。
「――」
力なく、なんとなく、歩く。
それは意味のある行動ではなかった。意思のある行動でもない。
何せ、辺り一面は白だ。遠く、遠く、先の方まで見えてしまっている。何もないことが、どうやらこれも下がったらしい視力でも、それがずっと続いていることくらいはわかるのだ。
「――?」
死んだような目でただ歩いていると、視界の端に何かかゴミのようなものが見えているのに気が付いた。
それに注視する。
「――!?」
ビジョン。
引っ張り出されるように、空中に何かが投影された。
『工程は終了しました。
おめでとうございます
次へ→』
意味は分からない。
ただ、きょろきょろ見回してもやはりこれ以外に何もないし誰もいない。
次へ、と書かれている場所を注視してどうすればいいのか悩むと、とメッセージが変化する。
触る必要すらないらしい。
『選択してください。
1、進む
2、元の場所に戻る
選択して次へ→』
プレイヤーは、なんというか、不親切だと思った。
細かい説明などどこにもなく、もちろんヘルプも存在しない。
守護もなく、案内もない。
ただ、終わった、選べ、そういわれている。
腹が立った。
腹は立った――が、その苛立ちすらどこにぶつければいいのかわからない。そして、不安のほうが大きかった。
『進む』とは、どこへだろうか。
『元の場所』とは、いったいどこだろうか。
プレイヤーを悩ませる。
きっと、選ばない限りここから出ることはできない。
ここにずっといるなんていう悪夢は避けたかった。何もなさすぎるここに比べれば、ダンジョンですらましだと思えるほどだった。
だって、ここには何もないし、誰もいないのだ。
「……」
元。
元?
それはダンジョンに逆戻りという事だろうか。
それとも――元の世界に、元の日常に戻れる、そういうことだろうか?
プレイヤーは首を捻る。
ダンジョンに戻されたなら――単なる繰り返しだろう。それを選択させる意味はあるだろうか? と考えた。
そして、掲示板でも自分のダンジョンでも、戻ってきたものの姿はなかったことを思い出す。
つまり、元の場所、とは少なくとも元のダンジョンのことを差しているのではない可能性が高いのではないだろうかとプレイヤーは推測した。幾人もクリア――あの出口を通ったものはいた。その中で、一人くらいは元の場所という選択をしていてもおかしくはないはずだと考えたのだ。
――それも、全員が同じ状況であるという前提ならば、だが。
「……」
元の世界。
初めは狂おしく求めた日常。
今も、戻りたくないのか? と聞かれればそんなことはない、と返事はできる。
できる。できるが――戻れるのか? という疑問も湧きたった。
ある種、この白い空間にクリアで興奮したような気持ちは漂白されてしまった。
もし、最初から選択しなければならないといわれていたら、何も考えずに戻るという選択肢を選んだ可能性は高かった。
プレイヤーは日常に大なり小なり不満はあっても、それは全てを捨てて別の世界に行きたいと思うほどでもなかったのだから。
望郷の念というものは大きい。あの日常は、今となっては平和で素晴らしいものだったと思えている。
でも。
「……」
今まで手にしていた日常がおしいというわけ――も少しはあるが、それはここまで迷う材料にはならない。
迷っているのは――自分の体と、体験。意識的な話も。
「……」
さらわれたから。止められなかったから。禁止されていなかったから。
出口にたどり着くようなプレイヤーは、チュートリアルでさえ――何かを殺してここにいる。
ポイントで得ることができるアイテムというのは――本当にいろいろあった。
多くの人間が、いろいろなものを試している。それは、現実逃避やストレスを緩和するためにはしょうがない部分ではあるし、あったとプレイヤーは思う。思うが――躊躇。
元に戻れるのだろうか。
本当に?
恐怖。
外れてしまったのではないかという、恐怖だ。
もう少し自分本位な人間なら、気にせずに済んだかもしれないが――
「……」
PKではないとはいえ、反撃で人も殺してしまっている。
殺してないまでも、反撃として人に攻撃したことは何度もあるし――今更、暴力で返すこと自体には躊躇もないのだ。
――もともとは、小動物同士が喧嘩しているのを見るのも怖さを覚えていたくらい、暴力が苦手であったはずなのに。
きっと、記憶は消えない。
元の場所に戻って、なじめるだろうか? 元の自分には戻れないのに。
プレイヤーは、最初に考えていた。
クリアしたら選べるのではないかという可能性には思い当っていたのだ。
その時は、絶対に帰ると決めていた。
そういったものに憧れはあるが、家族や友人を捨ててまで選ぶようなものではなかったから。
絶対に、そうすると決めていた。
しかし――そういう人間だったからこそだろうか。
今は、この選択をすぐに選ぶことができないでいた。
仕方なかった、で済ますには、やってきたことがこびりつきすぎていたから。
変わった自分を、改めて自覚してしまった。
知られたら、怖がらせたら、怖がられたら、排斥されたら、ばれたら、何をしたか、何をしていたか、どうしたか、暴力に躊躇が戻るか、反射的に何かをやってしまったら――体が、戻ってなかったら? ふとした瞬間、力が戻っていてそれをあやまったら?
一度考えだすと、嫌な想像ばかりしてしまう。
こんなところからはすぐに出たい気持ちは変わらずに、しかし、プレイヤーはその場にうずくまるしかできなかった。




