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おう


 どういうことだ。

 大きくなった体と、その体にひしめきぎちぎちとなる鱗。

 ウミヘビと竜を合成したような体した生物。

 水の竜。その姿を現すとすればそう呼べるだろうか。

 大きな力を得た。

 はっきりと、水の竜は自身の事をそう自信をもって言える。


(順調に進んでいた。竜に至った身は大きく、硬い体は特殊な力を使わずともぶつかるだけで全てを粉砕できるような力強さを持っている。そう、この俺は強くなった。間違いなく、強くなり続けていると確信できるのだ)


 想定通りに急に進まなくなった現実に苛立つ。

 苛立ちが、いまだ自在には制御できない体から水に溶ける油のような不快さを覚えるような色の何かを揺らめかせている。

 それは波動のように広がっていき、ほどほどの距離にいたはずの魚や、魚に似た何かの生物たちが死していく。

 ぼろぼろと崩れるように死んでいく。

 上に。上に。

 死体は崩れながら上昇していった。


『ボス。どんどんと減っている』


 苦しそうにしながらも死にはしない人型に鱗が全身生えたような魚に似た人間のような生物が近づき、そういった。

 ぎょろりとした目をそちらに向ければ、少したじろぐように後ろに下がる。

 水の竜にも、その減っているというのが今なお死に続けて居る背景のような雑魚のことを指しているのでないことくらいはわかっていた。


『わかっている』

『ボス。我々はどうすればいい。指示をくれ、命令をくれ。もはや、我々ではどうしようもない』

『何故、貴様らはそのように弱い』

『ボス。我々はボスのように強くはなれない。ボス、それはもうどうしようもないことなのだ』


 魚人のような何かの腕がはじけ飛ぶ。

 魚人のような何かはぎぃと短く悲鳴のような音を上げるが、逃げようとはしなかった。


『弱きものが。俺に意見するとは大した度胸だ。あぁ――心の底から苛立つのだ。何故、貴様らの惰弱さに振り回されなければならないのか。何故、手に入れたはずのものが溶かすように消えていくのか』

『ボス……あぁ、ボス。ダメだ。奴がきた。きてしまった――』


 苛立ちに目の前の魚人をかみ砕こうとした水の竜の顎が届くその前に――その体はバラバラに切り裂かれていた。

 血の煙幕の向こう。

 バラバラにされた魚人よりは大きい人型の影。


『貴様―――!!!』


 影が腕を振ると、地上で風が霧を吹き飛ばすように、急激な水流が生まれ、肉片ごと吹き飛ばされた。

 晴れた視界の向こうには、切り裂かれた魚人のように全身に鱗が生えているが――その姿を現すなら、竜人と呼ぶべきだろう。どこか、爬虫類を思わせる形をとっている。リザードマンなどとも呼ばれるかもしれないが――どこかそうは呼べない竜めいた覇気がある。

 その竜人が、割れるように口を捻じ曲げた。

 どうやら、それは嗤っているようだった。


『やぁ――まぁ、まだ時間をかければ俺の有利にできる、でもほら……まどろっこしいだろう? 拙速を尊ぶことは悪い事でもない、お前だってそう思うだろ?』


 魚人よりも大きいといっても、竜人は3mには満たないほどしかない。それを一口で飲み込めるほどの大きさを持つ水の竜。その体躯を比べれば、倍以上である。自殺行為にしか見えないだろう。

 しかし、その体から発される圧力は決して劣っていない。

 近づくだけで死ぬような脆さも、気圧されるような脆弱さもそこにはない。


『何故だ! 何故貴様のようなものが生まれるっ! これは、我々の王を決めるための――!!!』

『そっちの都合を俺が知るかよ』


 竜人の、その姿と行動のわりに丁寧に、温和な感情を乗せた矛盾な形。

 それが、唐突な憤怒により崩壊する。


『知るかよ、おい。知るか! てめえらの都合なんざ知ったこっちゃねぇんだよ! ぶち壊されてんのが貴様らだけだとか思い上がってんじゃあねぇ!』


 不安定。感情の振れ幅が、水の竜からしてもそういうしかない切り替わり。

 竜人の、水を表しているような綺麗な鱗に血管のような赤い筋が踊り狂う。

 激情に焼かれて苦しむように、縦横無尽に動き回っていく。

 そのさまは、水の竜からして不気味の一言であり、不吉さを感じさせるものだった。


『こんな体になって! 戻れないとわかって! 今まであえて目を向けてなかった奴らの声が、言葉が、はっきりと聞こえやがる! あぁ!? 俺が悪いのか!? 言ってみろ! 俺が悪いってのか!』


 大きな図体が、知らず下がったのを水の竜は自覚した。

 気圧された。

 この小さな生物に。

 しもべが少しだけ変わったような体をしたような、そんな矮小であるべき生物に。

 そう気づいた瞬間に、水の竜の頭は沸騰した。怒りと――そして、怯えを誤魔化すように。


『ァァァァァァァァア!』


 吼える。

 感情に任せた行動だった。

 咆哮する。

 激情に任せたとしかいいようのない突進だ。

 大きく口を開け、牙をその身に食い込ませること以外に考えていない短慮。

 それでも、大きいものは強いのだ。大きいというのは、それだけで強い。

 硬く、大きく、速い。

 あっけなくその牙に粉砕され、胃に収められる。

 本来なら、そうなる。

 水の竜の頭の中でも、そうなると疑っていない行動だった。


『やかましい。俺が話してやってるんだろうが』

『ぎっ!!!』


 その口が無理やり閉じられた。

 上から叩きつけるような一撃を受けた。

 意識が飛んでしまいそうな、強烈で大きな一撃が降ってきたのだ。


(馬鹿な! 奴は目の前にいる……! 超常なる力を地上の魚が使うには、不細工で稚拙な力の流れが発生するのではなかったのか……!!! 見逃すはずがない、そんなものを見逃すほどに目は眩んでいないっ!)


 困惑。

 想定外。

 なにより、強い痛み。

 思わず、怒りも怯えも無くなり正気に戻りかけるほどの。

 水の竜となりて、はじめての苦痛。

 なんの動作もなく放たれた、水の竜には理解できない一撃は、無理やり口を閉じさせただけではなく頭を割られて頭の3分の1ほど範囲で肉片と血が散らばるほどの一撃だった。

 体は水底に叩きつけられ、まき散らされた血と肉と混ざるように砂が踊っている。

 修復はすでに始めている。追撃をすれば恐らくは決着がつくだろうが、竜人は手を出す様子はない。

 最初に来た時と同じように手を振るって、視界を晴らした。


『――そうとも。俺に責任転嫁をするな。俺のせいでもないし、お前にも時間はあった。なぁ、逆にいうが、なんでお前はそんなに弱いんだ? お前は、俺たちと条件が違ったと、俺は確信をもっていいのか?』

『……条件、だと?』

『そもそも、お前は、お前たちは、どうしてここにいるんだ? ん? 俺たちと同じように被害者か? さらわれたのか? つまりはそういう事なのか? どうだ?』


 それは会話とは呼べない一方通行。

 答える間もない疑問を叩きつけるだけの行為。

 思いを叩きつけるだけの行動だった。

 竜人の怒りは気持ち悪いほどにさっぱり消え失せていて、その言葉に激情はのっていなく、ゆるやかでさえあった。

 ちぐはぐ。

 水の竜は、彼らの文化も文明もその成り立ちも生い立ちも、何一つとして知らないが――恐怖した。

 目の前の生き物を、戸惑いを越え、ここで初めて怖いとはっきり認識したのだ。

 ぞわぞわと、訳の分からないものに訳の分からないままに殺されるかもしれないという実感。

 そんなものに、全てを奪われてしまうという恐怖。


『やめてくれ。やめてくれ!』

『言葉が通じてないのか? そんなはずはないんだ。そういう風に俺の体がなったんだから、お前にだって通じてる。そうだろ? だから、質問したんだから答えてくれよ』

『奪わないでくれ! だってお前は違うじゃないか! そうだろう! そのはずだろう!』

『――返事が違うな。まぁ、いいか。当初の目的を果たそう』


 怯えて逃げようとする水の竜の体が動かなくなくなる。

 気付けば、体が固められてしまったように動かない。

 重さなどみじんも感じないはずの水が、氷になってしまったように全く動く気配がない。

 周りの水と己が一つの塊になってしまったように、水の竜は唯一動かせる目だけがきょろきょろと動くのみ。


水の支配(コントロール)だよ。基本だろう。移動も、攻撃も、防御も、全てがこれ一つで行けるし、これをおろそかにしては何もできない。俺よりも知っているはずだろ? こちとら、水に生きるものとしては新米なんだから』

『馬鹿な……! こんな……!』


 水の操作というものは、水の竜の知っている水の生物ならだれでもできることだ。

 確かに、ありふれて当たり前のものである。しかし、その力は強い方に依存するものであり、そして当たり前だからこそこんな風に都合よくは使えないものだったのだ。

 そして、扱い方はともかく、その干渉を上回るどころか拮抗も抵抗も欠片もできない時点で――水の生物として、水の竜にとって、それは圧倒的に負けているという証明だった。


(こんなもの! こんなもの、稚魚と大魚の――)

『……馬鹿げているな。もういいか。思ったよりも、つまらなかった。あぁ――つまらないか。そうか、やっぱり俺は、化け物に、本当にそうなってしまったのか……』


 それはもう独り言でしかなかった。


『ぎっ、やめ、やめてくれ! 降伏する! あなたに従う、全てを明け渡す! だから!』


 悪戯が見つかって、叱られた子供のような全面降伏。

 しかし――届くことはない。

 水が閉じていく。押しつぶしていく。

 自信を持っていたその竜の姿も、硬い鱗も、当然のようにぱきりぱきりと枝を折るように簡単に砕けていく。

 豆がつぶされて粉になるように、圧されて潰れていく。小さくなっていく。

 なまじ強い生命力は、それをはっきり感じさせる余裕を持たせてしまっていて、その感触も音も、じわじわと潰される時間と共に回避させてくれない。


『あぁ! 俺が、俺が終わってしまう……手に入れたものが、俺は、俺が、どうして!』


 小さく小さくなっていく。

 戦闘とは呼べない、一方的な処刑だった。

 それは、初めから最後まで。

 じわじわと小さく小さくなっていく。

 竜人は、それを、ただただ何もせずにつまらなそうな目で見ているだけだった。


『どうして、は、きっとここにいるすべてが言いたいことだろうさ』


 生物にとっておぞましさを与える音も悲鳴も止む。

 竜人よりずっとずっと小さな塊が、すぅ、と、水底に落ちた。


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