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ノーマル:石と罠 奥山麻人3


 俺は決して悪くない。

 頭で何度も繰り返し浮かぶ映像をかき消すように麻人はそう思う。

 ソロで淡々と石の人形めいた――ゴーレムなどと呼ばれそうなモンスターを殺害していく。

 石でできていて、麻人自身、漫画でみたことがあるなと感じさせるような風貌をしているのにも関わらず、その見た目通りの皮膚を切り裂けばとろりと血のように温かみのある、しかし色味はない液体が零れ落ちていく。

 うめく。

 うめくのは、切られたほうも、切った方も。


(違う。襲われたからだ。仕返しだ。だから、俺は悪くなんか!)


 切る。

 人とは全く違う感触のそれを切る。

 何か別のものを切った感触を振り払ってしまいたいように、執拗に切り刻んでいく。

 1回でできるそれを、必要もないのに何度も回数を重ねていく。


「……ッ!」


 作業のように行っていたそれを、悪寒が走って中止。即座に前方に転がるように回避行動。

 視覚でとらえる前に――探知には、今までいなかったものがはっきりと捉えられている。

 ばっと急いでそちらに体を向ければ、探知通りにそこには人が立っている。空を切ったのだろう、今まで麻人がいた場所に手が伸ばされていた。


(おそらく転移――しかし、転移して、即座に動いてる? ――普通じゃないな)


 ハイドスキルという可能性を考え――否定する。

 PKになってから、麻人はことさら気配の探知とその隠匿ばかりを上げてきた。

 探知をかいくぐるようなものは――覚えがない。

 麻人のいるダンジョンは、ノーマルの中では高くも低くもない程度の難易度だったようで、クリア者も多く出ている。

 その現状で、記憶のはしにもかからない上位者がいるとは麻人には考えにくかった。

 クリアに近い階層で活動が多いのだ。ここまで来るものも目立つものも大体把握していた。

 加えて活動しているPKも大体把握しているし、その中でPK同士で争いたいタイプのやつも把握している。

 目の前の現れた男は顔も何も隠していない。だから、見たことがないことが更によくわかる。

 無表情に、ただそこにいた。

 それでも、記憶の端に映像以外の情報がかかる。


「――お前、まさか噂のPKKか?」


 プリンのように雑な状態の頭髪。身長、170前後、学生服を着崩したような恰好で、無手。青白い肌。どこにでもいそうなあまり特徴のない顔に、剃りすぎの眉、鉄色のピアスに、亡霊のような雰囲気。

 PKにも、そうじゃないプレイヤーにもネタになっている、転移してはPKを消して去っていくというPKKらしいが会話もなくそのまま転移していくとかいう、どこか都市伝説めいた男。

 情報の要素を持った若い男が、どこを見ているのかわからない目でこちら側を向いている。


「どういう答えが欲しい質問なんだ? そうだよ。と、答えたら満足してくれるか? じゃあ――そうだよ」


 返答がないか、と思いつつもかけた言葉には以外にも返された。見た目にそぐわぬ喋り方としゃがれたような声。

 文面なら皮肉交じりというべきそれには、何の感情も覚えられない。それが逆に気持ち悪さを誘発する結果になっている。

 10割その通りでないにしても、麻人はそうだとして相手取ることにする。PKKというだけでも注意が必要だが、噂のPKKなら何を使ってくるのかわからない。


「話は通じるんだな。てっきり、有無を言わさずPKを殺して回っているサイコパスなんだと思ってたよ。そう言われてるしね。PK以外にも怖がられ、疎まれ始めてるよ、君」

「だから?」

「やりすぎてるんじゃない? やり方を考えたほうがいいんじゃなのってアドバイスさ」

「PKKがPKを攻撃するのは、別におかしくはない事だ」


 すべるように距離を詰めるPKK。

 早い。確かに早いが、観察できる程度の速さだ。

 無双するほどの強さを持っている、という噂が立っているPKKなら、これは思ったほどじゃないな? と疑問が湧く程度には早くない。

 身体能力はあるのだろうが、なんというか、雑味がある。言われているほどの活躍ができるほど()()()ない。

 ステップ。


「まぁ、落ち着こうよ。会話できるって素敵だって、君も思うだろ? 言葉が通じないなんていうのはいつだって害悪だ。ヒステリックに叫ぶ奴なんかもう最悪さ、そうだろ?」

「興味が持てない」


 武器も持たずに、ただひたすら差し出される手の平。

 悪寒が走るそれには触れまいと、間隔をもって避ける。これにだけは嫌な予感は続く。油断してもそれにだけは触れまいと動く。

 連携など考えられていないそれは、何のスキルも必要のない稚拙さだ。

 意外と余裕があるからか、会話を試みることは続行した。

 聞いてみたいこともあったし――そもそも麻人としては率先して殺したい、ということはないのだ。


「君が、PKを殺害――本来の意味で殺せるって話があるんだけど?」

「いいや? 俺は誰も殺せない」

「へぇ――じゃあ、君に消された奴が帰ってこないっていう話は?」

「俺ができるのは、しなければいけないのは、いなくさせるだけだ」

「言葉が不器用だ――ねぇ!」


 唐突に合わされた手に今までの悪寒を感じて横っ腹を蹴り飛ばす。

 幽鬼めいているが、透けて当たらない――なんていうこともなく、いとも簡単に直撃したそれは、当たり前に威力を発揮してPKKを石の壁に叩きつけた。

 車にはねられたような程度の衝撃はあったはずだ。耐久度が高いのか、それとも他に理由があるのか……痛みを感じていないように、スキルやアイテムでの回復もしようとせずにすくりと立ち上がり、また向かってくる。

 変化もなく、ただただ淡々と。

 ちぐはぐだ。動きと能力があっていない。麻人は気持ちが悪くなる。


「俺はね、別にPKしたくてしてるんじゃないんだよ。君だってそうだろ? 俺はただ、やられたことをやりかえしただけだ。無関係の人間まで殺したくないんだ。わかるだろ? どうしてか俺はPKKにはなれなかったけど、俺は殺されたからやっただけなんだって」

「そうか」

「同意の相槌は、行動をやめてからうてよ!」


 優位である。麻人の、圧倒的な。

 明らかに優位であるが――未だ会話を続ける。

 情報が欲しいのもあるし、殺したくないのも本当だ。

 転移とその直後の行動、掲示板通りの姿から、違う難易度のダンジョンにも入り込めるらしい噂のPKKでは? と思い込んでいたが――もしや違うのでは、という疑問のほうが強くなっていく。

 弱すぎたのだ。

 単に身体能力があるだけにしか見えない。感じない。

 麻人が得た掲示板情報によれば対PK用スキルがあるという話だが――この手のひらがそうだとしても、それ一辺倒というのはあまりに芸がない。

 もらったおもちゃを無軌道に振り回しているだけにしか見えない拙さ。

 殺そうと行動すれば、恐らくスパッとやれてしまうだろうという予測が簡単にできる程度に、麻人と目の前のPKKの動きには違いがあった。

 どちらにしても、会話が通じるなら諦めてほしかった。

 理性が働くなら、能力差的に不可能だとわかるはずだと更に会話を続ける。


「いや、わかるでしょ? 無理だって。君、動きが雑だもの……君って噂のPKKじゃないんじゃない? というか、PKKですらないってオチ? 実はPK志望の別の人だったりしない?」

「違う」

「じゃあさ、PKKってんなら、君もPKKになったってことはさ。PKが嫌いで、復讐したかったんでしょ? だったら俺の気持ちもわかってくれない? 俺は、復讐相手以外は別に自分から殺そうとしたことなんてないんだよ? それを証明したっていい。正当防衛なんだって」

()()()()()()()()()()()()

「はぁ!? 状況見て言ってんのそれ!?」


 さすがに、苛立ちが勝った。

 どうでもいい、などといえる状況じゃないのだ、本来は。

 はっきり言って、麻人としては譲歩している気分でしかなかったのだ。

 自分は強く、相手は弱い。


「いやもう噂のPKKでもただのPKKでもどっちでもいいからさ。見逃すって状況なんだよ? そうしようっていってるんだよ? 不利な君にだよ? わかれよ。頭ついてるんだろ? 働かせろって。君は無理、無理だからとりあえず諦めて帰れっていってる。理解して、そうした方が賢いだろ?」

「知らないね」

「このまま続けたって、一つも当てられない分際で――」

「どうでもいい」

「—―――」


 頭が赤く染まる。

 一方的に襲ってきていて、攻撃されてもおかしくないのに、最低限の攻撃しかしていない。

 会話による交渉も試みている。不穏なことを一方的に行おうという相手に対しては過剰なくらい攻撃の意思を示していないと麻人は考えている。

 なのに、今だに攻撃を続けることが当たり前の態度を崩さない。

 交渉すべきなのは逆だろう、と頭が沸騰していく。


(こちらが妥協して、責めてもいない、逃げていいと、終わりにしようと提案しているのに――優位である側が、許すから争いはやめようと提案してやってるのに――)


 ぎちり、と腕に知らず力が籠められる。

 思う。

 勘違いしてしまったのだ、と。これは、話が通じない生き物だったのだ、と。

 あぁ――やはり、話は通じない生き物はダメだ、と。

 気持ちが溶けていく。スイッチがひっくり返る。

 麻人は、諦めた。


「――お前()話が通じねぇんじゃねぇか。だったら、最初から返事すんなよ。期待させんな」


 苛立ちが大半で、しかしどこか悲しさと後悔が含まれた声でもあった。

 それは今までのものとは違い、一方的で、返事などどうでもいい、感情を叩きつけたいだけのものだった。


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