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ナイトメア:落ちる銀嶺は夢の中 ルフィナ


 無数の雪山が、それ以外の奇妙に点滅する灰色がうごめく景色にとろけるように落ち続けていく光景は、まぎれもなく悪夢的であり、非現実を現していた。

 落下し続ける雪山の一つ。

 絶えず与えられる浮遊感の気色の悪さ。

 それでも慣れはある。


「……アイナ!」

「わかってる」


 そう言われる類の毛むくじゃらで人型の――巨人。

 雪男。ビッグフッド。

 そう言われるような形をしていて、しかしそれは大きすぎた。

 人よりも、クマよりも、象よりも大きかった。一軒家ほどもある。中腰状態でいてそれだけの大きさ。直立すれば、もう少し背は高くなるだろう。

 ルフィナはこの階層にて初めてこの敵と遭遇した時、あまりの衝撃に硬直してしまった。敵の前での無防備な硬直。その隙を見逃してくれるほど優しさが搭載されている事もなく――二人とも熟れた果実を地面にたたきつけたように潰されてしまった。紛れもない、消せぬトラウマの一つである。


「――ヒット!」

「よくやったぁっ!」


 アイナの射撃はビッグフッドもどきの右足に直撃した。

 ルフィナが稼いだ時間によって、十二分に力を貯めて放たれた一撃は、直撃した右足を容易に破壊してなお直進して消えていった。

 直撃した部分そのものは、その肉片もない。通り過ぎた後として、焦げ跡とそのにおいを残すばかりである。その焦げも周りの雪と空気で冷やされていく。

 巨体だから――ということでもないが、その体重を支える足がなくなれば、当然バランスは崩れる。言葉には鳴らぬ痛みの咆哮。


『――――!!!!!!』

「うるっ……さいんだよ!」


 その隙を逃さぬと、ルフィナは牽制射を大きく開けた口に叩き込んだ後飛び上がり、盾とアサルトライフル型の魔法を射出する武器から、その体躯からすれば本来持つこともできないだろう大きさの巨大な斧に空中にて換装。


「あたしらの今日のディナーになるがいい! 『バッシュ』!」


 技名を叫べば、そこから先は自動的である。

 そのシステムは技を叫ぶことで発動し、その動きを素人だろうが技にふさわしい通りに動かす。

 めしっという音が聞こえそうなほどに全身の筋肉に力が入り、今でもルフィナもアンナも、そしておそらくはそのほか大勢もわかっていないよくわからない力が体中を満たす。

 技は放ち終わるまで自動化しているためか、ルフィナには数舜とはいえ余裕がある。それを自覚しているルフィナは警戒心は緩めず、自分の『HPとMP』に目をやって確認を取った。

 正直HPはゲームほどの指標にはなっていない。

 頭が粉砕されればそれは死になる。いくらHPが残っていようが、ゲームほどの考慮はされない。

 それでも、技がどれくらい使えるかの指標としては使える。

 バッシュは体力が減る類の技である。

 証拠に、放ったと確定した時点で確かに体力値でもあるHPはその数を減らしている。今日は大分技を放ったためか、半分以上を失っていた。


(都合は良い。都合は良いけど、やっぱり気持ち悪いよ)


 それでも、ルフィナはそれを実感することはなかった。

 HPが減ろうが、MPが減ろうが、確かに減っている事実があるのに体感がそこにはない。


(便利は便利だ。それで納得するしかない)


 Gシステムと呼ばれる中で【RPG:MMO系】というものを選んで取得した。

 その前と比べれば楽さは雲泥の差であった。

 それでも違和感は付きまとう。素直に喜ぶ気には到底なれない。


「死ッねぇ!」


 振り下ろしがいつもの軌道を描いて直撃。

 無防備状態で入ったそれは、爆発物でも仕込んでいたかのように肉片をばらまく。


「ルフィナ……」


 一瞬持ち上がった手が力なくずしんと重い音を立てて地面に落ちた。

 ルフィナも目を走らせ、マップに敵を現す点が消えていること見て、死亡したことを確認する。

 咎めるような声のアイナから顔をそらす。


「……はぁ」

「い、いやさ! わかるだろ!? 技を発動しちゃうとどうしようもないんだよ!」

「部分的な狙いは定められるとも聞いてる」

「あ、頭を破壊するのが一番安全だってしみついちゃって……」

「……素直にごめんなさいを言え」

「ごめんなさい」

「許す。しかし、今日のディナーは抜き」

「そんな!」


 ナイトメアという難易度は、その下の難易度とは違ってモンスターと呼ばれる敵が死亡してもすぐにドロップアイテムと呼ぶ道具類を残して消滅したりはしない。そこには一度とはいえ死体が残る。

 そこには、どろりと体液を吐き出す巨大な頭のない死骸。ころりと大きな目玉が転がって、降っている雪に飲まれていく。

 ヘルはまた別だがナイトメアは剥ぎ取りスキルを使うことで死骸をアイテム化、ポイント化することができる。できるが――そのアイテム化もポイント化も、質はその死骸の状態にもかかわるのだ。

 右足も頭もないし、体は傷だらけで、傷から内臓もこぼれている。中でいくつか破損もしているだろう。これが現実の動物なら肉としてもダメになっている可能性が高い。


「体はもう今の実力じゃ仕方ないから、せめて頭は残そうっていった」

「お、おう」

「ギリギリの敵ならともかく、安定して倒せるようになってる敵くらいはできるだけ効率を考えようと結論をだしたはず」

「そ、そうですね」

「――鳥か貴様」

「とても怒っていらっしゃる!」


 普段姉御系の性格をして自分でもそれを保っているルフィナのキャラが崩壊するほどにアイナの雰囲気は恐ろしかった。

 しかし、じゃれ合いだ。それをお互いわかっている。ダンジョン内ですることでもない。それもわかっている。じゃれ合いを続けながら、お互い警戒を解くことはしていない。

 だが、それが必要であることも二人とも理解している。

 お互いは他人だ。

 気安い関係であることが必要だった。


「だからディナー抜き。今日のディナーはさぞ豪華であろう」

「二人分食う気だな! ずるいぞ!」

「――あぁ?」

「すみません!」


 このパーティーも初めから二人だったわけではない。

 ナイトメアという難易度もあって、その困難さを理解した人々はそのほとんどが限界ギリギリまでパーティーというシステムを使って組み、更にパーティー同士で共にいくスタイルをとっていた。

 しかし、規律など保てなかったのだ。

 そのほとんどが一般人。

 ここには法も、守ってくれる国も職もない。

 男女がいて、殺す手段も対抗する手段もあって。

 閉じ込められるストレス。さらわれたというストレス。

 死ぬ気ることすらできない絶望感。

 急場でそろえたパーティーは、その多くが解散したり、今でも争い続けたりする関係ばかりになった。

 もちろん、うまくいっているパーティーだってある。複数のパーティーという塊で行動しているものも。

 しかし、ルフィナたちはそうではなかったし、そうはなれなかった人間同士だ。

 だから、うまくやるためには信頼をお互いが裏切らないことが大事だし、現在の状況で関係に重たい空気が漂ってもダメだと意思疎通ができているのだ。


「それにしても、やっぱり」

「……あー。そうだな――せめて、もう一人はほしいよなぁ」

「難しい」

「そうだねぇ……この状況で野郎加入も難しいけど、まともな……つーかアタシらが受け入れられそうな女も探すのが難しいんだよなぁ」


 剥ぎ取りスキルを使って、ビッグフッドもどきを光の粒に変えながら迫ってきている問題を話し合う。

 手が足りなくなってきている。

 いや、現状二人でもやれてはいるし、このままでも強化はできるのだから、いけないことはないと二人は思っている。

 それでも進みは遅くなる。

 進みが遅くなるという事は、仲間を増やすチャンスも失う事だ。他のまともらしいパーティーとの連携もとりにくくなることだ。

 それらを切り落としてマイペースにやることは二人には難しかった。


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