全面真っ白け
ははは、という笑い声がただただ白く広がり続けているように見える、広く到達点が見当たらない空虚な空間に溶けていく。
笑い声は、楽しそうというよりはどこか苦しそうで無理やり笑っているとわかるような陳腐な笑い声である。
「あー。やっぱクソゲの特攻するやつのほうがおもしろいよなー。俺、なんかそーゆー男女でも同性同士でも愛だの恋だの人間関係だのが絡んでめちゃくちゃになるって感じ苦手だわー。なぁ?」
『ハイ、貴方の言う通りです』
質素な安っぽいソファーに質素な安っぽいテーブル。
割とどこでも買えてしまえるファストフード。
そのゴミを外見は絶世とも呼べるような、現実味のない男女が黙々と清掃する。
「ああああああ! ムカつくなぁ! なんでこんなとこだけ融通きいてねぇん! だ! よ!」
それを色素が全て抜かれてしまったような白く不健康そうな男が唐突に現実味のない男女を殴り始める。
打撃音とは思えぬ、まるで重機を叩きつけているような轟音が響く。
殴り続ける。
殴り続ける。
殴り続けても、どちらも傷つく様子すらない。
お互いも、白い地面も、ソファーも、テーブルも、空中に投影されている大きなビジョンも、何一つ。
「はぁ……もういいや。消えろゴミカス」
手を振ってそういうと、殴られても表情一つ変えることはなかった絶世の外見を持った男女は足の端から粉末になってキラキラと溶けるように消えていった。
それに対して、文句をいう訳でもなく、ただただじっと彼だけをガラスのような何も感じない目で見ていた。
彼のすることは多くない。
多くないがゆえに、することを自分で作りでもしなければ発狂してしまいそうな気分になるのだ。
なるだけで、人格が消滅してしまうほどの発狂ができない。それがわかっているから、無駄な狂気をだしたくない。
だしたくないが、一人の空間というのは、想像以上に己を圧迫する。
彼はここで様々な娯楽品も嗜好品も自由に出して自由に楽しむことができる。
際限なく。止めどなく。
しかし、そんなものは飽きる。
飽きない性格ではなかった事が不運で、そしてそれはきっとワザとそうなのだという事を彼は確信していた。
「体を変えられた、別にいい! 外という概念がねぇ、別にいい! 自由に好きなモノを出す力! 悪くはねぇ!」
叫ぶ。
それでも文句を言う人間も、反応して吠える犬も、賛同してくれる人間も、慰めてくれる友人も、にやにやと煽るように見てくる外野も何もかもがここには存在しない。
生物のにおいというものがここにはない。
彼がコミュニケーションをとれるような、生物が。
ただ彼は一人だ。
始まってからずっとずっと一人だ。
彼は己を幸福でないと定義して生きてきた。
それでも、今よりはマシだったと思ってしまえることが苛立ちを増す。
馬鹿にされている気分だったのだ。ここに来てからずっと。
「……ふぅぅぅぅ」
深呼吸するように息をゆっくりと吐きだす。
苛立つな、と己に言い聞かせる。
苛立っても無駄だ、と。
壊れもしなかったソファーにどすりと座る。
空中投影された画面を見れば、分割されて映し出されたそれの中で人間がわちゃわちゃと動いているのが見える。
それを見るだけで、ここに来る前までは鬱陶しい存在でしかなかった他人が少しだけありがたい存在だと思える。
「お、爆散馬鹿が糸口掴んでるじゃねーか。やるじゃん元学生。ヘイト向けるために新しいおめでとう称号でもおくったろ」
初めは無関心にただやっていたが、今ではできる限り関わる方向を向いている。
感情を向けさせたい。
そう思うようになってしまっていた。
ここには何もかもがあって誰もいないから。
そして、今の彼自身の望みの為にも。