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ノーマル:石と罠 奥山麻人2


 実験は後日にして、一旦解散となった麻人は自分の部屋――とはいえ未だ現実感はない――扱いの、現実の自宅よりも豪華な部屋のこれまた高そうなソファーに沈むようにぼふりと座って溜息をついた。


「あー……沈みすぎるのって、意外と好み分かれるんだな……失敗したかな。ポイントあるし、買い替えるかなぁ……」


 学生としての日常ならそう簡単に言えそうにもできそうにもない事を呟きながら、『端末』を呼び出して起動する。


「端末AI、空中投影」


 端末をガラスでできたテーブルに投げるように無造作に放りながらそう言うと、ピピという電子音が響く。


『了解。空中投影します』


 低く響く男性の声が聞こえ、映画や漫画でみる未来のように空中に四角いビジョンが投影された。

 それを手で引っ張るようにすれば、物体のように当たり前といわんばかりに麻人の目の前までついてくる。


(端末AIって呼ぶのもそろそろな……変更するか? でもなぁ、名前思い浮かばないしな。OKぐるぐる的に呼ぶのもな)


 分かつように画面の両端をもって引っ張ると2画面に変化する。

 そのうち1つをポイントを使っていろいろ操作できる画面。もう1つを掲示板にする。

 その二つを見ながら寝転がる。沈みすぎる感覚を少し不快を覚えながらも務めて無視しながら、ステータスの確認を行う。


(ポイントは結構増えてる。というか、むちゃくちゃなことさえしたり望まなかったりすれば、余裕があるといっていい……)


「……ふぅぅぅぅ。でも実際、たまんないよな……怖いのはわかるけどさぁ、八つ当たりみたいにヒスられても、さ……実際ね」


 鬱憤よ空気に溶けろとばかりにわざと声に乗せる。

 日常で学生だったときからそうだった、と麻人は思う。

 美憂は麻人にとって、近くもなければ遠くもない程度の存在だった。

 はっきりいって、麻人の美的センスから見て美憂は美人といっていい容姿がある。世間的に見ても、そこそこの評価を得られるだろう程度ではあると思っている。

 しかし――特別なかかわりがあったわけではない。むしろ友達ですらなかった。

 話しかければ話はする。協力すべきクラスのイベントや授業では協力して盛り上がったりもできる。

 しかし、決してそれ以上の関係ではない。

 クラス替えがあれば、それで疎遠になるだろう程度の、ただのクラスメイト。

 他のクラスのものよりは他人ではないが、それ以上でもない多数の1。

 それが、麻人と美憂の距離感だったのだ。


(別に、好みかって言われるとそうでもないし……)


 正直――失敗した、と麻人は感じている。


(最低! とか、うるさいのにギャースカ言われそうだけどさ、心で思うくらい自由だろ。それに……結局、一緒にいるしな。はぁー……どうしろっての? やっぱ対応ミスが響きすぎたんだよなぁ……)


 失敗した、と麻人はここ最近何度も思う。

 初日にまず会ってしまったのが失敗で、話しかけられて自分も不安だったから、安心した気持ちでちょっとお互い心を許したみたいな感じになってしまったのも失敗で。

 その後、『他の人は怖い』とか言い出した美憂に『それなら』と様子を見るだけという言い訳をして二人でダンジョンに突入したことが失敗で。

 『これってパーティーってやつでしょ? だったら美憂って呼んでよ』なんて言われて、思春期の男子らしく喜んでしまって素直に読んでしまったのが失敗で。


(失敗だらけだな。頼られて、喜んでいる場合じゃなかった。元から()()だったはずなのに何やってんだよ俺……こええ、思春期こええ……)


 興奮状態にあったのか、モンスターに最初に選べた武器の中で選んだ持ったこともない剣を当たり前のように振り下ろして――地面にたたきつけた。

 手が痺れた感覚を今でも覚えている。

 その時、正気に戻った気持ちになったのだ。


(俺、何してんだ? って思ったもんなー。あの興奮がおさまって素に戻る感じ)


 目を走らせれば、そこにはずっしりと重い、金属の塊。

 振ることどこか直接目で見た事さえない凶器。

 扱えるはずもない。ただの学生に。

 突撃前に、いろいろまだやることもやれることもあったはずなのだ。やることがあったはずだったのだ。

 と、呆然とした時――悲鳴が聞こえた。

 麻人にとって今思えばなんでこんな雑魚相手に、という程度のモンスターに過ぎないが、仕方がない話だった。

 だって、彼らの世界にそんなものは影も形もなかったのだから。

 だって、怪我をするほどの暴力を振るいあう経験などなかったのだ。

 ためらいなく、殺そうとしてくる存在など考えもしなかった。


(俺は呆然として。美憂はただ悲鳴を上げて。齧られてた)


 大きい奇形のネズミと呼ぶべきそれ二匹に、美憂の腕は、足は、腹は、齧り取られた。

 はっとした時には血だらけ。奇形のネズミはその口をもちゃもちゃとうごめかして何かを食べている。

 麻人はそこからは無我夢中だった。

 なんとか自分も嚙まれながら奇形のネズミを撃退して、痛い痛いと呟き続ける美憂を苦労してひきずるようにぎりぎり部屋に運んで――偶然も手伝ってなんとか死なせずに済んだのだ。

 その時は部屋の機能なども知りはしていなかったが、生かすという意味なら麻人のファインプレーと言えた。

 ノーマルの部屋は、いれば自動でかなりの回復をしてくれる。知らなかろうがそれは万全に機能するのだ。

 逆巻きにされるように肉や血が戻っていく様は衝撃的だった。美憂のつぶやきも止まるほどの光景だった。


(あそこで、完全に嫌われるなりしておけばよかった……というのは結果論だけども)


 そこから、すぐに助けなかったと文句を言うわけでもなく、美憂はただ離れなくなったのだ。

 そしてそれを拒否できないままにずるずるとパーティーを組んでいる。見捨てていれば、きっとこうはなっていないだろう。

 それでも、美憂がただの仲間で、麻人が思うような範囲内で仲良くなれるようなら問題はなかった。


(いちいち検証の邪魔になるこというし、すぐヒスを起こしてこっちに感情をぶつけてくる。あやまりはしても、結局悪いとは思っていない。こっちが受け止めて当然だと思ってるんだ。証拠に、繰り返す。一向に改善されない。強く言えば、ただ泣いてしまってきかなくなるだけ。そのくせ、決して離れようとはしない。うざったいんだよ)


 クリアの為の検証を積極的にしたい麻人。そこにもともとからしてプラスの感情がなかったこともプラスされて、もはや嫌悪の域に達してしまっている。

 もし、昭が途中で参加してくれなければ三日目あたりで切れていただろう自慢にもならない自信が麻人にはあった。

 自分が割と最低なことを考えているという自覚はある。

 それでも、多くの奴はそうだろ、とも思う。

 普段あれだけ子ども扱いされればイラついても、学生でしかない子供で、こんな場所に連れてこられて、『死なない殺し合い』をしなければならない。

 余裕もなくなくなっても、それは責められることか? と思うのだ。

 大人だろうが子供だろうが、目的の障害になるやつをずるずると付き合わないのがそんなに悪いことか? と。

 それが、死なきれないとしてもそういう類のものがかかわるならなおさら。


(あっちばかりが切れていいってことにはならない。俺だって同じ状況なのに、どうして関係性も薄いやつの怒りやら不安を受け止め続けなきゃいけないんだ? どうして、それを当然だなんて思われなければならない。俺は物語の主人公じゃないし、あれはヒロインってわけでもないんだ。そうしなきゃいけない必要なんてない)


 それは仲間ではない、と麻人は思う。

 そもそも、仲間になろうとも相手はしていないとも。


(昭さんだけでいい。いや、違うな。本当は複数人増やしたほうがいいんだ。信用できる人を増やしていくべきだ。三人体制のまんまじゃ効率が悪い。クリアが本当に出ることに繋がるかは別にしても、わかった時できるようにはしておくべきなんだ。こんなところ、早く出たいんだから俺は。そう思ってるやつだっているはずなんだよ。邪魔されて詳しい話もできねぇ。クラスメイトという薄いつながりで、ずるずると行くべきじゃない。義務なんてないんだってはっきり自分で理解しておくべきだ)


 インベントリ(空間収納スキル)から取り出した安っぽい味の栄養剤を乱暴に飲みながら、ここ最近毎日思う不満を麻人は思い続けた。


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