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4つの点がそこにある。出来上がるのは三角形15


 その状態でも、わずかながら回復ができた如月は動きつつ喋る程度の余裕を持つことはできていた。


「わぁ、ヒステリー。うーん、同じような反応になっちゃうんですかね? やり方が悪いのかなぁ……それはともかく。

ねぇ、由紀子ちゃん。なんで回復してあげなかったんです?」

『――は?』


 意味の分からないことを言われたとの認識か、間の抜けた疑問の声。


「は? じゃなくてだね。

回復アイテムくらい、持っているでしょう? 別にベッドだけで活動してたわけじゃないだろう? 一緒におでかけだってしたんだから知っているよ。

変化しても、ポイントも、アイテムも、まだ使えるのでは? 私が知っている限りだと、そのはずなんですけど? なんで回復してあげなかったんですか? ねぇ? アベルさんは自分から回復等することはあえてしてなかったようですけど、由紀子ちゃんはアベルさんが苦しそうなの見てたんですから、回復してあげたいなぁとか、治してあげなきゃ! とか、思わなかったんです? え? 好きなのに? 『愛』というのは、相手を思いやった気持ちなのでは?

由紀子ちゃんは、アベルさんに愛がないんですか? ならなんで私に怒ってるんでしょうね! 私は嬉しいからいいんですけど」

『そんな、こと、ちがう、私は、だって、違うものになったから。アベルさんが、如月さんが邪魔をして』


 ありえぬことを言われたような調子だ。ぶつぶつと独り言のように呟く。

 予想外の方面の問いかけだったか、瞬間鱗の手の弾幕も止んでいる。

 煽りの続きだと思ったのか、実際試そうとしていなかったから今確認の意味で試したのか。

 ひゅ、と由紀子の前に回復薬の詰まった瓶が現れ、落下した。

 受け取りてのいないそれは落下していって、がしゃん、と割れる。

 じわり、と中身が地面に広がった。

 アベルは、由紀子に敵意のかけらもないと示すために前進し続けた。

 それは、由紀子がまだ由紀子である可能性にかけていたこともある。だから、一切の敵とされるような行動をやめて、突き進んだのだ。殺されてもいいという気持ちで。他の何かになってもいいという気持ちで。

 事実――由紀子の方から回復しようとすればアベルは受け入れたし、そうなれば、ここまで如月に翻弄されるようなこともなかった。

 由紀子は、そうできたのだ。

 そして、そうできたのだということに、たった今気付いた。

 今まで、気付くことさえなかった、思う事すらしなかったことに気付いた。


「ね?

あぁ、かわいいかわいい、かわいそうな由紀子ちゃん。

あなたは自分ばっかりだねぇ、アベルさんは少し踏み出したというのに、あなたは結局自分ばかりだった!

由紀子ちゃんは自分が可哀そうしかないから、由紀子ちゃんは結局由紀子ちゃんしか見えていない。1つ目になって、より盲目にでもなりましたかね?」


 年上が年下を諭すような口調で、貶めていく。


「ねぇ、由紀子ちゃんはアベルさんになんて返事をするつもりだったんだい?

少しだけでも目を向けてあげれば、私にどうこうされることなんてなかったのに。

いい逃げ道だったですか? 私は。

オトモダチ。いい言葉ですねぇ。私は好きですよ、それでも。

ただ、利用するだけの相手を友達と呼んでも、好きな人と呼んでも、私はそれでもあなたが好きですよ。

よかったじゃあないですか。かいわそうがれて」


 言葉もなく自失しているような由紀子に、かまわず如月は重ね続ける。

 そうできることがなによりの娯楽だといわんばかりだ。

 くるくると、アベルの死体の周りを挑発するように回る。

 こん、と胴体を蹴った。

 ず、ず、ず、と重くなる空気。

 空白の後、今までとは違う反応。

 言葉に取り乱して弱くなることはなく、逆に圧力が高まっていく。鱗のでできた無数の手が宙を泳ぎ回っていく。

 押しつぶされる。

 潰されていく。

 手遅れの鳥もどき(元プレイヤー)が遠くで湿った音と湿った鳴き声を漏らしていく。

 如月もさすがに耐えることができずに、いくつかの鱗の手にえぐられながらその体を地面に縫い付けられるようにされていく。

 それでも如月は笑っている。いびつな顔で笑い続ける。


「友達に裏切られて悲しかったんですよね? 好きだと気付いた人が死んじゃって悲しかったんですよね?

だから、冷静になればどうにかできたことにまーったく気付くことができなくて手遅れになっちゃっても由紀子ちゃんのせいなんかじゃないんですよね! わかってます。わかってますとも!

で、アベルさんになんていうつもりだったんです? 助けることができたのに、伸ばした手を視界にさえいれていなかったあなたが」


 喋るのを止めない。べらべらと楽しそうにぺらを回す。虫のような足がいくつも生えようが、目が複眼になろうが、毛虫のような毛がいくつも生えだそうが。

 楽しいから。

 言葉の一つ一つに強烈な感情が発生して、それが向けられるのがなにより嬉しいから。


『――』


 喋ることもできなくなったか、由紀子は目を血で燃やすような赤にして、大きく鳴いた。

 とろりと、如月は自分の耳から何かしらの液体が流れだしているのに気づき、それすら愉快に感じていた。


「ふふ、ね、由紀子ちゃん――あなたが好きなのは、結局あなた自身だけですよ。アベルさんのような人が好きだと言ってくれた自分が好きなんですよ。

私のように色々できる人が友達になってくれて、親身になってくれる自分、が好きなんでしょう?」


 ぎちぎちと硬質な音が連なる。

 由紀子が飛翔する。

 それは羽ばたいているが、とてもそれで飛んでいるようには見えない。

 ふわりと、浮かぶように。


「結局あなたは、他人を思いやれる(誰も好きに)ようになんて(なんて)なっちゃいない」


 周りの鳥の殺意が向く。敵意が向く。

 飛び立って向かってくるような姿勢をとる。

 より強い圧力が如月に襲い掛かる。強化され、し続けて居る体が内から外から妙な音を立てているのが如月自身に伝わっていく。これ以上攻撃されずに放置されたとしてもあと1時間は持たないだろうほどに、体が痛んでいるのがわかる。

 そこにあった鳥もどきや死体は、もはや原型をとどめ様子になっている。

 

「由紀子ちゃん。

由紀子ちゃんはかわいいです、ねぇ。

でも、爪が甘いんですよ。いつだって自分で満杯にしちゃうから。

貴方は強い。確かに。

私、より、モンスター、より、ずっと、ずっと、強いし、いろいろなことができる。

だけど、不自然に、気付け、ない」

『シね』


 いつの間にやら、如月の手に、1つのアイテムが握られている。

 足をダメにしても、体がダメになりかけていても、片腕だけは綺麗なままだった。

 すぅと息を吸う。乱れる呼吸が少しだけ整う。


「でもここは、あなたの世界という訳ではない――

スキルも発動するし、アイテムを取り出すことだってできる、使うこともできると思いませんか?

ダンジョンの法則の範囲内だ、あなたも、私も。その点変わりはない。しゃべる前にやるべきでしたねぇ?

何より暴力に虐げられてきたと思い、何より暴力や理不尽というものを嫌ってきたくせに――随分とまあ、酔いましたねぇ?」


 それはダンジョン移動するためのもの。

 モンスターたちが突撃を開始する。

 由紀子の力も高まっていく。

 如月の体がはじけ飛んでいく。

 もはや、呼吸はままならない。

 血反吐を吐き出しながら、足先からねじれるようにぶちぶちとちぎれとばされながら、それでもその顔も雰囲気も変わらない。

 

『しね! ――おまえはいらない!』

「げ……ぐ……そうなるまえ、なら、きっと、ちゃんところすことも、かなった、でしょう、に、ね?

きーるさん、と、あなたと、あべるさん。

わたし、あなた、あべるさん。

いっぱいいっぱい、かんけいができて、すてきですね?

それでも、あなたは、ひとりでしょうけど。

ま、た、あそび、ましょう、ね? ば、いばーい」


 目がつぶれ、視界がブラックアウトし、酸素が足りなくなっていき、頭蓋が割れ、命がゆらぐ。

 それでも言葉を叩きつけた。

 死に切る前に、変化が終わる前に。

 残った手で友達に名残を惜しむように、サヨナラをするように、手をひらひら。そんな体力もないだろうに、する必要もないような行動。

 そして、如月の体がそこから消滅した。

 それは由紀子によるものではない。由紀子がその目的を達成したわけではない。

 ただ、アイテムが発動した結果によるもの。

 つまり、逃げられたという事。

 由紀子の体自体は何一つ傷ついたりしていない。むしろ、如月は満身創痍だった。誰も傷つけるものなど残ってもいない。

 けれど。


『――――!!!!!』


 癇癪。

 ただ、それは人間とは異なる姿で行われたもの。八つ当たりしたものがちょっと破損するなどといったレベルではない。

 モンスターたちが奇妙にねじれて他のものになったり潰れれたりしていく。

 血だまりができる。そこから何か生まれる。鱗がはえる、鱗そのものになる。

 その中で、ただ1匹、そんなことは知ったことはないとばかりにただ鳴き続けた。

 その声だけがそこには残った。


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― 新着の感想 ―
[一言] 正直最初は如月が吐き気を催す邪悪な感じがして嫌いだったんだけど キールへ投げかけた言葉が何倍にも跳ね返る(キールの悪い部分と同じ様な事をしながらキールほど他人や従えた者に施さないそれ以下のク…
[良い点] 如月の煽りすごい。 これは文学的。
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