ただいま
南都の冒険者協会で依頼完了の手続きを済ませると、居残るサイラスを除く上級冒険者の面々はそれぞれの拠点への帰路に着いた。
乾燥した大地が広がり疎らに潅木の茂みが点々とする、ここ数日で見慣れた南国の風景の中を、騎獣達は飛ぶように駆ける。無論、翼犬のヒューイは実際に飛んでいるのだが。
「この先、魔物の群れも見えないし、順調だね」
飛翔するヒューイの背でステフが言った。それに相槌を打ちながら内心では、早く街に戻ってウルリヒを迎えに行きたい、と気が逸る。
街道をハイペースで飛ばす一行にも、そろそろ休息が必要だ。途中の休憩場所で皆が思い思いに寛ぐ中、小型通信魔道具を取り出しランディに連絡をとった。
「ランディ、今、話せる?」
『ヴィル、久しぶり! ちょうど休憩してたところだよ』
魔道具を通して聞くランディの声は、直に話す時とは少し違って奇妙に感じる。魔石に刻まれた術式で再生された、くぐもった感じの声色のせいだろうか。それとも、話す相手の顔が見えないせいか。
「依頼がやっと片付いたんだ。これから街に戻るよ。到着は夕方近くになるかな」
『じゃあ、ウルを連れて街に行くよ。冒険者協会で待ち合わせるのでいい?』
「そいつはありがたい。ついでにランディへの依頼完了報告も出来るし」
ウルリヒを預けるに当たって、ランディへは冒険者協会を通し正式に依頼扱いにした。勿論、きちんと報酬も支払う。知り合いだからとお互いに余計な気兼ねや負担を掛けないように、間に協会を挟む形にしたのだ。
ランディもフェルも「水臭い!」と言いた気な顔をしていたが、これはけじめとして押し通した。
『また後でね』
「ああ、後でな」
魔道具で話す間、周りの目が集中しているのに気が付いた。まだ小型通信魔道具は、其程普及していない。これも以前のような突発の依頼や、今回のような遠隔地での依頼を見越して、わざわざ王都の工房にオーダーした特注品だ。
「それ、いいな。通信魔道具がそんなに小さいなんて」
まじまじ見るトールに、何故か隣のレフがドヤ顔で口を挟む。
「これだろ? 俺が王都で案内した工房で作った魔道具」
「そうだよ。でも、何でレフが得意気な顔するんだ?」
「俺の口利きで作れたんだろ? 俺の手柄じゃん!」
「作ったのは工房の職人だし、オーダーしたのは俺だが」
「少しは恩に着ろよー」
騒ぐレフを尻目に、ライは間近に寄って来て手元を覗き込んだ。
「便利そうだし、俺も作るかな。どこの工房だ?」
「王都の職人組合の近くにある工房だよ」
ステフが自分の小型通信魔道具を示して、ライに説明する。
「魔石持ち込みで作って貰った。今、軍から大量発注があって、工房の手持ちでは魔石が足りないみたいなんだ」
「この魔石の大きさだと、かなり上位種の魔物からしか穫れないな」
ライの言葉に触発されて、ステフに変なスイッチが入った。
「これはゴブリンの上位種のだよ。コイツらのせいで、死にそうな目に遭ったんだから! 最初に依頼を受けた時には、よくあるゴブリン討伐って話だったのにさー……」
ステフがゴブリン討伐時の苦労話を延々と始めそうだ。話がズレそうなので、先に釘を刺しておく事にする。
「ステフ、今は通信魔道具の話だ」
「えー、これからがイイトコロなのにー」
不満そうなステフを脇に置いて話を戻し、再びライに話し掛けた。
「ライならこのクラスの魔石くらい、すぐ確保出来るだろう? 持ち込みでオーダーするなら、優先して作ってくれる筈だよ」
「生憎、素材はすぐ売り払うから手元に無いんだ。狩るか」
ライ、お前もか。
「街までは寄り道無しで頼む」
すぐにでも横道に逸れて魔物を狩りに行きそうなライにも、即座に釘を刺す。何奴も此奴もすぐ脱線しようとする。いったい何なんだ。
その後、数回の休憩や昼食を挟みつつ、一行は街へ向かって進んだ。大したトラブルも無く、日の暮れかけた頃には街の外壁が見えて来た。遠出して戻って来る度、あの外壁を目にすると「帰って来たな」と実感が込み上げほっとする。
南門に着くと、顔見知りの門衛が声を掛けて来た。
「よぉ、ヴィル。また浄化の依頼だったって?」
「ああ、無事に済んだよ」
中途半端な時間帯だからか、門に並ぶ者も無く待ち時間無しで街へと入れた。門衛に片手を挙げて合図し、連れの上級冒険者達もそのまま門を潜る。有名な連中は、ここでも顔パスだ。
騎獣に乗ったまま南大通りを北上して、中央広場を曲がり東大通りに進む。その通り沿いに冒険者協会の建物がある。建物前で騎獣を降り、皆は協会の担当者に騎獣を預ける。ヒューイだけは、そのまま走って自宅へ戻って行った。
上級冒険者達が連れ立って協会に入って行くと、まだ然程賑わってはいないがそこそこ協会内にいる人々も、思わず視線を送っている。衆目の集まる中、辺りを見回してランディ達を探した。
「あっ! ヴィル、ステフ、お帰り」
こちらが見付ける前に、ランディが声を掛けて来た。その腕に抱かれたウルリヒが、こちらに向かって手を伸ばし「あー、うー」と何やら喋っている。
ウルリヒを受け取ると、ぎゅっと抱き締めてから頭を撫でて、頬摺りした。ステフも一緒に抱きついている。ウルリヒの手が、しっかりと二人の指を握り込んだ。
「ただいま、ウル」